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【65.水曜映画れびゅ~】"The Tragedy of Macbeth"~シェイクスピアに真っ向から挑んだ鬼作~
The Tragedy of Macbethは、1月14日よりApple TV+で配信されているジョエル・コーエン監督作。
今年のアカデミー賞では、撮影賞・美術賞・主演男優賞の3部門にノミネートされています。
あらすじ
かねてから、心の底では王位を望んでいたスコットランドの武将マクベスは、荒野で出会った三人の魔女の奇怪な予言と激しく意欲的な夫人の教唆により野心を実行に移していく。王ダンカンを自分の城で暗殺し王位を奪ったマクベスは、その王位を失うことへの不安から次々と血に染まった手で罪を重ねていく。
シェイクスピア四大悲劇
原作は、ウィリアム•シェイクスピアの同名戯曲『マクベス』。
『オセロー』『リア王』『ハムレット』と並び、シェイクスピア四大悲劇の一つとされており、また四大悲劇のうち最も遅くに書かれた作品とされています。
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そんな『マクベス』の翻訳本が実家の奥底に日焼けしてあったので、鑑賞前に予習として一読してみました。
本編に付随していた福田恆存氏の解題によれば、この『マクベス』は1040~1057年の間に在位していたマクベスというスコットランド王をモデルに書かれたらしいです。あくまでモデルなのでドラマチックな脚色がなされている部分はありますが、実際でもマクベスは前王を抹殺して王位を手にし、その後に復讐されていることを考えると、事実に基づく物語といっても過言ではないんですね。
驚くほど原作に忠実
シェイクスピアの作品というのは、舞台はもちろん、映画を含め様々な媒体で擦りに擦られまくってます。それゆえに、いろんな脚色がなされることが常ともなっています。
そのいい例が『ロミオとジュリエット』。
フランコ・ゼフィレッリ監督版の『ロミオとジュリエット』(1968)といった原作に忠実な映画もありますが、ロミオをレオナルド・ディカプリオが演じた1996年版『ロミオ+ジュリエット』は現代風に大幅な脚色がなされています。また、スティーブン・スピルバーグ版が公開されて今話題の名作ミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』も、『ロミ・ジュリ』の翻案作品ですね。
かくいう『マクベス』も、1948年にオーソン・ウェルズが映画化したり、黒澤明が舞台を日本にして『蜘蛛巣城』(1957)として作り上げたりするなど、これまた擦られまくられている作品と言えます。
そんな大作に立ち向かったのが、コーエン兄弟の兄ジョエル・コーエン監督。本作が初の単独監督作品でもあります。
『ファーゴ』や『ノーカントリ―』でオスカーを受賞した彼がシェイクスピアをどう解釈するのかを楽しみにして、蓋を開けてみたのですが…
めちゃくちゃ原作に忠実だったっ!
いや、もう拍子抜けするくらい読んだ通りでした。
確かに、多少の脚色はなされていて、セリフや場面など補筆はされているのですが、それはあくまで多少のこと。基本的には、原作にかなり寄り添って作られていました。
そのことについて少し調べてみると、ジョエル・コーエン監督の以下のコメントを発見しました。
「シェイクスピアは大衆のためのエンターテインメントを書いていたと思います。偉大かつ奥の深い娯楽作品であり、英文学において最も高尚な詩でもありますが、あくまで大衆のために書いていたと思います」
つまりジョエル・コーエンが目指したのは、シェイクスピアへの原点回帰。
現代に合わせてあれこれと手が加えられる昨今のシェイクスピア作品ですが、その根底にある純粋なシェイクスピアによるエンターテイメントを伝えたかったのかもしれません。
白黒の重苦しさ、名優たちの名演
そんな原作リスペクトのジョエル・コーエン版『マクベス』。
先ほどは「拍子抜けしてしまった」と記しましたが、それは奇を衒ったシェイクスピア作品に慣れてしまい、変な期待を持ってしまった所以。ただ原作への忠実性を鑑みるなら、シェイクスピアによる悲劇の世界観を再現しようとするその試みは見事に達成されています。
重厚感のある白黒と、とてつもない暗さ
とりあえず本作は、一貫して暗いです。
四大悲劇としてのストーリーの暗さはもちろんなのですが、なによりも映像が最初から最後まで重苦しい。
モノクロで描かれる中で、常に黒が画面を支配する重厚な世界観に、なんとも息がつまります…
映画の上映時間自体は100分ちょっとで決して長い部類ではないですが、その暗さに圧倒され、観た後にはドッと疲れる感覚を覚えました。
また鑑賞時には何気なく観ていたのですが、王室や城などのデザインのひとつひとつは結構独特なんですね。しかしながら、全く違和感なく作品の世界観に溶け込んでおり、かえって不穏な雰囲気をより一層強めています。
デンゼル・ワシントン×フランシス・マクドーマンド×…
また忘れてはいけないのが、デンゼル・ワシントンとフランシス・マクドーマンドという大俳優の共演。
主演を務めたデンゼル・ワシントンは、駆け出しの頃には舞台俳優としてシェイクスピア作品に携わっており、実はシェイクスピア俳優なんですね。
モーガン・フリーマンと一緒に『コリオレイナス』をした時の話が、ファンの間では有名だったりもします。
ーデンゼル・ワシントン
「デビューしたての頃、『コリオレイナス』でモーガンと殺陣をするシーンがあって、主役の彼にケガをさせはしないかと思って、アプローチの仕方について質問に行ったんだ。そうしたら彼は、僕の顔をまっすぐ見つめて『三回剣を合わせて、私がお前を刺す。そうしたら倒れて、お前は死ね。すぐに死ね』って言われたんだ」
そんな彼もマクベス王を演じたことはなかったらしいですが、ジョエル・コーエンが「デンゼルしかいないっ!」とキャスティングを即決。
その期待に応えるように、人間としての弱さと傲慢さを併せ持つ、原作に忠実なデンゼル・ワシントン版マクベス王が作り上げられていました。
そしてマクベス王の妻を演じたのは、フランシス・マクドーマンド。
主演女優賞3回受賞の貫禄と、らしさ全開の無骨な演技で、王の暗殺にためらいを少しも見せず、マクベス王のケツを叩くマクベス夫人の姿を、見事に体現していました。
そして、そんな大俳優二人と並ぶ、いやそれ以上にものすごいインパクトを残したのが、魔女役を演じたキャサリン・ハンター。
原作では3人の魔女となっているところをキャサリン・ハンターひとりに演じさせたのが、唯一といっていいほどの本作の大きな脚色。
この魔女は最初から最後まで、敵なのか味方なのか、良い奴か悪い奴か、正直よくわからない、とにかく不気味なキャラクターなんですね。そんな不気味さをまさに絵に描いたように具現化したキャサリン・ハンターは、強烈な印象でした。
あのしゃべり方、耳から離れません…
マクベス王は、必要ない…
ということで今回は、シェイクスピアの四大悲劇の一つを真っ向から映画化した作品『マクベス』を紹介させていただきました。
『マクベス』というのは、権力に溺れ、権力を利用し、なにもかも自らの思い通りにしようとした王の破滅の物語。
そんな悲劇の物語が、悲しくも現代のウクライナ問題とも通じているように思えます。
プーチンの権力を武器にウクライナを支配しようとしているその姿は、まさにマクベス王そのまんまではないでしょうか?
マクベス王のように力でねじ伏せ続けても、最終的に待つのは破滅。そういった世界の道理を、シェイクスピアは表現していたのかもしれません。
プーチンにそれを早く気づかせて、一日でも早く、この必要のない犠牲を出す戦争が終わってほしいです…
前回記事と、次回記事
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これまでの【水曜映画れびゅ~】の記事はこちらから!
来週は、先月から劇場公開されているウィル・スミス主演の話題作”King Richard"を紹介する予定です。
お楽しみに!