【分野別音楽史】#06-8「ジャズ史」(21世紀~)
『分野別音楽史』のシリーズです。
良ければ是非シリーズ通してお読みください。
21世紀に入り、ジャズはヒップホップと結びつきを強めて現在に至ります。評論も一定の盛り上がりを見せていますが、スウィングジャズからモダンジャズ、そしてフュージョンを経たのちに新主流派でストップしていた従来の歴史記述としての「ジャズ史」から、現在のシーンまでのつながりは、よくわからない状態だったと思います。
ここまで70年代、80年代、90年代、と丁寧に変化を見てきましたが、そこから現在に繋がるさまを、引き続き見ていければと思います。
◉新しいR&B「ネオソウル」の誕生
80年代~90年代にかけて、「R&B」の分野では、打ち込みのエレクトリックなポップスやムーディーなバラードが主流となっていました。
そんなR&Bから派生し、少し異なる潮流・サブジャンルとして誕生したのが「ネオソウル」。デジタルな印象のある同時期のR&Bとは全く異なる、往年のソウルとヒップホップスタイルが結合したようなソウルフルなサウンドがこう呼ばれ、90年代末から登場していました。
まず筆頭としてディアンジェロやエリカ・バドゥが登場し、さらに、アリシア・キーズ、エリック・ベネイ、ジョン・レジェンド、ミシェル・ンデゲオチェロ、ジル・スコット、レイラ・ハサウェイ、ローリン・ヒル、ビラル、マックスウェル、アンソニー・ハミルトン、ミュージック・ソウルチャイルド、ドゥエレ、といったアーティストらが90年代末~2000年代にかけてネオソウルの隆盛を創り上げました。
ネオソウルでは打ち込みではなく生演奏の土臭さもしばしば重要視されたため、ファンクやジャズのミュージシャンとの距離が近い分野ともなっていたのでした。
◉「ネオソウル」と接近していったジャズ
さて、フュージョンやスムースジャズの時代を終え、新たなコンテンポラリージャズの段階へ突入していたジャズ史ですが、大枠としてはポストバップの路線が続きながらも、ネオソウルの影響が見られ始めるのが00年代以降の特徴と言えます。
ビバップへの懐古趣味的な「新伝承派」とも、AOR路線のスムースジャズとも違う、新たなジャズのフェーズに進むきっかけをつくったのが、上で紹介したM-BASE派でしたが、さらにその次の世代から重要なアーティストが登場し始めました。
その筆頭はトランペット奏者のロイ・ハーグローヴでしょう。アコースティックなジャズとしては、クインテットやビッグバンドを率いて活動し、さらにRHファクターというバンドではネオソウルの影響が感じられる、グルーヴィーなサウンドを打ち出し、その次の世代で巻き起こるネオソウルとの積極的な融合への先駆けとなったのでした。ロイ・ハーグローヴは、先に挙げたミュージシャンたちとともにネオソウルのムーブメントを牽引したメンバーの一人にも数えられます。
同じく、サックス奏者のジョシュア・レッドマンやベーシストのクリスチャン・マクブライドも重要です。この世代のジャズミュージシャンは皆、フュージョン世代のプレイヤーの指導を受け、そういったメンバーに認められて台頭しながらも、自らはヒップホップ・ネオソウル世代としてサウンドを確立していったといえます。
◉多様化した「00年代アコースティックジャズ」
イスラエル出身のベーシスト、アヴィシャイ・コーエンは、上に挙げたような同世代のミュージシャンと演奏しながら、自身の作品では中東らしさを全面に出した独自のサウンドを奏で、「イスラエルのジャズ・中東系のジャズ」が盛り上がるきっかけとなりました。
同じく彼らと同世代のピアニストのブラッド・メルドーは、クラシックに大きな影響を受け、バッハを解体するアルバムを出したり、クラシック界を代表するソプラノ歌手とのコラボを果たす一方で、レディオヘッドの楽曲をカバーするなど、同世代のロックへの興味も持ち、それらをすべてコンテンポラリージャズとして落とし込みました。
1980年代の「新伝承派」や、1990年頃の「M-BASE派」以降、ジャズ史上においては、特に名前の付いた派閥名、もしくはムーブメント名、ジャンル名が残念ながら分類されていません。
一番目立つ潮流としてはネオソウルへの興味が特徴的でありながらも、アコースティックなポストバップにこだわったスタイル、クラシカルで難解なスタイル、民族的要素を取り入れたスタイルなど、さまざまな方向性があるものがすべて大雑把にまとめられ、この世代以降すべてのジャズを今のところ「コンテンポラリー・ジャズ」と呼ぶのが妥当な感じになっています。
この世代の重要プレイヤーは他に、ブライアン・ブレイド(Dr)、マーク・ターナー(Sax)、エリック・ハーランド(Dr)、ピーター・バーンスタイン(Gt)、ベン・モンダー(Gt)、カート・ローゼンウィンケル(Gt)、クリス・ポッター(Sax)らが挙げられます。
他にもビリー・チャイルズ(Pf)、ジェフ・パーカー(Gt)、ジェイソン・モラン(Pf)、アーロン・ゴールドバーグ(Pf)、テイラー・アイグスティ(Pf)、ジョン・メイヤー(Gt)、ダニー・マッキャスリン(Sax)、アダム・ロジャーズ(Gt)、ヴィンセント・ハーリング(Sax)、ウォルター・スミスⅢ世(Sax)、ニコラス・ペイトン(Tp)など、多くの若手プレイヤーが一気に台頭し、ジャズ界が息を巻き返し、フュージョン時代から決別した、「新たな段階」への突入が決定的となったのでした。
日本からはこの時期、ピアニストの上原ひろみ(日本以外ではHiromi という名義)がやってきて、超絶技巧でコンテンポラリージャズシーンにインパクトを与えました。
また、ジャズボーカリストとしてノラ・ジョーンズが登場し、非常に人気となりました。
ジャズレーベルの名門【ブルーノート】からCDが発売されたためにジャズボーカリストとして注目されましたが、ノラ・ジョーンズの音楽性はカントリーやフォークのようなシンガーソングライター的な性格も持っており、そのカテゴライズには賛否が集まりました。ただ、この時代、ロック、ヒップホップ、クラブミュージックなど、あらゆるサウンドが溢れる中で、アコースティック寄りなスタイルが「ジャズ」と呼ばれるのにふさわしかったのでしょう。
◉00年代後半~10年代、「ヒップホップ」へ接近
新伝承派のあたりで終了してしまっていた従来のジャズ史では、90年代~00年代のジャズは無視され、歴史記述として長いあいだ空白期間が発生してしまいました。
しかし、00年代末~10年代に入り、ジャズ界は再び大きなムーブメントが発生し、評論家も無視できない新たな局面を迎えることとなります。その中心人物は「ロバート・グラスパー」です。
ロイ・ハーグローヴのユニット「RHファクター」などの、一部のジャズでネオソウルへの接近の兆候がみられていましたが、その次の世代であるロバート・グラスパーとその周囲のミュージシャン達はさらに積極的に、ネオソウルやヒップホップとの融合の動きを推し進めたのでした。
ロバート・グラスパーは初めはオーソドックスなジャズピアニストとして登場し、ハービー・ハンコックと比較されたり、「黒いブラッド・メルドー」などと囁かれたりしていました。
しかし、彼らの世代というのは、すでにジャズと並行してネオソウルやヒップホップの音楽を当たり前のものとして親しんできた世代だったのです。
そこで、ごく自然に、一般の若者リスナーたちが聴くヒップホップと同じようにジャズを親しんでもらえるような工夫を模索し始めます。
そして、2009年に発表された『Double Booked』というアルバムが大きな転換点となります。このアルバムは、タイトルの通り2つのバンドをダブルブッキングをしてしまったという設定で、前半が「ロバート・グラスパー・トリオ」によるオーソドックスなピアノトリオ、後半がヒップホップ色を強めた「ロバート・グラスパー・エクスペリメント」による演奏となっています。
わかりやすく二面性を提示したこの作品によって新たなジャズの進む方向性が示され、このあとグラスパーは「エクスペリメント」のほうの名義でさらに2つのアルバムを発表します。それが『Black Radio』『Black Radio2』です。多くのネオソウル・シンガーやヒップホップのラッパーを迎えて作られたこのアルバムは、なんとジャズ部門ではなくR&B部門でのグラミー賞を受賞し、大きな話題となりました。
特に「エクスペリメント」のプロジェクトに参加したプレイヤーを核として、多くのプレイヤーが各個にこの動きを追随し、実験的なジャズの実践が盛り上がりました。
デリック・ホッジ、クリス・デイヴ、ケイシー・ベンジャミン、マーク・コレンバーグ、フライング・ロータス、テイラー・マクファーリン、ネイト・スミス、クリスチャン・スコット、サンダーキャット、ケンドリック・スコット、ヴィージェイ・アイヤーなどがその代表的存在です。
この世代のドラマーのトレンドとしては、R&Bやヒップホップ、エレクトロニカなどでおなじみのマシンビートを、機械的なズレなども含めて正確に人力で表現するというものがありました。グラスパーのユニットでドラムを叩いた上述のクリス・デイヴやマーク・コレンバーグらもその動きを牽引しましたが、中でも異彩を放ったのがマーク・ジュリアナです。エレクトロニカ的なサウンドの中に馴染む非人間的なドラムプレイはインパクトを与えました。ブラッド・メルドーとのユニット「メリアナ」も注目されました。
アルメニア出身のティグラン・ハマシアン、ブラジル出身のアントニオ・ロウレイロ、イスラエル出身のシャイ・マエストロ、キルギス出身のエルダー・ジャンギロフらも、複雑で予測不能なサウンドでコンテンポラリージャズシーンにインパクトを与えました。
エレクトリックだけでなく、アコースティックジャズとしても、コンテンポラリージャズの流れは発展的に引き継がれ、新世代が目覚ましく躍進しました。アントニオ・サンチェス、マイク・モレノ、アーロン・パークス、リオーネルルエケ、ジュリアン・ラージ、カマシ・ワシントン、ニール・フェルダー、ベン・ウェンデル、ジェラルド・クレイトンらが代表的です。
◉複雑なジャズに対応したボーカリスト達
この世代からは、ジャズボーカリストも多数登場しました。そのスタイルの特徴として、同世代のプレイヤーたちによる複雑なコンテンポラリージャズスタイルに対応した、難易度の高いボーカルパフォーマンスで頭角を現していきました。
グレッチェン・パーラト、ベッカ・スティーヴンズ、レベッカ・マーティン、ホセ・ジェームス、グレゴリー・ポーター、ペトラ・ヘイデン、ローレン・デスバーグなどが挙げられます。
さらに、エスペランサ・スポルディングは、ベーシストとしてベースを演奏しながら歌う独特なスタイルで注目を集めています。
◉10年代~現在 さらに新世代の登場へ
2010年代以降のジャズシーンは、上記で紹介した通り、ヒップホップやネオソウル的サウンドへの接近が大きな特徴となりました。2010年代後半もその流れは変わらず、ロバート・グラスパーらを筆頭として「ヒップホップジャズ」の動きが盛り上がりましたが、それらがコンテンポラリージャズの一番メインストリームの動きで存在し続けているとして、それとはまた別の動きも台頭してきたといえるので、そちらに注目してジャズ史の締めくくりとします。
まず最重要トピックはスナーキー・パピーの台頭です。ベーシスト/ギタリストのマイケル・リーグを中心にテキサスで結成され、30名前後のメンバーが流動的にプロダクションに参加するというプロジェクトで、結成は2004年にさかのぼるのですが、2012年にアルバム『ground UP』をリリースし、その後2013~2016年にかけて多数の賞を受賞したことで2010年代後半にますます注目を浴びるようになりました。
フュージョンやファンク、ロック、ヒップホップやエレクトロまでの要素を内包するハイブリッドなサウンドは、まさに現代のジャズの姿を象徴しているといえるでしょう。
スナーキー・パピーには、ピアニスト・キーボーディストのコーリー・ヘンリー、ショーン・マーティン、サックス奏者のボブ・レイノルズなど、ソロでも活躍する多くの重要ジャズミュージシャンが参加しています。日本人プレイヤーの小川慶太さんもこのバンドに参加しており、注目を浴びています。
マイケル・リーグはスナーキー・パピーを軸に、ground UP music を設立。そこから出現したバンドがファンキー・ナックルズです。数々の大物ミュージシャンのサイドマンも務める実力派が集まり、スナーキー・パピーを猛追するバンドだと称されています。
オーストラリアで結成されたバンド、ハイエイタス・カイヨーテもコンテンポラリージャズシーンで注目を浴びる存在です。ネオソウルを発展させた「フューチャー・ソウル」というジャンル名がこのバンドの出現によって定義づけられ、オルタナティブR&Bとはまた別のところから出現したネオソウルの進化系の1つとして注目されました。
カナダを拠点とするアノマリーは、エレクトロを主体にしながら、クラシックピアノやコンテンポラリージャズの近代的なハーモニー、そしてファンクやヒップホップ、ネオソウル、エレクトロニカ的な音色やグルーヴを高次元で融合したサウンドで注目を浴びています。
ルイス・コールが主宰するエレクトロニック/ジャズファンクのデュオ、ノウワーも、ビッグビートを彷彿とさせる実験的なエレクトリックサウンドでありながら新世代のジャズらしい近代的ハーモニーを使ってヒップホップ系とはまた違うエレクトロジャズの形を提案しています。
イギリスのジェイコブ・コリアーは、アカペラの歌唱も複数の楽器の演奏もすべて自分でこなし、いとも簡単にその複雑なハーモニーやリズムを自在に操り、YouTube配信で話題となったマルチプレイヤーで、世界中のミュージシャンをざわつかせました。
日本人の平野雅之氏はBIG YUKIとしてアメリカのジャズシーンで注目を浴びる存在となりました。「JAZZ TIMES」誌が行った読者投票では、鍵盤奏者の部門で、ハービー・ハンコック、チック・コリア、ロバート・グラスパーに次いで4位を獲得するほどの存在となっています。
ピアニストのジェームス・フランシスやファビアン・アルマザン、イギリスのマンチェスターで結成された新世代ピアノ・トリオ、ゴーゴー・ペンギンなどはポストバップの系譜を受け継ぐアコースティックジャズの分野で台頭し注目されています。
◉「ラージアンサンブル」の現在
さて、ここまで挙げたコンテンポラリージャズの潮流とはまた別の系譜として、ヴァンガード・ジャズ・オーケストラやマリア・シュナイダーといったモダンビッグバンドの系譜からも新たな潮流が生まれています。ラージ・アンサンブルです。
クラシカルな要素を取り入れて吹奏楽的なビッグバンドを鳴らしたマリア・シュナイダーの登場によって、それまでのビッグバンドとは違う「ラージ・アンサンブル」と呼ばれるようになったことは既に触れましたが、さらに、マリア・シュナイダーの系譜を受け継ぎつつ、ここまで管楽器のアンサンブルで独占していたジャズ界の常識を破って弦楽器を本格的に取り入れてクラシックのオーケストラに接近させながら、クラシックとは全く違う最新のジャズの形を提案したのが挾間美帆さんです。自身のm_Unitで最先端のラージ・アンサンブル・ジャズとして各方面から高い評価を得ながら、同時にポップスから本家クラシック、そして従来のビッグバンド編成まで、領域を問わず活躍しています。
マリア・シュナイダーや狭間美帆さんの活躍により、コンテンポラリージャズ界の中で、ヒップホップ系だけでなくラージアンサンブルという分野も重要な存在となってきています。
このように、まだまだ新展開への大きな可能性を持って、ジャズは2020年代に突入しました。19世紀後半から産声を上げ、何度も定義を更新しながら現在まで続く「ジャズ」というジャンルはアメリカ音楽の中で重要な地位を占めており、今後も目が離せません。