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【小説とノンフィクションの違い】私達の体験か?隣人の事件か?by金原ひとみ

「この話をノンフィクションとして
読んでいたら、
耐え難い蟠り(わだかまり)と
憤りが残り続けたかもしれない。
しかし、著者は小説という形を
とることによって
「隣人の悲惨な事件」ではなく、
「私たちの重大な体験」として
提示してくれた」

韓国小説『ハヨンガ』に対する
金原ひとみの書評。
2021年、8月28日、
朝日新聞、読書面より。


小説とノンフィクション。
どちらも面白いですね。

ただ、一般的には、
私たちは中年以降、
歳をとればとるほど、
小説から遠ざかる傾向があります。
かわりにノンフィクションに
親しむ時間が増えるようです。
あくまで一般論ですよ。

でも、金原ひとみは
さすが小説家らしく、
小説の力、威力、パワーを
よく知っていますね。

新聞で紹介された韓国小説は
リアルやネットで虐待を
受け続ける沢山の女性たちの
苦悩と絶望と未来が描かれてるらしい。
(私は今から読もうと思います)

これがノンフィクションで
終わっていたら、
それはセックスにまつわる
スキャンダルや事件簿だ。
ゴシップ見たさで読み始めるものの、
たしかに、後味は悪そう。

それが小説、物語になることで、
「私たちの体験」になるんですね。
興味本位を飛び越えて、
共通言語として、
読む人に大きなメッセージを発したり
安らぎの場所となってくれる。

金原ひとみさん、良いこと言うなあ。

小説の効能はまさにそれですね!

完成され閉ざされた「小説」より、
自分と地続きの隣人のニュースを
気軽に読めるノンフィクションが
中年以降の人間には
手に取りやすいことも、
金原ひとみの言葉で、
よくわかってしまった。

「私たちの体験」を
追体験させてくれる小説を
私たちは探しているんです。
ただ、価値観がバラバラな中、
なかなか「私たち」と呼べるよう
大勢の人間にシンクロする
題材やテーマが
今は見つけるのが
ちょっと難しいだけ…。

それさえ、克服できれば、
また小説は復権するに違いない。

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