見出し画像

【昭和元禄】昔、純文学がキラキラまぶしい時代がありました

私は古くさい人間だ。
つい、「ああ、こんな現在よりも、
昔が良かったなあ」と
つい、口にしそうになる。

若い仕事仲間からは、
そんな風に言うたらダメですよ、
と叱咤激励されてしまう。

だから、なるべく、
「ああ昔が良かった」とは
口に出さないよう
いつも努力をしています(汗)。

もちろん、物質的には
ウォシュレットのない昭和に 
戻るのは無理です。

回転寿司がこんなに普及してなかった
昭和に戻るのも無理かもしれない。

それでも、1960年代や1970年代に
生まれたかったなあ、と、
つい、うっかり、うっとり
溜め息が出そうになる。

それはなぜか?というと、
理由はシンプルです。

学生運動がしたかったから?
ではありません。

シンプルに、
三島由紀夫や安部公房や
小林秀雄や大江健三郎、中上健次、
吉本隆明や小島信夫、
吉行淳之介たちの名作が
リアルタイムで読みたかったな。
村上春樹がデビューするシーンも、
リアルタイムで出会えたら、
快感だったでしょうね。
もっと色々と文学について、
リアタイで感じられたら
どんなに幸せだろうなあ。

よく純文学は難解だなんて
使い倒されたことを平気で
いう人もいますが、
昔は、その難解さに
チャレンジすることが
読書の醍醐味であり、
読者のプライドであり、
意気込みでした。
難解さは歓迎されていたのです。

最近の文学は、
1960年代、1970年代に比べたら
やはり、大人しいのは否めない。
クリーンで丸いのも否めない。

ああ、こんな話を
口にしたり、書いたりするから、
ダメなんだよなあ(汗)。

今の文学界にだって、
きっと骨太な作家や
尖った作品はあるのでしょう。
それが、文学フリマなどには
続々と発表されているに違いない。
ただ、書店ラバーの私が
単に知らないだけなんでしょう。

それにしても、
スター作家がズラリ並んでいた
あの時代はやはり、超〜魅力的だ。

あるいは、
そんなに刺激が欲しいなら、
自分で書けばいいのに!
と言われるかもしれない。

ただ、私はやっぱり、
自分で、自分を震わせるような
小説やエッセイや論考を書けない、
書けないから、読み専門な訳でして…。

まあ、ウォシュレットもなくても、
回転寿司がこんなに美味しくなくても、
いいから、1960年代、1970年代に
タイムスリップしたいよ〜。

その時代は、
文学的には「江戸元禄」に匹敵する、
「昭和元禄」と言われてきました。
昭和元禄にタイムスリップできたら
最高でしょう。

でも、いつまでも
過去の栄光をうっとり
遠い目で見てばかりでは
前には進めないですね。

どうしたらいいんだろう?

やはり、今を哀しむだけでなく、
過去と現在を結ぶような、
アクションを起こさなくては、
いけないんでしょうね?
キレイごとに聞こえるかしら。

ああ、まずは、キラ星の如く
大好きなスター作家が居並んでいた
昭和元禄の時代に
ちょっとタイムスリップしてきます。
シンプルに、彼らの作品を
読書するだけなんですが(笑)。

私はやっぱり、昭和が好き!
戦後作家が心底、好きみたいです。

いいなと思ったら応援しよう!