「ジェノベーゼ?」「ババベーゼ!」のレシピ
和製パスタとしてなじみの深い「ジェノベーゼパスタ」。本場イタリアでは、バジルペーストをからめたパスタを「ペスト」というらしい。
でも、イタリアから約9700km離れた日本国奈良県には、そんなことお構いなしのご当地ジェノベーゼがある。今回は、地元のマダムやサラリーマンたちに親しまれている喫茶店でいただく「ババベーゼ」の話。
喫茶アーガイルは、10階建ての団地1階商店街にある。お隣りには、クリーニング店があるから、パスタソースをこぼしても駆けこめばなんとかなる。
アーガイルの木製のドアを引くと、シャラシャランランとドアチャイムがなり、そのままボーン、ボーン、ボーンという音が続いた。店内の壁にはいくつも時計が掛けられていて、ちょうど14時になったところだった。それにしても時計が多い。あとから数えてみたら、合計14個もあった。時計たちの進み具合は、一つひとつ微妙にずれていて、めいめいに時間を刻んでいるから、席についてからもしばらく、アーガイルには14時が続いてた。
店内には、週刊少年ジャンプから奈良新聞、SAVVYまで幅広い本が出番待ちをしていて、カウンター席ではスーツのおじさんがヤングジャンプを読んでいる。それから、入って一番奥のテーブル席には4人組のマダムたちの姿があった。アーガイルは、この団地に暮らす人たちの家のはなれのようなところで、みんなの集いの場になっているようだった。
「お腹すいたし、なにか食べよっかな」と卓上のメニューを眺めていたら、マダム4人組の会話が聞こえてきた。
「あんた昼何するの」
「食べて帰りたいけどな」
「これ、なんていうんや」
「ベ、べべ」
「ベネズエーラ」
「あんた、ちゃうで、あんた、ババズエーラ」
「バ、ババベーゼや」
まるで中川家の喫茶店のコントを生で見ているようなやりとり。だけど、何を注文しようとしてるのかぜんぜんわからない。
「ジェノベーゼやろ、」
カウンターからするどいツッコミが入る。
メニューを見かえすとフードメニューが豊富なことに気づく。なかでもパスタ。定番のナポリタンスパゲティー、ミートスパゲッティーに加えて、ボンゴレビアンコ、カニのトマトクリーム、ナスのアラビアータ。まるでパスタ専門店みたいなラインナップだった。
どれもおいしそうだけれど、マダムたちが注文したジェノベーゼが気になる。メニューには「バジルに松の実、パルメザンチーズが見事に調和した新感覚のおいしさです」とキャプションが添えられていて、これを頼むことに決めた。
単品は700円、プラス200円でドリンクセット。
ホットコーヒーをつけてもらった。
5分ほど待ったころ。「はい、どうぞ」といってハタチぐらいの女の子がお皿を運んできてくれた。
んっ?
あれ、ジェノベーゼってこういうのだった?
太くて、コシがあって、紅白のかまぼこがのって・・・
これは・・・
・・・うどん?
ハタチぐらいの女の子におそるおそる聞く。
「うどん。寒いんでよかったらどうぞ」「ジェノベーゼは後でお持ちしますね」
店内を見渡すと、奥の席のマダムたちも、うどんをすすっている。喫茶店でうどんのおまけをいただくのははじめてだった。しかも、ちゃんとおいしい。なんだか子どもの頃、風邪をひいた日につくってもらったうどんを思い出すなあ・・・ おなかがだしでじんわりと温まっていくのを感じながら、嬉しい気持ちでいっぱいになりながら、温かいうどんをするするといただいた。その時だけはマダムたちのおしゃべりも消えて、みんなそれぞれに、うどんをすすっていた。
だしまで飲みきって、ぷはーっと息をついたところで、ジェノベーゼが運ばれてきた。
これがババベーゼかあ・・・!
フォークで小さいパスタをつくり、バジルペーストのからんだ太麺をいただく。
お、おいしい・・・
バジルの香りに、強火でさっと炒めた香ばしさがのっている。フォークが止まらない。茹でブロッコリー、いんげん、リーフレタス、にんじん。パスタには緑黄色野菜もたくさん乗っていた。
あっという間にペロリとたいらげたところに、コーヒーがやってきた。ARGYLLと印字されたカップ片手に、ちらっと向こうのテーブルに目をやると、マダムたちはババベーゼをくるくるフォークに巻きつけていた。