短編小説「七光り」
日は西の地平へ溶け込む寸前であった。秋の星々が冬に向け煌めく準備を始めるように現れ、太陽の残した残光を吸収しているようである。そんな星々の動きなど届かない都心のアパートの一室に男が二人。
一人は無精ひげを生やし、頭にはアニメ柄の手拭いを帽子のように縛っている。手拭いから溢れる後ろ髪は肩に着くほど長い。目の前に粘土とろくろを置けば芸術家に見えないこともない。しかし、彼の座る椅子の横にある机の上には原稿用紙が散乱している。文字ばかりではなく人の絵や吹き出しが描かれていることから、彼が小説家ではなく漫画家という表現者であることが伺える。
「我が息子よ、他人の努力に寄生し、実力以上の評価を得ることは最低な行為なんだよ」男は目の前にいる息子に諭すように話す。息子の髪は父親とは逆に短髪であり清潔感がある。しかし、服の上からでもわかる腕や足の枝のような細さが手伝い、清潔感よりも弱々しい印象を相手に与える。そして、その印象通りの話し方で父親に反論する。
「でも実力はあるんだ。でも注目がないから評価もされない。だから、〝七光り〟でもいいから編集者に掛け合ってデビューするのはどうかなって……。思ってさ……」対面する息子は、言いにくそうにであるが今日この場所に赴いた理由を父に伝えた。
「却下だ。俺だって客観性くらいはある。まず、間違いなく素人以下の作品だ。今の世論が求めるレベルに達していないそんな作品を血縁関係だからといって、『デビューさせてくれ』と編集者に頭を下げるのか?俺の経歴の汚点にする気か?不愉快だ。帰ってくれ」あまりに真っ当な意見を話す父親に一切の反論ができなくなった息子は肩を落とし、部屋を出た。
息子がアパートを出てから父親は窓から駐車場を眺めた。停めてあった息子の高級車が街灯の光を受け煌びやかに発進する。その姿を見送って小声で呟いた。「わかってくれ……。〝親の七光り〟は聞いたことがあるが、〝子の七光り〟は流石に恥ずかしすぎる」
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