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文化がヒトを進化させたーバイアス
20240612
進化論の原則に立って性的魅力を理解しようとする研究者たちは、ヒトは恋人や配偶者に一定の特性を求める傾向があることを示してきた。しかし、恋人や配偶者の選択、特に長期的な関係を結ぶ相手の選択は、文化的学習の観点に立ったほうが上手く説明できる。相手の特性を判断するのはなかなか難しく、不確実な上に、時間がかかることだからだ。他者がどんな異性に惹かれ、関係を結ぼうとしているかをよく観察すれば、時間やエネルギーを節約して精力を集中することができる。
こうした仮説を検証するための実験設定はだいたいみな同じだ。まず、参加者たちに、ある人物(「テッド」としよう)が一人で写っている写真かビデオを見せて、その魅力度を評価させる。そのあと、テッドが、ある異性(「ステファニア」としよう)から注目を浴びている写真かビデオを見せるのだ。するとたいていの場合、テッドの魅力度が高く評価されるようになり、参加者たちはテッドを、長期的な関係を結んでもいい相手だと評価するようになる。魅力度アップの幅が大きいのは、モデルであるステファニアが、 ①美人で魅力的、②参加者よりも年上または経験豊か、③無表情ではなくテッドに微笑みかけている場合である。
モデルの好みを模倣することによって、特定の人物が好まれるようになるのは明らかだが、それにとどまらず、ある研究によると、その人物と同じ特徴をもつ人々全般が好まれるようになるという。たとえば、黒ずくめの服装のテッドがステファニアの注目を浴びた場合には、その後、(テッドだけでなく)黒ずくめの服装の人々全員の魅力度が高く評価されるようになる可能性がある。このような傾向があることは、服装や髪型の特徴についても、また、目と目の間隔などについても実験を通して明らかになっている。
神経科学者たちは、以上のような実験に脳スキャン技術を加えることによって、人々が学習の影響を受けて顔の魅力度の評価を変化させるときに、脳内で何が起きているのかを調べてきた。たとえば、こんな実験がある。男性参加者たちが180枚の女性の顔写真について、「まったく魅力的でない(1)」から「非常に魅力的 (7)」まで7段階で評価した。1枚評価するごとに、その顔写真に対する「他の男性たちの評価平均値」が示された。しかし実際には、ランダムに選ばれた60枚については、回答したその男性の評価よりも2〜3点高め、または低めの値を、コンピューターが「評価平均値」として示す仕組みになっていた。それ以外については、参加者自身の評価に近い値が「評価平均値」として示された。
それから30分後、参加者たちは脳スキャンを受けながら、もう一度180枚すべての顔写真の評価を行なった(ただし、今回は平均値は示されなかった)。注目されるのは、他者の評価を見たことが、同じ顔に対するその後の評価にどう影響したか、そのとき脳内ではどんなことが起きていたか、例によって参加者たちは、他者の評価平均値がもっと高いと知ると、自分も評価を上げ、他者の評価平均値がもっと低いと知ると、自分も評価を下げた。脳スキャンの結果から、他者の異なる評価を見たあとは、その顔に対する主観的評価が変化することが明らかになっている。他の類似の研究から得られたデータと組み合わせて考えると、他者に同調して自分の評価を変えると、脳内報酬系が活性化されるらしい。その結果、神経回路に永続的な改変が加わり、選好や評価が変化するようだ。要するに、他者の選好に基づく文化的学習が、顔に対する感じ方を変えてしまうのである。このような感じ方の変化は遺伝的な変化ではないがあくまでも生物学的な変化であり、神経学的な変化である。
既存の研究から、ワイン、音楽、その他の好みについても、同様の現象が起こることが示されている。とくにワインは格好の例を提供してくれる。ワインの価格には、大勢の他者の評価が集積されている。したがって、舌を肥やそうとする者は、著名な専門家の選好に加えて、その価格にも注目するはずである。
脳スキャンをしながら、参加者たちに5種類のワインの飲み比べをしてもらった実験がある。5種類のワインのボトルにはそれぞれ、5ドル、10ドル、35ドル、45ドル、90ドルの値札が付けられていた。しかし実際には、飲み比べに用いられたワインは3種類しかなく、そのうちの2種類に、5ドルと45ドル、10ドルと90ドルの値札が付けてあったのだ。ご多分にもれず、実際には全く同じワインであっても、高額なワインのほうを、参加者たちは美味しいと評価した。
では、このときの参加者たちの脳内はどうなっていたのだろう。価格の異なる同一のワインを味
わっているときの脳スキャンデータを比較した結果、高額なワインを飲んでいるときのほうが、内側眼窩前頭皮質がより活性化されていることが明らかになった。 内側眼窩前頭皮質は、飲食物を味わったり、香りをかいだり、音楽を聴いたりしたときの心地よい気分と関連のある脳領域だ。つまり、この研究から、脳の一次感覚野は価格の影響を受けないが、そこから送られてくる情報に対する評価が、価格次第で変化することがうかがわれる。感覚入力はそのままで一定だが、それをどのように知覚するかが文化的学習によって変化するのである。
ワインの場合には、とくにそれが顕著で面白い。1本1.65ドルから150ドルまでのワインについて二重盲検法で〔実験者にも被験者にも価格を伏せて〕 飲み比べ実験を行なうと、何度やっても、ワインのテイスティングの訓練を受けていないアメリカ人は、実際には安いワインのほうを美味しいと評価する。ワインの価格と味を正しく関連付けられるようになるのには、訓練が必要なのである。
以上の研究から明らかなのは、人々の選好や嗜好は、他者の嗜好や選好を観察したり推察したりすることによって強く影響を受けること。そして、ものの価格は、人々が自らの選好を方向づける手がかりの一つになっているということだ。それは、脳内の報酬系回路に神経学的な変化が生じることを意味している。つまり、人々の選好が一定不変だと考えるのは大きな誤りだということだ。ヒトは、遺伝的進化よって(多少とも) 柔軟な選好をもつようになり、文化的学習を通してその選好を変化させることで、さまざまな異なる環境に適応しているのである。
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