読書感想文~炎立つ
下手すれば四半世紀前になる作品でしょうか(苦笑)。
大河ドラマ「炎立つ(1993~1994)」の原作です。
高橋克彦氏によって描かれた、前九年の役前後から鎌倉時代にかけての奥州藤原氏の興亡を描いた作品です。
5巻までありかなりのボリュームですが、めちゃくちゃ面白い!
物語は、多賀城国府に仕えていた藤原経清の物語から幕を開けます。
平安初期の頃ですね。
経清~北の埋み火、燃える北天、空への炎
藤原経清は、亘理郡を差配していた大夫。祖先をたどれば中央政権の藤原氏に連なる系譜です。
それに対するは、奥六郡を始め北東北を支配していた安倍一族。中央政権とは異なる文化を持つ、蝦夷の一族でした。
そして、影で活躍するのが「吉次」の一族。源義経を扱った歴史小説でも「金売吉次」としてよく出てきますが、高橋氏は金を元手に奥州で暗躍する「一族」として登場させています。
面白いのが、この吉次一族は蘇我氏に滅ぼされた物部氏の末裔としているところ。
経清は当初は陸奥守藤原登任に仕えていましたが、あまりも暗愚であったため、見限って安倍氏に接近するようになります。
登任の更迭後にやってきたのが、源頼義でした。
そして、この頼義が一筋縄ではいかない。とにかく、性格が悪いんですね(苦笑)。
注目したいのが、この頃はまだ「武士」というのが公家の配下にあり、公家側は武士に勢力をあまり持たせなくなかった、ということ。
それを知っている経清も色々と策略をめぐらせるのですが……。
また、蝦夷討伐でよく出てくる阿弖利為が安部貞任の守護神として登場したり、「アラハバキ」などのシャーマニズム的な要素が出てくるのも本作の魅力の一つです。
結局、安部貞任を筆頭に、その妹結有を娶った経清も、源氏に組みした清原氏(安倍氏の縁戚)や頼義・義家に討たれてしまいます。ですが、蝦夷の文化の豊かさが伝わってくるパートと言えるのではないでしょうか。
☆前九年の役
一般的には、1051~1062年にかけて源頼義・義家父子による奥州征伐の一連の戦いを指します。
清衡~冥き稲妻(後三年の役)
前九年の役で討たれた経清の息子、清衡の話です。
前九年の後、鹿角に落ち延びていた経清の妻結有と息子の清丸は、父の仇の一派である清原氏に身を寄せていました。
結有は武貞の妻として迎えられ、息子の家衡をもうけます。
いわば、清衡と家衡は異父兄弟ですね。その他に、武貞には真衡(長男。一応跡取りと目されていた)という息子がおり、真衡と家衡は異母兄弟という複雑な状態です。
家系図にすると、こんな感じ。
この清原氏も決して一枚岩ではなく、惣領であった武貞の死亡後に後継者問題が勃発。
朝廷の人事により、再び奥州に戻ってきた源義家のバックアップを受けた清衡は、最初は真衡と対峙。その最中に真衡は暗殺され、今度は異父兄弟の家衡と奥州の覇権を巡って争います。
後三年の役は出羽(現在の秋田・山形)を中心に戦いが繰り広げられますが、清衡が本当に我慢強い。
また、十三湊の豊かさが具体的に出てくるのも、このパートからでしょうか。
中央政権の置かれている京都に匹敵するような描写もあり、宋との交易もあるなど、北方に有りながらも豊かな土地だったことが伺えます。
覇権を握ったのは、清衡。
結局、清衡の実父である経清が聞いたアラハバキの神の信託が現実のものとなり、ここから約100年に渡る奥州藤原氏の文化が、平泉に花開いてきます。
☆後三年の役
1083~1087。清原氏の後継者問題に端を発し、奥州藤原氏の台頭のきっかけになりました。
泰衡~光彩楽土
清衡の曾孫、泰衡が主人公です。
よくある「泰衡像」は暗愚な四代目として描かれていますが、本作では奥州藤原氏の生み出した傑人として扱われています。
結局、彼は奥州藤原氏の幕引き役を引き受けるのですが、卑怯な罪人としてでなく、祖父母や安倍氏の理念=楽土を守るために奮闘するというのが、大まかな流れでしょうか。
そして、やはり欠かせないのが源義経との関わりです。
東北には、義経が落ち延びて大陸へ渡ったという伝承が残されており、真偽はともかく、壮大なロマンを残して義経らは舞台から去っていきます。
蝦夷とは何だったのか
全体を通して感じられるのは、蝦夷のプライドでしょうか。
昔、大学の考古学の授業でもちらっと聞いたことがありますが、一説によると縄文人の末裔という説があるそうです。
または、アイヌの一派という考え方もあるとのこと。
要するに、中央政権の支配下になかった東北の民をひっくるめて「蝦夷」と呼んでいたのでしょう。
それにしても、俘囚って本当に差別的な表現ですよね。この字を充てていることからも、当時から中央政権は差別意識で東北を見下していたことが伺えます。
安倍氏一族を始めとして、奥州の民が中央に反感を持つのは自然だったのではないでしょうか。
本作は小説ですから、フィクションの要素も多分に含んではいると思います。
それでも、やはり蝦夷文化を見直すきっかけになり得る作品と言えるのではないでしょうか。
そんなわけで大分昔の作品ですが、私のオススメの歴史小説でした。
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