不登校の生徒を無理のないかたちでサポートして
はじめに
かなりむかしの話。いまもつづけているさまざまな理由で学校に行けない、勉強が行き詰っている生徒たちを中心に、はげましながら勉強を教えてきた。そのなかでのひとこま。
自分なりの教え方と不登校生の成長のようすについて当時のメモなどを頼りにプライバシーに配慮しつつ示したい。
いま一歩前へ踏み出したい、その手がかりやヒントがほしい方々へ向けてのふりかえり。
親子であいさつに
ある生徒(仮名:真奈)が勉強を教えてほしいと母親と一緒に訪れた。まったく学校に行けなくなり5年になるという。訪れた時点で中2だから、小学校3年のときから通っていない。
これまで自宅で追いつこうとしてきたが、母親は中学校の数学に音を上げて
「先生なんとかしてください。小学生のうちは教えられたが、さすがに働きながら中学生のこの子に教えるのは手に負えない。受験がこれからあるし…。」
と言う。志望校の受験の傾向や対策を立てるなど家庭では限界がある。ここまで親子でがんばってこれたものだと感心、引き受けることになった。
引き受けてみて
これまでは病気で入院して短期間学校に通えなかったとか休みがちな生徒を引き受けることが多く、学習面で追いついて学校にふたたび通える手助けが中心だった。真奈ほど長く学校を休んでいる生徒をみるのははじめてだった。でもやるしかない。
やはり数学が顕著だった。2つ、3つほど計算に自己流や苦心のあとが見てとれた。およそ2,3年分遅れている。100点満点で7点ぐらい。親子でどうにかつじつまを合わせて正解にたどり着こうともがいていたのだろう。
まじめで素直そうなようすは希望が持てた。ただし学校に通えないのはたしかだ。本人が話す以外、不登校の原因や理由をたずねるなどはこちらからしない。
まずはその自己流の修正を試みつつ自信をつけさせようと思った。それにはやはり少人数で教えるほうが望ましいと感じた。
何を教えたか
どこまで確実に理解しているかどうか。昼間訪れてもらってよいと提案したが夕方で構わないと返答があり、同性の生徒とわたしの3人で学習をはじめた。
ふだんから生徒たちどうしが気にしないならば学力の差は考えずにいっしょにしている。事前に本人たちの了承を得てからだが。
この両者はいっしょでOKでとくに問題なく、その後もずっとこの形式で教えた。ゆっくりとしたペースで数学と英語を中心に教えた。もうひとりの生徒、彩絵(仮名)は真奈と同じ中2生、学校に通えているが学力は下位のほう。したがってゆっくりの説明をいっしょに聞いてもらった。
数学についてはふたりとも小学校中学年以降に支障をきたしているので、当時小学生たちに使っていた市販テキストから着手、完了まで数ヶ月を要した。
それに接続する中学生用テキスト(塾用)は、ごく基本~標準までを細かく段階別に区分けした薄いものを中1から準備した。いわゆる中学校で自学自習用として宿題などに用いるいわゆるワークの体裁のもの。塾教材の取次ぎ業者から注文する。もちろん手づくり教材もふんだんに使った。
自分で見直せるように途中式をまったくはぶいていない解答・解説のしっかりしたものだ。ひとりでくり返して計算の手順としくみをしっかり身につける。徐々にできる範囲を拡大する方針でいく。
英語は中1内容とともに基本の英単語の習得を第一に、基本文を覚えるために音読を第二に。それとリスニングで耳を慣らす。真奈・彩絵ともに受験まで1年半ほどなので、基本を問う問題を中心にできることを目標とした。
ふたりの共同作業
ふたりとも文字を書いたり計算したりをくり返すのをいとわないらしく幸いだった。正しい方法を身につけ定着を図るにはそれなりに反復が必要になる。
ふつうドリルは学年が進むほど辛くなりがち。おとなのほうがむしろ辟易するかもしれない。でもふたりともそれをやり遂げた。これがポイントかもしれない。
おたがいに顔を見合わせてにこにこしている。いっしょにやれてしかも解けると楽しいようす。できない、わからないままの苦痛にふたりともいかに長い間耐えてきたのだろうかとたびたび思った。
真奈のがんばり
教える一方で忘れていかないために、サポートのない日の課題を少量ずつ与えていた。真奈の母親との面談で、彼女は家でもこれらの課題をくりかえし何度も学習しているらしい。
母親の話によると、それまで学校担任からプリントを渡されてもなかなか進まなかった。ここでサポートを受けるようになって、ようやく学校のプリントをすこしずつだがひとりで解けるようになったらしい。
それからしばらくのち、真奈は自信がついてきたのかはやく解けると、計算のおぼつかない彩絵に教えはじめた。わたしの手順どおりの解法だ。どうも本来の真奈のもつ能力を過小評価していたかもしれないと思いはじめた。
そして真奈は負けず嫌いでこまやかで気のつく性格のようだとわかった。彩絵はむしろおおらかでいつもおっとりしている。
受験をどうするか
ふたりとも中3になり受験が控えている。いつまでものんびり教えられない。慣れる意味もあって模試を受けさせた。基礎を身につける途上にあり解けるところを探して解く以外にない。真奈の数学の成績はここへ来た当初の7点ぐらいから30~40点にとどき、基本的な前半部分は正解するまでになっていた。
ほかの教科もじわりと成績をあげつつあった。いずれも受験内容だから中学校範囲が網羅されている問題だ。とくに英語は1年程度教えてきてもまだ慣れないせいかおぼつかない。30%ほどの得点。
それでも真奈は中堅クラスの私立高校を第一志望校に選んだ。彩絵は職業系の公立高校を選択した。受験に関して真奈は国数英の3教科でいい。彩絵はさらに理社を加えた5教科。
試験としては出来不出来をリスク分散して軽減できる分、5教科のほうがいいが、その分まんべんなく学習しないとならない。いっしょに勉強したいという希望を取り入れ、ふたりとも受験間際の2月まで5教科とも勉強した。
そしてふたりとも第一志望校に合格。真奈はそののち入学した高校ではほぼ休まずに登校できた。彩絵も無事に通えた。
ある日、ふと…
そして、ひょっこり夏の制服姿の真奈がひとりで訪ねてきた。すでにサポートの手は離れひとり立ちして高3。途中数回だけ数学と英語の試験課題を教わりに来たが、ほとんどの勉強をひとりでこなした。
通う高校の系列の短大へ学校内推薦で進学を決めようとしている。栄養士をめざし、できれば専攻科にすすみ管理栄養士の資格と取りたいという。はなしぶりがさずがにしっかりして目標も明確だった。
話のなかでここへ来たばかりのことや小学校で学校に通えなくなった理由をはじめて自分からいろいろとはなしてくれた。
そしてまっすぐこちらを見ながら、
「ここへ来れてうれしかった。高校に通えて将来に希望が持てたのは先生のおかげ。ありがとうございます。」
といい、頭をさげた。とても落ち着いておだやかな表情だった。暑い日だったが、彼女を見送るわたしのなかを清々しい風が吹き抜けた。