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Schoolgirl

20240730

さて、今日だ。今日とは昨日時点でいうところの明日。きっと来る、明日は来る、と昨日信じた今日が、本当に来た。自分が誰だったかを思い出す。何もかもを思い出す。

言葉についている意味のまわりを、永遠にぐるぐるしてるイメージがあるんですよ。真ん中にやってもたどり着かなくて、ただ意味の気配だけを寄せ集めているみたいな。

死にたくなるのは単純に、脳がエラーを起こしているからだ。

あなたはとても恵まれた、幸福すぎるほど幸福な母親。全人類の上位3%に確実に入るくらいには幸福だ。どこに死ぬ理由が?死にたいわけがない。あなたはただ、このところ眠りが浅い。睡眠が足りていないだけ。眠いのだ。

この世界をよりよい場所にしていくために、何ができるかを一緒に考えませんか?そう、人の意識が変わればきっと未来は変えられるはずなんです。革命を起こしましょう。人間は恋と革命のために生まれてきたという説もあるくらいなんだから。

まだ現実の再生速度を変える機能はリリースされていないのに、まわりの人もできごともみんな早回しで進んでいっているように感じる。これはただの気のせいでもない。私が短大時代に半年がかりで読んだ 「精神分析入門」だって、娘はWikipedia を読むだけでその要点を易々とつかんでしまうのだから、間違いなく世界の速度は上がっている。その上で、「まぁ今時フロイトの理論なんて誰も使ってないんだけど」としっかり補足するのも忘れない。

本屋っていうのはさ、ある意味で世界の圧縮版であるべきだと思うんですよ。

良い人生を送るには良い教育を受ける必要があり、良い教育を受けるには潤沢な資金が不可欠だ。

「要するに、娘は『いいこと』をしたいんです。地球にとって、この世界にとって、すべての生命にとって、『いいこと』をする『いい娘』になりたいんです。動物がどうとかいう次元じゃないんです。そういう年頃というか、それがグレタ世代の世界観なのでしかたないんです」

「子育てに正解なんてないからね」
「いや、正解はなくても不正解はありますよね。私は不正解を確実に排除しているだけで」

私の考えているようなことはいつも他の誰かが先に言語化している。大体みんな同じようなことを感じて似たりよったりの結論に辿り着くのだったら、人間ひとりにつき脳が一個ずつ与えられている意味がわからなくなる。

「本当に心から、小説を読むことには何のメリットもないと思っています。メリットがないどころか教育に悪い。だって小説は現実逃避のための読み物でしかなく、人を夢の世界に引きずり込む百害あって一利なしの害悪そのもの、現実世界にとっての敵、諸悪の根源じゃないですか?世紀の大ベストセラー小説、旧約聖書さえ存在しなければ今ごろ自然科学はもっと発展していたでしょうし、物語さえなければ宗教戦争は起こり得ませんよね」

「ああ、それにしても小説家?あれらは一体どういうつもりなんですかね。とくに昔の、太宰治にせよ芥川龍之介にせよ、この時代の小説家はなぜ最後には皆自殺するんでしょう。理解に苦しみます。狂ってる。太宰に至っては愛人と心中しているんだけど、あのー、昔の人って本当に恋愛で死ぬんですよ、どうせ死ぬなら社会の役に立ってから死ぬべきだったのに」

「私と彼女の思考するスピードってだいぶ変わってくると思うんだ。私はね、彼女の読点まみれの文章を読んでいると、脳がいつもと違う速度で動くのを感じるんですよ。私はこうも休み休み、点、点、点、と区切りながらものごとを考えたりはしない。私の頭の中には読点なんてひとつもない、言葉は途切れることなく流れて一瞬も止まらない。というか起きているあいだは思考って絶対に止められないものでしょう?でもこの本を読んでいると、小刻みにブレーキをかけて走る車に乗っているみたいに言葉が止まって、これがなんか癖になる。私とは別の思考回路を持った女の子が、頭の中に入り込んできて、私を乗っ取っていく感じがする」

メッセージの送り主は、もう会うことはないのだろうなと、なんとなく思っていた人だった。一度会うことはないと判断したということは、半分死んでいるも同然の認識でいたのかもしれない。

昼の空を、空よりもっと大きな夜が覆いかぶさる。

世の中にはありとあらゆる快楽があるけれど、これ以上のものはない。それなのに、この私がここで行なう性行為と、コンゴの武装勢力が強制的に行なう性行為とでは、行為の種類は同じなのになぜこんなにも隔たりがあるのだろう?性器を痛めつけられながらレイプされたコンゴの少女は、一生セックスの気持ち良さを知らないまま死んでいくのだろうか?
だめ、そんなの絶対に間違っている。もしも少女の体に与えられるものが痛みしかなかったとしたら、きっと彼女は自分の体が何のためにあるのかわからなくなる。私も小さいときはわからなかった。でも今ならわかる。私の体は、私がここにいることを感じるためにあるのだと。無秩序な思考から余分なものが取り払われ、シンプルな欲求がひとつ残っている。美しく生きたい。彼女はきっとそう思っているのだろうと、私は思う。私には彼女の気持ちが自分のことのようにわかる。というより、彼女の気持ちと自分の気持ちを見分けることができない。

もう本じたいが再び開かれることを諦めているような、自分が本であることを忘れているみたいな寂しい本たち

運命の人に出会ったのに、愛を確かめ合う間もなく、永遠に失う。別の時代、別の場所で出会っていたらきっと結ばれていたのに、この世界での私たちは不運にも、それぞれ間違った人をパートナーに選んでしまった。

「どんなニュースだろうとドキュメンタリーだろうと、それが一つの小さな説である点では、小説とたいして変わらないんじゃないの?」
「小説とニュースはまったくの別物だよね」
と娘は言う。
「ニュースは現実をありのままに映しているんだから、明らかに本当でしょう。だけど小説は嘘でしかないよ。作家が自分好みの文章を使って、現実にはありもしないことを個人の妄想で好き勝手に書いているだけなんだから、全然客観的じゃないし現実じゃない」

彼女は真っすぐ立ち上がり、音も立てずに廊下へ出て行く。一人で夕食をとりたくはなかったけれど、もちろん娘は私の所有物じゃないから引き止めはしない。

私のお母さん、明日にでもふっと消えてしまいそう。お母さんを失うのが怖い。私は、口では功利主義だの利他主義だのと綺麗ごとを言っているけども、本当の心の奥底では、お母さん以外の赤の他人のことなんて、どうでもいいのかもしれない。世界にはもっと解決しなければいけない問題が山積みで、貧困や、飢餓や、強制労働から救わなければいけない人たちが何百万人といるのに、最終的には私だって、自分のたったひとりのお母さんのほうがよっぽど心配で大事なんだ。

例えば有名なトロッコ問題みたいな話が現実に起こっているとするでしょ。私とは全然面識のない5人の命を犠牲にしてお母さんを救うか、お母さん1人の命を犠牲にして5人を救うか。そんな状況に置かれたら、私はきっと、真っ先にお母さんを助けてしまうような、エゴイスティックな人間なんだ。本当に恥ずかしいことだと思う。
頭ではわかっているんです、命はみんな平等で、5人の命よりお母さんの命が特別であるわけがないって。でも他の誰を差し置いても、私のお母さんだけは生きてほしい、そう思ってしまう自分がずるくて嫌だ。

慈善団体がどれほど寄付金を集めようと、人が生殖機能を失わない限り新しい不幸は生まれ続ける。

肉体的な苦痛の程度でいえばもちろん、味覚障害よりも辛い病気はいくらでもあるのだろうが、それにしたって何を食べても味がしないとは本当におぞましい。 純粋に生きるため、生命活動を停止させないためだけの食事なんて、考えるだけで変になる。
食べ物にバリエーションがあるおかげで死なずに済んでいる人って、わりに多いんじゃないだろうか。
私はそうだ。
昨日は麺だったから今日は米にしようとか、明日寒くなるなら鍋にしようとか、食事に微妙な変化をつけることで自分を騙し騙し、命をつないでいられている。
なんて幸せなんだろう。

自分が幸せという概念そのものになったみたいに幸せ。

「あなたって、誰のことだと思う?」と娘が言う。
「あなた?」と目を閉じたまま訊き返す。
「『女生徒』の最後のほうに、ここに、一回だけ出てくるでしょ、『あなた』が。『きっと、誰かが間違っている。 わるいのは、あなただ』」

自分の頭で、自分のことをぐるぐる考えてばかりいると、余計に不安になって眠れません。だから、最近よく試しているのはね、頭の中からできるだけ自分をなくす、っていう方法なんです。私が私であることを、みんな綺麗さっぱり忘れてしまう。

まず、自分じゃない誰かをひとり、集中して想像してみるんです。 そして、その人は必ず、文章を書いている人、っていうのが大事なポイントで。どんな文章でもいいの、日記でもいいし、物語を書く、小説家みたいな人でも、何でも、好きにしていいですよ、何かを書いてさえいれば。その人が、ペンを持って、キーボードを叩いて、スマートフォンを握る左手で、文章を書いている。とにかくそういうふうに、強く、目の奥が痺れるくらいに強く強く、イメージし、次はこう考えるんです。私は、この私の意識を持った私は、その誰かによって書かれる文章の、登場人物なんだというふうに。私の心とか、体とか、そういうものは全部その人によって、書かれていくんだと。
おやすみなさい。と思えば、それがそのまま、おやすみなさい、という字になって、あなたが何か思う端から、その人はそれを文字にして、気のおもむくままに、読点をつけ、句点をつけていくでしょう。するとあなたはあなたでなくなり、白い紙の上の、ただの文章になっていませんか。そこまでくればもう、眠っているのと変わりません。次に目を覚ますのを待つだけです。







 



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湯浅淳一
あなたの琴線に触れる文字を綴りたい。

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