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暇が苦しすぎて発狂しそう
何もない。私の人生には、もう何も無くなってしまった。
お気に入りの部屋も、仕事も収入も、肩書きも。親を潰し、恋人を切り、ビジネスパートナーを潰して会社を潰して。私の掌から全てがこぼれ落ち、何も残っていない。
何もないというのが、これほど苦痛だとは思わなかった。最初は、全てから解放された! もうこれで完全に自由。誰からも干渉されないし、邪魔をされないし傷つけられないし。最高の人生が手に入ったと期待に満ちていたが、それも2日ほど経てば感動はあっさりと消えていった。何もない生活。何をすることもない生活。昼前に起きてタバコを吸い。腹が減ったら12時過ぎに最初の飯を喰らう。卵かけご飯か納豆ご飯。食後にまたタバコを吸い、昼寝をする。でも14時ごろには起きてしまう。眠気もない、でも何もやる気が起きない。身体が動かない。シーシャ吸いにいくか? 寿司でもたべにいくか? いや鰻か、いやカップラーメンの方が満足度が高いか? いや、飯を食っても、高い飯や美味い飯を食ったところでどうせ食った後に、ああ食わなきゃ良かったなとなるだけ。せっかく時間を使って外に出たのに大した感動などなかったな、と不完全燃焼を覚えるのが目に見えている。今まではこういう時、海や山に出かけてひたすら黄昏れる、というのも楽しめていたが。ミュージカルを見たりなんだりと文化的な楽しみ方もかろうじてできていたが、それすらもできなくなった。もうそれが終わった時の感動もたかが知れていて、この重たい身体を無理やり起こしてまで堪能したい、という気持ちも奪われてしまった。だから14時に目覚めても、もはや何をするでもない、というか何もできない。ゔゔ、と唸りながら枕元のスマホに手を伸ばし、noteの閲覧状況を確認する。だがそれも一瞬で終わる。暇すぎて苦しい、と古臭い・犯された脳が騒ぎ出す。その騒音を掻き消すために、いつの間にかyoutubeを見出す。だが10分もすると見ているのが苦しくなる。何を見てもつまらなすぎる。LINEマンガやインスタなど、次々に手を変え品を変え必死に脳を誤魔化そうとするが何の威力もない。あ゛あ゛あ゛あ゛と軽く叫びながら、苦しすぎる無を振り払いながら身体を起こす。そしてまたタバコを吸い、意識を朦朧とさせて再びベッドに転がる。そして30分ぐらいか、ゔゔゔゔゔと唸りながら毛布に包まっているといつの間にか意識が落ちちている。起きると辺りは暗く、時計を見ると18時頃。腹が減ったのでのそのそと起き上がり、ああクソめんどくせえなと思いながら近所のスーパーに出かける。
地獄だ。自分から進んで全てを手放した今。死にたいほど苦しい、寂しすぎて辛い、いっそ死にたいという気持ちと引き換えにあらゆる楽しみが消えた。今まで無限のように思える人生の時間を、世の中に転がる自分とは無関係な娯楽で何とか誤魔化していたが。もうそれすらも叶わなくなった。何をしても面白くない、何もかもがつまらない。まるで刑務所の独房に入れられたような。自分の暇を、もうどう足掻いても潰すことができない。
苦しすぎる。少し前までは、自分を傷つけてきたもの、その全てを排除していく過程で意識は忙しかった。そこで無限のように思える空虚を感じる余裕などなかったから、目の前の映像に興奮することができていたから、だから見落としてしまっていた。冷静になれば分かるはずなのに。
この31年の人生で初めての試練に向き合わされている。生まれた瞬間は、何をするでもなく満たされていたはずなのだ。何もない、何も描かれていない壁を見ているだけで、キャッキャと笑っていたはずなのだ。それがどうだ、意識が芽生えてしまった瞬間から、「暇である」という概念が生まれてしまった。
その概念自体は別に悪いものではなかったはずなのだ。だが私の不幸は、親から干渉され、祖父母から干渉され親族から干渉され。田舎の近所の年寄りどもから干渉され、近所の子供達から干渉され、教師から干渉され、友人と世間から名付けられた人間たちに干渉され。「何もせずにただぼーっとしているのは悪」「何もない人間には価値がない」という洗脳に、私は負けてしまった。結果、暇であるとこのくだらない脳みそが落ち着きを失い始めてしまった。何か夢中になれるものを見つけ、しかもそれを独りで取り組むのではなくちゃんと外に出て友達と呼ばれる人間たちと関わる中でそれに取り組め。一方で家の中では勉強という国家洗脳を押し付けられ、偏差値という尺度の中で上位路線を突っ走ることを強要され。
小学生の時は、テストで100点・多くの友人を作る・運動か文化的な何かに取り組み、私はこれができるというものを保有しろと押し付けられる。中学生の時は、地味でいることは悪とされ騒がしいガキどもと同化して教師に迷惑をかけること・できるだけ見た目がイケてる女子と関わることを価値と定義され、それに沿わないと価値がない男と判定されて人権を奪われるから必死に価値のある男に沿う努力をし。高校生の時は、稼げない男に価値はないと母親、および母親の代理人である教師や同級生などのその他大勢どもから洗脳され。ただひたすらに、将来大企業に入り30代前半で年収1000万円に到達するための期待値を上げ続け。もうそんな生活を続ける中で、私はとっくにぶっ壊れてしまっていた。だから高校生で精神病院に通うことになったのだが。やはり考えれば考えるほど、親というのは大犯罪者であるのだなという事実に驚かされる。しかも親自身が悪気がなく、善意のもとで苦しみながら「俺が・私がこんなに頑張ってあげてるのに!」という暴力を振り翳してくるから本当にタチが悪い。責任能力のない犯罪者であるから今の世の中では裁けない。
私にとって、というか人間にとって本来、「暇である」ことは正しい姿だったはずだ。生まれた瞬間、人間が最も生命力に溢れている瞬間。人間が最も満たされている瞬間。その時、我々は何もしていなかったのだ。ただ壁を見て、キャッキャと笑っていたはずなのだ。何もしないこと、暇で暇でしょうがないことは、当然在るべき姿だったのだ。それが奪われた瞬間はいつだったのか。
私の自我が芽生えたのは、たしか3歳の時。今までの人生、体内に残っている映像を掘り返していくと、一番最初の映像はマンションの一室で、座布団か何かの上に頭を乗せて寝転がり天井を見上げている映像があった。そして視界の片隅に、表情の曇った母親の顔がある。そもそも広い広い敷地と家を有する私の家柄で、なぜ狭いマンションの一室に私と母親がいたのか。昨年父親を詰めていった時にそれがわかった。母親と姑、つまり父親の母親で私から見れば父親方の祖母と折り合いが悪かった。それで母親が、同じ敷地内で過ごすのは気が狂いそうだ、ということで近くにマンションを借りてそこでしばらくは過ごしていた、ということ。
そもそも私は、母親の意欲ではなく金井家当主のジジイが「男の子を産め」と圧力をかけたからそれで拵えられただけのガキなのだ。そんな背景で私という二人目を産まされた母親と金井家が仲良く過ごせるはずもない。私は物心ついた頃から、生まれた時から、もっと言えば受精卵の頃から人間関係の最悪な、劣悪な環境に置かれていたのだ。
生き苦しい母親と、狭いアパートで息苦しい空間で過ごす。息の詰まる、鬱蒼とする波動を放ち続ける母親と過ごす。それだけで、もう俺は毒を喰らっていたのだろう。ダメ押しで言葉の実弾を喰らっていたから。父親が碌でもない男、祖父母もひどい人間たちだ、という言葉の毒を一身に浴びていたから。なぜか子供は親に対して「幸せであってほしいと願う」という初期設定で創られてしまっているから、もう私の心は自我が芽生えた時からズタボロだったのだ。
これ以上ママを苦しめないで。3歳ぐらいの私は、常に母親が身体中から発する声に冒されていた。私が買ってもらったばかりの服を着て外に行き、畑で転がり一生懸命に遊んで泥だらけになって帰ると折檻された。頭を打たれ、尻を打たれ、耳を劈くほどの怒声を浴びせられた。もう物心ついた頃には、私は鎖に繋がれた象だったのだ。
私は機関車トーマスの玩具が大好きだった。ずっと線路の上をトーマスを走らせて、それを眺めているのが好きだった。だがそんな時間も、水泳やら公文式やら何やらの習い事に埋めつくされていく。ただぼーっと、トーマスを眺める時間が奪われていく。
「公文、つまんないから行きたくない」
そう母親に言った。だが母親は聞かなかった。ごちゃごちゃとくだらない理屈を並べ立てる母親に食い下がろうとしたが、所詮は鎖に繋がれた象。言うことを聞かなければ飯をもらえない。
これ以上ママを苦しめないで
怒りの顔と共に、身体中から発する母親のその声に抗えるはずもない。過去の映像を掘り返していくと、あれが暇を奪われた瞬間だった。そこからどんどん母親と父親、その代理人たちから洗脳されていき。暇であることは悪。暇で何もしない、何もできない人間はクズ。何か価値を保有してこそ、何か価値を提供してこそ人間。ポンコツな脳みそだから、そんな嘘で簡単に騙されてしまう。あっという間に、暇=存在価値を否定される、の式が出来上がった。
暇が苦しいのは、存在価値を否定されることの恐れがあるから。その恐れによって脳が騒ぎ出し、居心地の悪さを意識が覚える。その居心地の悪さを、現世では苦しいという感情で表す。これが、今私が向き合わされている試練なのだ。
高校を卒業して横浜の大学に進学して一人暮らしになった後も、私はほとんど家で過ごすことはなかった。とにかく自分が価値のある男にならなければ、そのために時間を費やさなくては。周りの、同い年のあいつはもうこんなにも成功している。置いていかれるわけにはいかない。価値がない男に成り下がるくらいなら死んだ方がマシ。身も心もしょうもない、明らかに女性からモテない、妻に離婚されて孤独死街道まっしぐらの甲斐性なしの一人目の父親に成り下がるぐらいなら。ギャンブル狂いで犯罪者の二人目の父親に成り下がるぐらいなら。周りから価値がない、生きている意味がないと罵られる惨めな生物に成り下がるぐらいなら今この瞬間死にたい、と心の底から信念として据えていたから。だから暇であることが耐えられない。だから何かしていないと、何か自分に価値を付与するための、と錯覚するための何かに取り組んでいないと苦しすぎる。そうして今、暇が苦しすぎるという地獄に堕ちている。
どうすればこの地獄から救われる?
暇が苦しいのは、存在価値を否定されることの恐れがあるから
この呪いを取り除くのだ。暇であっても、世間が評価するわかりやすい価値を保有していなくても、己には価値があること。というかそもそも「価値」という概念など己の生には必要ないこと。これに気づけるかどうか。気づき、腹落ちさせられるかどうか。腹落ちするためには、この生き方を承認してくれる仲間と巡り会えるか。この己を愛してくれる人と出会い、生きていけるかどうか。これに尽きる。
呪いを取り除くには、呪いをかけた犯人を特定すること。そしてその犯人を取り押さえること。己の言葉で裁くこと。つまり、親と向き合うこと。
何もない己に価値があること、もっと言うと「価値」という概念など己には不要であること。それを実現するために、何もない己を愛してくれる人と出会うこと。これが今、私が向き合わされている試練。万物を生み出し突き動かしているこの世の根源。世間では道とか理とか言われるもの。その道から与えられているのが、私が向き合わされているこの試練。
何もない己を愛してくれる人とは、どうすれば出会えるのか。
それは、何もない己を究めること。己との対話を続けること。己の道を、その綱渡りのような道を慎重に、かつ大胆に歩み続けること。そして私はこういう人間なのだ、こういう価値観をもってこういう感情なのだ、と表現し続けること。その先で必ず出会えるはず。出会えないわけがない。
出会えなければ寂しすぎる。辛すぎる。出会えるまで、共に生きていくその土壌が整うまで、仮説検証を続けたい。
だから私は思考する。だから今日も書き続けるのだ。
以下の長編小説、企画出版希望です。
編集者や出版関係者でこちらの内容を本で出版したい、と思ってくださる方は、
こちらまでご連絡ください。
第一弾:親殺しは13歳までに
あらすじ:
2006年。1日に1件以上、どこかの家庭で親族間殺人が起きている国、日本。そんな国で駿は物心ついた頃から群馬県の田舎で、両親の怒号が響き渡る、機能不全家庭で生まれ育つ。両親が離婚し、母親が義理の父親と再婚するも、駿は抑圧されて育ち、やがて精神が崩壊。幼馴染のミアから洗脳され、駿は自分を追い込んだ両親への、確かな殺意を醸成していく。
国内の機能不全家庭の割合は80%とも言われる。ありふれた家庭内に潜む狂気と殺意を描く。
第二弾:男という呪い
あらすじ:
年間2万体の自殺者の山が積み上がる国、日本。
想は、男尊女卑が肩で風を切って歩く群馬県の田舎町で生まれ育つ。
共感性のかけらもない親たちから「男らしくあれ」という呪いをかけられ、鬱病とパニック障害を発症。首を括る映像ばかりが脳裡に浮かぶ。
世界中を蝕む「男らしさ」という呪い。男という生物の醜さと生き辛さを描く。
第三弾:監獄
あらすじ:
21世紀半ば。第三次世界大戦を経て、日本は「人間の精神を数値化し、価値算定をする」大監獄社会を築き上げていた。6歳で人を殺し人間以下の烙印を押された大牙(たいが)は、獲物を狩る獲物として公安局刑事課に配属される。最愛の姉に支えられ、なんとか生きながらえていた大牙は、大監獄社会の陰謀に巻き込まれ、人として生きる場所を失っていく。
あるべき国家運営と尊厳の対立を描く、理想郷の臨界点。