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ビアンチャルディ『低音上奏法学習のための簡易規則』(1607) 日本語訳

Breve Regola per imparar’a sonare sopra il Basso
con ogni sorte d’Instrumento
di Francesco Bianciardi

低音上奏法学習のための簡易規則
あらゆる種類の楽器に
フランチェスコ・ビアンチャルディ著

バスに基づいて演奏するために知っておくべきことは多い。そのいくらかは当然承知のこととして、それ以外について簡単に説明しよう。

大前提として、奏者はタブラチュアや総譜によって歌い奏する術を十分に練習してしっかりと修得していること、協和音と不協和音を理解するための対位法の知識と、訓練された耳をもっていることが必要である。

簡単な例を次に示す。これらは頻繁に参照するため、この規則を最大限に活用するためには覚えておくよう。

完全協和音(5,8)/ 不完全協和音(3,6)/ 不協和音(2,7)/
4度それ自体では中立、下に3度があると不完全協和となり、下に5度があると完全協和となる(4)
中立/ 不完全 / 完全 /
5度は3全音と半音で構成される / オクターヴは4全音と2半音 / 4度は2全音と2半音
長3度は2全音 / 短3度は全音と半音 / 短6度は3全音と2半音 / 長6度は4全音と半音 /
偽りの5度 / 偽りの4度

奏者が心得るべき事は3つ、第1にバスの動きを把握すること、第2に協和音を適用すること、第3に音楽の調ないし旋法を知り、それを移調する方法を知ることである。

バスの動きは音楽の基礎をなすものであり、次の例のように5通りの仕方で上昇下降する。

オクターヴの上昇下降は変化としない / 7度の進行は用いられない

このとき「バス」は音楽の最低声部を意味していることに注意せよ。バス声部が沈黙している時はテノールやアルトなど、なんであれ他の声部の下にあるものが代わりになる。

次に、このような基礎に対する協和音の適用について、完全な和音は3種の音が一体となって作られることを認めよ。すなわちバス上5度と3度の音であり、これは完全協和音と不完全協和音である。そして全てのバスの音に対し、このような協和音を与えられなければならない。

しかし5度上の音を欠く場合、代わりに6度の音が用いられる。これはBからFや、EからB♭など、4度のミューテーションを生じるキーで起こる。

バス音にシャープが付く場合も5度が6度に置き換えられる。この場合は例に示すように常に短6度である。

B quadro のキーの3度と5度によるコード/ これは5度を欠くので6度を用いる / 6度の用例
B molle のキーの3度と5度によるコード / これは5度を欠くので6度を用いる / 6度の用例

演奏で最も難しいのは、時と場所に応じて適切な不完全協和音を奏することである。

まず3度について上述のバスの動きと共に論じよう。

バスが1音階づつ、あるいは3度上昇するときは、自然な3度を適用する。

4度上昇するとき、長3度が用いられる。これが自然にできない場合はシャープを付けて作る、この動きでカデンツを成すためである。

5度上昇するとき、自然な3度を適用するが、特にカデンツに向かう途中ではしばしば短3度が用いられる。

オクターヴの上昇では変化無し。

1音階づつ、あるいは3度下降するときは3度。

4度下降するときは5度上昇のときと同様にする。

5度下降するときは4度上昇と同様に長3度。

6度ないしオクターヴ下降のときは自然な3度を適用する。終止のカデンツでは常に長3度が用いられる。

それでは6度について語ろう、これこそ音楽の最高の効果を生み出すものである。同様にバスの動きと共に見ていく。

バスが1音階ないし3度上昇するとき、自然な6度を適用する。

5度上昇するとき、長6度を適用。

1音階下降するとき、常に長6度を適用。

4度下降するとき、長6度を適用。

5度下降するときは6度は用いられない。ただし5度へ至る過程のはじめに用いることはできる。その場合は常に短6度である。

バスが1音階ないし4度下降するときは、7度を使用して長6度に解決することもできる。また、5度下がるか4度上がるときは、例のカデンツのように4度を使用して長3度に解決することもできる。

4、5、6、8声、あるいはそれ以上の声部で構成する場合も、上述の3声のものと和声的には同様である。なぜならそれ以上の協和音を付け加えるにしても、オクターヴ違いの音を追加する他ないからであり、オクターヴはユニゾンと等価であるため、同じハーモニーを重複することにしかならない。したがって上述の3声の方法で十分である。

確かに重複ないし複合和音を用いることでハーモニーにより変化をもたらすことができるだろう。例えば3度に代えて10度や17度、5度に代えて12度や19度を用いるなど。

しかし3声だけではハーモニーが貧弱な場合、バスや他の声部にオクターヴを重複することが非常に有用である。それによってハーモニーが豊かになり、ある和音から別の和音に移る際のパッセージをより魅力的にし、運指に多大な便宜がもたらされる。

さらに言葉や感嘆符に応じて音を強調するためには、しばしば総奏が必要になる。

明るい題材ではなるべく高音域に留まるようにし、悲しい題材では低音域に留まるよう。カデンツではバスをオクターヴ下で重複するが、最低音域での3度や5度の使用は避けたほうが良い、ハーモニーがあまりにくどく耳障りになる。

これらに加えて、ハーモニーは逆向きの動きによる音の配置の多様性によって作られる。そのためバスが上昇する時は他の声部を下降させ、バスが下降する時は他を上昇させることが肝要である。

そして特に外声部に関しては、同一声部の完全協和音を避け、逆向きの動きや、高音域で素晴らしい効果をあげる3度の進行をとるべきである。

バスが走句をなす場合、和音は小節の最初の音に合わせ、その良い音に悪い音を続ける。

付点二分音符や付点四分音符の場合は、協和音を付点の上で作り、続く音は不協和音の中で動かす。

3度を超えて跳躍するバスには、全て和音付けしなければならず、ディミニューションと共に下降する音階には、最初の音に5度を付け、次の音には10度を伴う6度を付ける。

これまで説明した事の実例。

他にも多くの注意すべきことがあろうが、簡潔に説明することは難しく、最も重要な規則は述べておいたので、それらについては省略する。

他の規則の代わりに、奏者には耳を鋭くして和音を練習し、5度や6度、長短の3度を覚え、上記の全てをうまく活用することを勧める。

この簡易な規則はあらゆる種類の様式の歌に適うものであるが、しかしながら作曲家は自由に長調の協和音を様々な不協和音に混ぜあわせる。そのため完璧な指導は不可能である。

旧式のフーガ的作品のようにバス上で容易く演奏できるものは、最近の漠然とした新式の音楽では少ないことには留意しなければならない。演奏すべき和音がバスの上に書かれていなかったり、奏者が対位法の技術に無知であったり、耳の訓練が不足していたりする場合、作品に益するよりもむしろ害を為すことになりがちである。

最後に、歌手の要求や他の楽器と演奏する際にしばしば必要となる、8種の調の間の移調のための表を用意した。移調にあたっては全音階の全音と半音を常に同じくしなければならない。

高名にして敬虔なる主、我が庇護者、敬愛するアレッサンドロ・ペトルッチ師、偉大なるマッサの司教へ。当市がその喪に服している優れた音楽家、フランチェスコ・ビアンチャルディ師の類まれなる価値と功績を愛しておられる猊下に、この論文を捧げる。

これは音楽を演奏しようと望む全ての人々から待ち望まれていたものである。著者は器楽に劣らず、声楽の分野でも目覚ましい逸材であったために。

生前に誉高くあった彼は(遍く過去の文人や名人と同じく)今や亡くなり、この紙面によって記憶されるだろう。私もまた彼を崇拝し仕える者の一人に数えられんことを。

1607年9月21日、シエナにて。

高名にして敬虔なる主の誠実な下僕、ドメニコ・ファルチーニ、エンリコ・ズッチ閣下の認可の元に発行。


フランチェスコ・ビアンチャルディ(1572-1607)『低音上奏法学習のための簡易規則』Breve Regola per imparar’a sonare sopra il Basso (1607) は、通奏低音の演奏法を解説した出版物としては、おそらく現存最古のものです。

その出版された翌月に、同じ出版者から、同じく通奏低音の解説書である、アゴスティーノ・アガッツァーリ『すべての楽器のための低音上奏法』 Del sonare sopra ‘l basso con tutti li stromenti (1607) が出版されていますが、ともかくも此方が先には違いありません。

これは冊子ではなく、大きな一枚の紙(57.4 ✕ 43.5 cm)に印刷されているものです。おそらくはポスターのように掲示することを意図した出版物なのでしょう。プリントアウトして壁に貼っておくと気分が出るかもしれません。

著者のビアンチャルディは傑出したオルガニストとして当時広く知られ、シエナ大聖堂の maestro di cappella を務めた人物ですが、献辞にあるように出版の直前に35歳の若さで世を去っており、これは彼の遺作となります。

現在、「通奏低音」といえば(よくある誤解を除けば)「音符に小さな数字の付いたバス・パート」という風に認識されているでしょうが、ここで解説されているのは、数字無しの素の低音に和音を付けるノウハウです。当時は一人前の音楽家ならこれぐらいはできて当然だったのでしょう。

通奏低音とは、元々はポリフォニー合唱曲を伴奏する際に、総譜を完全に演奏するのではなく、バスのパート譜だけを見て、その上に適宜和音を付けることで済ます簡易的な演奏法に由来するものとされています。パターンの定まったパレストリーナ様式の音楽であれば比較的容易だったこの方法も、当時流行の「第二作法」音楽の伴奏を数字無しでうまくやるのは、本文にもあるように未熟者には難しかったようです。

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