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書籍紹介 金子和夫『近代科学の先駆者たち「技術立国日本」復興に必要な”見識”とは』

1.はじめに
 本書は、明治維新から昭和初期にかけての日本の近代化に大きく寄与した科学技術の先駆者たちの精神とその業績を紹介するものです。著者は、日本が再び技術立国として復興するためには、これら先駆者の見識を現代に再評価し、活かすことが必要であると説いています。
 明治維新期、日本は欧米先進国に比べて遅れを取っていたものの、近代国家建設を目指して壮大な志を抱きました。その推進力となったのが「和魂洋才」という思想でした。この四文字には、日本の精神性と西洋の科学技術の融合を図るという意味が込められており、日本人が長い歴史の中で培ってきた文化的土壌の上に、西洋の科学技術を学び活かして日本を西洋諸国に負けない国に押し上げようという熱い志が見え隠れしています。しかし、戦後の日本がこの「和魂」を見失ったことで、社会のあらゆる分野でほころびが見られるようになったと著者は指摘しています。

「残念ながら私は、戦後の日本人が見失ってしまったのが、実は「和魂」ではないかと考えています。 「失われた二〇年」の間に精神性を含む日本の良き文化は崩壊の危機に瀕し、経済成長もあまり期待できず、さまざまな面で荒廃への道を歩んでいるように思えてなりませんでした。
そんな時に起きたのが、二〇一一年三月十一日の東日本大震災でした。」

出所:本書(P4)

 著者は、2011年の東日本大震災を契機に、幕末から明治初期にかけて活躍した日本の近代科学の先駆者たちの志とその業績に光を当てることを決意し、執筆を始めました。特に、著者のふるさとである長野県松代から輩出された佐久間象山に焦点を当てています。

2.真田家と象山ゆかりの“開明の地・松代”
 第一部では、幕末から明治初期にかけて活躍した佐久間象山を中心に、その思想と影響が詳述されています。象山は「東洋の道徳(儒学)と西洋の芸術(技術)」の融合を唱え、「和魂洋才」の先覚者として知られています。佐久間の弟子である吉田松陰、勝海舟、坂本龍馬らも佐久間の影響を受け、日本の近代化を推進しました。

「思想的なバックボーンとなっていたのは「東洋の道徳(儒学)と西洋の芸術(技術)の融合」で、明治期の啓蒙思想「和魂洋才」の先覚者といって過言ではありません。」

出所:本書(P43)

 佐久間は1864年に一橋慶喜(後の15代将軍)に招かれ、京都で公武合体論と開国論を説きました。当時の京都は尊王攘夷派の志士たちが暗躍しており、佐久間は非常に危険な立場にありました。にもかかわらず佐久間は警護もつけずに、五尺八寸(約176cm)の長身を西洋鞍の白馬に乗せて、ひときわ派手な身なりで京都の街中を闊歩しました。その年の七月、佐久間は京都三条木屋町の路上で暗殺されました。

3.近代科学の揺籃・富岡製糸場
 第二部では、富岡製糸場を中心に、近代日本の産業基盤を築いた技術革新とその影響が取り上げられます。ここでは、尾高惇忠や渋沢栄一が登場し、その思想や業績が紹介されます。
 特に渋沢栄一の「道徳と経済の合一」の思想は有名です。渋沢は幼少期に尾高塾で教わった『論語』に基づいて「道徳と経済を合一させなければならない」との思想を持つようになったそうです。
 渋沢は、日本の資本主義の父と呼ばれますが、彼には近代化と共に台頭してきた明治の資本主義のゆがみを正さなければならないという使命感がありました。渋沢は、儒学への誤解・曲解によって経済活動が非道徳的と見なされる認識、自己の利益追求のみを図る行為の二つが問題であると見なしました。

「武士は食わねど高楊枝」との俗諺に見られるように、利を目的とした経済活動をするのは道徳に反する、との気風は武士の教養とされた儒学(主に朱子学)によって生み出されたものでした。しかし渋沢は、「少なからず孔子は『論語』ではそうは言っていない、誤解・曲解による認識」と喝破したのです。」

出所:本書(P63)

4.鉄は国家なり
 第三部では、江川英龍、小栗忠順、大島高任といった技術者たちの業績が記されています。江川英龍の「敬慎第一、実用専務」の信条や、小栗忠順が日本初の株式会社設立に尽力したことなどが紹介され、彼らの革新的な取り組みが日本の近代化に与えた影響が語られます。
 小栗は、渋沢と共に商法会所を設立し、日本初の株式会社を創設しました。小栗はまた、大阪の豪商二十名に出資させて兵庫商社を設立し、外国人に貿易を独占させないように日本人の資本と経営による商社を設立するなど、近代日本の経済基盤を築くための革新的な取り組みを行いました。

5.エレクトロニクスの曙
 第四部では、田中久重や志田林三郎といったエレクトロニクス分野の先駆者たちが紹介されています。彼らの業績を通じて、日本が世界に誇る技術力の源泉であることが明らかにされています。
 また、著者は、江戸時代の日本が、武士だけでなく庶民層に至るまで基礎教育が行き届いた世界有数の教育普及国であったことを強調しています。教育の基本は「読み、書き、そろばん」であり、文字の読み書き能力と初歩的な数学が主体でした。この基礎教育の普及が、明治期の近代化に大きく貢献したと述べています。

6.和魂洋才
 エピローグで著者は「和魂洋才」の精神を再評価し、現代日本におけるその重要性を説いています。夏目漱石や寺田寅彦の著作を引用し、西洋文明の利便性とその限界を指摘しながら、和魂洋才の思想が今なお日本の進むべき道を示していると結論付けています。
 夏目漱石の『吾輩は猫である』の一節を引用し、西洋の近代文明が持つ課題を述べています。漱石は「西洋の文明は積極的、進取的かもしれないがつまり不満足で一生をくらす人の作った文明さ」と語り、文明開化の“暗”の側面を鋭く指摘しました。漱石の言葉は、経済優先で進む文明の限界を批判しています。
また、寺田寅彦の「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその激烈の度を増す」という警句も引用され、現代の自然災害と文明の関係が指摘されます。寺田は、西洋文明の進展が自然災害の激烈さを増すと予見し、その予見が現代においても的中していることを指摘しています。

「明治を代表する文学者と科学者の二人が、西洋文明に対して辛辣な評価を下していたことに、そして、その予見がはからずも、最近の地球規模の異常気象や「三・一一」を含む自然災害として的中してしまったことに驚きを禁じ得ないのは、私だけでしょうか。」

出所:本書(P142)

  著者は、幕末から明治初期にかけて多くの知識人が唱えた「和魂洋才」の思想を再評価するとともに解説しています。佐久間象山の「東洋道徳西洋芸術」や橋本左内の「器械芸術は彼に取り、仁義忠孝は我に存す」といった表現が紹介され、これらが日本の近代化を支えた思想であるとしています。
 また、著者は明治天皇が「教育勅語」を発表し、国民教育の基本思想とする徳目を示した背景についても触れています。『教育勅語』は戦時中に軍部に利用されたことから、その評価には賛否がありますが、その内容は人としての生き方の基本を説くものであり、著者はその価値を再評価しています。

7.最後に
 以上、本書は、幕末から明治初期にかけての日本の科学技術の発展を支えた人物たちの思想や業績を通じて、現代日本が再び技術立国として復興するための見識についての示唆を与えてくれています。AIが発展してきている中での倫理という観点、科学技術を持って社会課題に向き合っていこうとする未来への道を模索する私たちへのヒントとなる内容です。


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