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ヴェネツィアのチェンバロ:イタリアのチェンバロについて2(168)
Alessandro Trasuntino, Venice, 1531
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https://museumcollections.rcm.ac.uk/rcm_collections/harpsichord-alessandro-trasuntino-venice-1531/
16世紀のチェンバロの宝庫は、やはりヴェネツィアです。
英国王立音楽院所蔵の1531年製アレッサンドロ・トラズンティーノのチェンバロは、シャープなフォルムが如何にもイタリアらしい楽器です。インナー・アウター型で、響板と側板はサイプレス(イトスギ)、底板はポプラ。
現在このチェンバロは 2×8', GG/BB-c3, 50鍵という仕様になっていますが、本来は 1×4', 1×8', C/E-f3 であったことが判明しています。これは16世紀のヴェネツィアのチェンバロに良くある仕様なのですが、当時これほどの高域を要求する鍵盤音楽の楽譜は知られていません。この無駄な高域は演奏に変化を持たせるために使用されたのではないかと推測されています。
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https://museumcollections.rcm.ac.uk/collection/Details/collect/1460
17世紀にはそのような演奏習慣が廃れたためか、逆に音域が狭まり C/E-c3 が標準となりました。また4フィート弦も使用されなくなって、 2×8' が一般化します。これは通奏低音の演奏に適応したものでしょう、イタリアの古いチェンバロの多くは 2×8' に改造されてしまっています。
この楽器は現在は c2=276mm というスケーリングですが、オリジナルの C/E-f3 では、鍵盤が下に4度ずれることになるので c2=356mm というロングスケールであったことになります。そのため当初は真鍮弦ではなく鉄弦を用いていた可能性が考えられます。鉄弦の場合、同じピッチの真鍮弦よりも弦長が長くなります。
しかし、上の動画の演奏で用いられている複製楽器は A=348Hz でチューニングされているということですから、ピッチが4度低い移調楽器であったという説に則っているのでしょう(A=466Hz だと E=348Hz ぐらいになる)。これが確かであればルッカースの上下鍵盤で4度ずれている移調二段鍵盤の由来も説明できます。
この初期イタリアのチェンバロのスケーリングにまつわる弦の素材かピッチかという問題は未だ決着がついていないようです。
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https://www.rcm.ac.uk/museum/collections/instrumentcatalogues/