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2023年に読んだ本•神秘主義多め

2023年は例年より多く書物を読めた年だった。活字はもっぱら新刊ではなく、好きな分野を深掘りして読むスタイルのため、まあ偏ったラインナップである。知らない人には「何のこっちゃ」なタイトルが並んでいることだろう。自分的には、長年積読していた奇書『ベルゼバブの孫への話』(狂気の2段組787ページ!)を2年がかりで少しづつ読んでいき、読了できたのは自信になったが、これも多くの人にとっては「何のこっちゃ」なことだと思う。

自分が読む本は、大体が「神秘主義ー秘儀を通じて、神という理想に向かって努力し、自らを神と化する思想ー」と呼ばれる類のものであり、関心がある人はあまり多くないだろう。
なので、紹介する書物はかなりマニアックである。だが、自分としては《真の実用書》と呼んでも良いと思うくらい有益な書物ばかりだ。

果たして、現代社会のトレンドに乗っただけで、現代日本で日常生活を送る時にだけ役に立つ書物(しかも、大抵は数年で風化する)は、本当に実用になのだろうか。《真の実用書》とは、いかなる時代においても実用書たりうる書物であるはずで、それこそが神秘主義であると自分は思うので、毎日せっせと読む日々を送っている。同じく神秘主義に関心がある人の参考になれば。

◆神秘主義/精神世界/神話

1.『ベルゼバブの孫への話 人間の生に対する客観的かつ公平無私なる批判』(G.I.グルジェフ著)

アルメニアの神秘思想家グルジェフの大著であり、独特の固有名詞と難解な理論を駆使して「なぜ人類がここまで堕落したのか」を解明した小説とも思想書ともいえるような奇書。

物語仕立てであるのでストーリーはある。地球とは異なる惑星の知生体ベルセバブが、何らかの罪で辺境惑星に島流しになっていたところを恩赦され、母星へ帰還する船の中で孫のハセインに「宇宙の仕組み」について教授するという内容。

話の筋があっちこっちに飛ぶので、通読するのも一苦労だが、グルジェフが読者に訴えかけることは実にシンプルであり、一言で言い合わすことが出来る。だが、人類固有の病理を説明するのにグルジェフは邦訳で2段組787ページを費やす必要があった。

本書の最後、あまりに美しいシーンで語り手ベルゼバブの口から発せられた「真理」は、読む者の魂に刻まれるに違いない。ちなみに、グルジェフは本書を含む3冊の主著を「3回読め」と巻頭で厳命していて、どこまでも楽をさせてくれないのがグルジェフらしい。


2.『注目すべき人々との出会い』(G.I.グルジェフ著)

『ベルゼバブの孫への話』に続いて発表されたグルジェフの2冊目の主著。グルジェフがこれまで出会い、薫陶を受けた人を紹介する列伝形式の書物。父や教師、友人の生き様を交え、グルジェフ自身の半生も語られる。

読みやすさ故、グルジェフの主著で最も一般的な書になるだろうが、グルジェフが自身のカリスマ性を遺憾無く喧伝した書という印象を受けた。グルジェフの冒険的な波乱万丈な半生は読んでいてとても魅力だし、「現在の人類は自らの意思ではなく外部刺激の反射で活動している機械にすぎない」という思想は思い当たるところもあって面白い。

面白すぎる分、注意が必要で、グルジェフの導師(グル)としての磁場に引っ張られすぎないようした方がいい。グルジェフの言葉は大きなヒントにはなるが、「道」そのものではないからだ。つまるところ、「道」は自らで切り拓かねばならないというのが、現在の自分の所感である。P・ブルックによる映画も有名(未見)。


3.『精神の星座 内宇宙飛行士の迷走録』(蛭川立著)

明治大学 情報コミュニケーション学部准教授の蛭川立による精神世界旅行記。アマゾンのアヤワスカを摂取しサイケデリックな体験をし、タイで瞑想をしている際に起こった神秘体験などをのめり込むのではなく一歩引いた視点でコミカルに描いている。

記者による仮想インタビューという体裁が功を労し、神秘体験経験者に起こりがちな客観性の喪失した文章になっていないため、濃厚な内容だがすらすらと読める。テキストを起こす時に第三者の視点も自分の中に設ける重要性を感じる。精神世界探究入門としてオススメしたい一冊。


4.『バガヴァッド・ギーター』(上村 勝彦訳)

インドの叙事詩マハーバーラタの一編。紀元前から存在しているとされ、インド文化の聖典である本書は、後世の多くの分野の人々に影響を与え続けている。ユング、ハクスリー、ソロー、オッペンハイマー、シュタイナー…ガンディーなどはギーターの一部を暗記するため生活空間に一節を貼りつけていたという。

『ギーター』は、ヴィシャヌ神の化身クリシュナが友人のアルジェナに「生の意味」を語った内容になっている。「死とは」「生とは」「行為とは」「人生における義務とは」そして、「戦争とは」…ギーターは神が人間に直接与えた言葉であり、生者の苦悩に対して神の回答を与えている。

 欲望を性とし、生天に専念する彼らは、行為の結果として再生をもたらし、享楽と権力をめざす多種多様な儀式についての、華々しい言葉を語る。
 その言葉に心を奪われ、享楽と権力に執着する人々にとって、決定を性とする知性が三昧(サマーディ)において形成されることはない。
※三昧(サマーディ)とは知性が確立しすべてを平等と見る境地を指す。

上村勝彦訳『バガヴァッド・ギーター』38頁

この箇所などは、通常の人間の生を不完全なものと考えるグルジェフの神秘思想に近い。グルジェフもギーターを参照にしたのかもしれない。ギーターの成立は紀元前とされており、まさに太古の叡智といえる。

自分は読了した時、本当に神からの贈り物を授かったような気持ちになった。信仰心と縁がなかった自分にとって道標となる書として、この先何度も開くことになるだろ。シュタイナー研究で著名な高橋巌が賞賛した田中嫺玉訳のギーターを次は読みたい。


5.『インド神話物語 マハーバーラタ上・下』(デーヴァダッタ・パトナーヤク著、 沖田瑞穂・村上彩 翻訳)

ギリシャの叙事詩『イーリアス』『オデュッセイア』と比肩されるインドの二大叙事詩の一つ。2023年、インドのモディ首相が国名をバーラトへ変更するというニュースが話題になったが、バーラトとは『マハーバーラタ』を通じて語られるクル族の別名バラタ族であり、この事からも『マハーバーラタ』はインド人の精神的中心であることが窺える。

クル族の王族であるパーンダヴァとカウラヴァの大戦争を描いた『マハーバーラタ』はとんでもなく長いので本書は抄訳であるが、映画『バーフバリ』に直接的影響があるだけあって物語としてもべらぼうに面白い。
そして、登場人物の行動原理がインド哲学的実践であるため、インド哲学に関心がある人はまず最初に手をとりたい本。


6.『運命を拓く』(中村天風著)

明治〜昭和の思想家・中村天風の人生哲学をまとめた書。嘘か真か大谷翔平の愛読者らしく、書店でも大規模なキャンペーンをしていた。俗っぽい成功哲学と思いきや、ニューソート的な引き寄せの法則っぽさや神秘主義的な要素が入っている。大谷翔平ファンが読んだら面をくらいそうである。

特筆すべき点は、「宇宙の神霊を自分に迎え入れるための心づもりが大事」という神秘主義的な要素であるが、記憶が正しければシュタイナーも似たようなことを言っていた。優れた神秘主義者というのは同じ結論に達するのか、今後、研究したい題材である。


7.『7つのチャクラ』(キャロライン・メイス著、川瀬勝訳)

アメリカの直感医療従事者でありヒーラーのキャロライン・メイスによるチャクラ解説本。直感医療とはヒーリングなど人体のエネルギーに直接アプローチする、科学的な根拠が乏しい医療法。

直感医療の是非については個々人で考えれば良いと思うが、自分は本書をすこぶる面白く読んだ。
人体に存在する7つのチャクラは人間の心に対応し、そして神と通じている。『バガヴァッド・ギーター』、中村天風『運命を拓く』と併せて読むと、人間と神の繋がりについて意識的になる。


8.『パワーか、フォースか 改訂版 ― 人間の行動様式の隠された決定要因 』(デヴィッド・R.ホーキンズ著、エハン・デラヴィ・愛知ソニア翻訳)

アメリカの精神科医デヴィッド・R.ホーキンズが、キネシオロジーと呼ばれる、刺激に対する「筋肉反射テスト」人間の意識レベルを17のレベルに分けた研究について解説した本。悟り、喜びなどポジティブなエネルギーは「パワー」であり、「欲望」「恐怖」などネガティブなエネルギーは「フォース」(『スターウォーズ』のフォースとは異なる概念)と区別される。

現代という時代は、道徳観念を置き去りにした資本主義の名の下で過剰な金儲けが推奨されているが(その崩壊の始まりが2023年だった、と信じたい)、そのような意識は本書によると、フォースである。この区分で、世界を眺めるといかにフォースに支配されている人が多いかが、よく分かる。そして、それは自分にも返ってくるのだ。フォースの磁力は強く、人はフォースこそが力と誤認しやすいのだろう。

『スターウォース』をこよなく愛する自分としては、ジェダイとシスの対立項を想起せずにいられない。
本書もまた、この先何度も開くことになる一冊だ。


◆ノンフィクション

9.『特攻服少女と1825日』(比嘉健二著)

伝説のレディース雑誌『ティーンズロード』を創刊した編集者によるノンフィクション。暴走族マンガファン(『莫逆家族』は至高)として、当時のブームやレディースを取り巻く状況が窺えるエピソードは面白いが、作者のセンチメンタルな心情が先走っている印象があり、個人的にはやや薄味だった。文化史、社会学においてのレディース考察を期待していたため、自分の求めるものとは少し外れていたが、本書のおかげでYoutubeで当時のティーンズロードビデオを観るきっかけになったので良かった。

峻厳なコミュニティの規律と独自な美学を感じるファッションがいい混在をしている暴走族には、30過ぎた歳になっても関心がある。考えてみれば、それは神秘主義者のコミュニティと似ているからかも知れない。


10.『ヒロシマノート』(大江健三郎著)

大江健三郎が広島県民との交流を書いた書。5月、G7サミット開催の数週間前に平和記念資料館に訪れた時、現地で購入した。人類史において最も悲惨な状況に陥った原爆被害者たちの生への態度を「広島的」と呼び、その「威厳」と言える在り方への考察が書かれている。

今日、我々は新たな人類史における悲惨な現状を見ている。広島という圧倒的な悲惨を忘れ去ったように現在進行形の悲惨を前にしても、見て見ぬふりしてしまえる人類の精神性。それは、『ベルゼバブの孫への話』でグルジェフが指摘した人類の歪みと同根である。この歪みを克服する個人的な努力、それを発見したいと自分は望んでいる。


◆そのほか読んだ&読んでる本

11.『あの戦争と日本人』(半藤 一利著)

12.『それでも、日本人は「戦争」を選んだ 』(加藤 陽子著)

13.『生は<私が存在し>て初めて真実となる』(G.I.グルジェフ著)

14.『必修魔術論: アレイスター・クロウリーと〈大いなる作業〉』(Hieros Phoenix著)

15.『モダンマジック』(ドナルド・マイケル・クレイグ 著)

16.『気功奥義 解説書』(盛 鶴延著)

17.『ホビット 上・下』(J.R.R. トールキン著、瀬田 貞二 翻訳)

18.『白村江』(荒山徹著)

19.『ハイペリオン』『ハイペリオンの没落』(ダン・シモンズ 著、 酒井 昭伸 翻訳)

21.『街とその不確かな壁』(村上春樹 著)


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