「#彼女は頭が悪いから」
2016年に東大生5人が起こした強制わいせつ事件をモチーフにした小説(姫野カオルコ/文藝春秋)だ。
事件の概要は、以下。
”東大工学部4年の男子生徒ら5人は、2016年5月10日から11日未明にかけてメンバーの自宅マンションに女子大生(21)を連れ込み、裸にして胸を触った。さらに殴る蹴るの暴行を加え、カップラーメンの汁をかける、局部にドライヤーで熱風を浴びせるという行為に及んでいる。逃げ出した女子大生の通報により、松見はその場で逮捕、残る4人も19日に逮捕された。”
上記事件を「モチーフとして書かれた」のであって、どこまでがフィクションかわからない。し、この小説はきっとその事件がどうのこうのと今更掘り返して言いたいわけではきっとない。
ただ、「事件の表面からしか判断できない」私たちへの警鐘と「ステータス至上主義」の社会への警鐘をこのタイミングで再度鳴らす必要があったのだと思う。
忘備録として、読んだ感想を綴っていきたい。
◾️ミラー小説
この小説は読み終わった後に受けるダメージの程度が、自身の「田舎出身か都会出身か女性か男性かイケメンかブスかハイスペックかロースペックか」等の様々なステータスによって全く異なってくると思う。
筆者は「この小説はミラー小説で、誰にどんな風に共感したかで、あなたの価値観がわかる」と述べられている。
【被害者女子大生美咲への”共感”】
”一度でも好きになった相手に失望されたくない、「私なんか」に優しくしてくれた相手の期待に答えたい、私が我慢して成り立つなら、盛り上がるなら我慢したい”
小説内では、女子大生の従順な思いから事件が悪化していく。
知らない世界を急に見せられて萎縮する。すごくわかる。憧れていた世界にいる人に迎合してしまう。ものすごくわかる。
夜の19:00に家にきて夜の21:00に帰っていく、本当に”それだけ”であってもよかった。私の前では目を見ずに好きと言うけど、他人には「彼女」として紹介してくれない「彼氏」。それでもよかった。
本当は相手が自分に興味がないことは気づいていた。ただ、自分が憧れている世界の人を手放すのが怖かった。
「私にはもっといい人がいる」「私はもっとできる」「自分を安売りしてはいけない」そう思えばいいと他人から言われたところで、何十年もの間蓄積されていた「私なんてどうせ」が一瞬でそんなアドバイスはかき消す。
いや、蓄積された「私なんてどうせ...」がなくても、世間の「東大生はすごい」「〇〇という企業の人はすごい」「このスポーツで世界で戦う人はすごい」という評価と自身の「中肉中背、その辺の大学の女」と言う評価を天秤にかけて上下を作ってしまうのだ。
誰が美咲を責められるのか。
就職活動の時に、人気企業の社員が女子大生に強要する事件があるという裏の噂をよく聞くが、構図は同じなのだと思う。
次第に、相手へ向けた「敬意」を「女子特有の下心」と見なされ「何をしても許されるやつ」と変換される。
【東大生つばさへの”理解”】
地元の公立に進み、受験戦争や進学塾とは無縁で、地方の大学に進学した女である私は「エリート街道」をひた走る「ピカピカのハート」をもつ「東大生のつばさ」とは育った環境が違いすぎて彼の言動に共感の余地は少ない。
だからと言って、理解できないわけではない。
今まで似たようなタイプの人間は多く見てきた。「内省」や「気持ちの言語化」に時間を取られず、最短最速で物事を解決するような人。
合理的であるし、幾分生きるのも楽だろう。この本ですらおそらく全く興味を示さないし、このnoteに興味も示さないであろう人。
◾️知らないし、知ろうともしない
何か事件が起きた時、私たちは容疑者の所属とただ淡々と綴られた事件の概要をみて意見を言う。
「あぁこの人は”政治家なのに”風俗に行ったのか」
「あぁこの人は”中卒で引きこもりだから”こんな事件を起こしたのか」
と。
その人の所属や風貌からなんとなく怒りの程度を算出して発言する。だが事件は数日でも数秒でもない。生まれてきてから現在までの価値観や出会いその他諸々が複雑に絡み合っている。
2016年に起きた東大生の暴行事件、私の記憶にも微かに残っている。
母が、「女子大生かわいそう」とつぶやいていたことに対し、同い年でちょうど大学生活を送っていた私は、「女子が計画的に酔いつぶれてお持ち帰りされる。それを嬉々として事後報告しマウンティングしあう構図」を見慣れていたので、どちらかと言うと女子大生に対し疑問を感じていた。
だが美咲が(少なくとも小説内では)計画的酔いつぶれを実行したわけではない。他の女子がそうだっただけで、美咲はそうではない。
でも誰も美咲の生い立ちも考えも何も知らない。興味がない。知ろうとしない。私も含めてその時提示された情報でしか物事を語らない。
◾️まとめ
ピカピカのエリート街道を走ってきた人は、地方から出てきて素直にすごいと感じたものに流され迎合する私を「下心のある女」と見ているのだろうか。
だから簡単に不倫だワンナイトだと後先考えない言葉をぶつけてくるのだろうか。
「慶応大学卒で電通で働いている」と名乗る私に下品なことは言わない人が
「地方の大学卒」を名乗った時はあからさまにぶつけてくるのも、きっとそうなのか。
気丈に振舞うこと、いらないことは喋らないこと、プライベートは覗かせないこと、弱みは見せないこと、SNSを強くすること、小綺麗にすること、愛想は振りまかないこと、自分を誇張すること、いじられキャラになり下がらないこと、所属するコミュニティを増やすこと、「勉強ができる」以外の「優秀さ」の物差しを持つこと、大人と付き合うこと、etc...
対策はいくらでもあるけど、なんだかモヤモヤは取れそうにない。
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