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(ショートショート)レギュラーコーヒーを淹れると


朝のルーティーン

 ミサさんは朝起きると何よりも先にお湯を沸かす。手作業でコーヒーを淹れる。朝起きるのはさほど苦にならない。仕事の日でも朝はなるべくゆったり過ごしたい。

目覚まし時計をセットした時間よりも10分だけ早く起き上がり、時計に勝てたと伸びをしながらちょっとだけいい気分になる。沸いた湯をそろりとまわしながら淹れる。このちょっとした集中で一日がはじまる。

先のすぼまったポットのきらりとした金属の光沢が、レースのカーテン越しの始動の準備に入った陽に照らされ目に眩しい。


ポットのお湯

 陽射しに幻惑され油断すると、フィルター上の挽いたコーヒーの細かい粒子をお湯が舞い上げてしまう。そぅと湯を足しつつしっかり蒸らすには注ぐポットの先に意識をもっていかないと…。

ミサさんはこの数分間の日課で何とはなしに1日をうらなっている。蒸らす操作でフィルターの内側のヘリに褐色の粒を派手に舞い上げ、点々と白さを汚した日は、会社の仕事でけっこう大きなミスをした。上司に頭をさげてまわり、ようやくおさめたさんざんな日だった。


いいことのある兆候

 今日は休日。昨晩は目覚まし時計をセットせずに寝た。早めに目が覚めたとしても惜しくはない。休みの朝の束縛のなさは何にもまさる。今日は長いつきあいになる友人と街で会う。何年ぶりだろう。話すことがけっこうありそう。

さて、コーヒー。今日はうまくできたかな。最初にお湯を注いだところだけえくぼのようにわずかにくぼんだだけ。これできょう一日は順調に過ごせそう。

コーヒーを片手に、暑くなりそうな日中の街なかを予想しつつ、着ていく服を選んでいった。


そしてある日

 あれっ、目覚まし、セットし忘れてた。ベットにはっと上半身を起こすミサさん。窓の外は明るい。

黙ったままの目覚まし時計に手を伸ばし時刻を確認すると、昨夜セットするはずの10分前。なあんだ、いつもと何も変わらない。ちょっとだけ慌てかけた自分を落ち着かせる。そこでむっくり起き上がりいつもの伸びをしてからルーティーンに入る。

湯をそそぐとコーヒーの粒は水分を得てふくふくとした感じになる。ここであせって湯を注がない。しっかり1分ほど待つのが肝心。この時間を裕福に使えるかどうかがおいしくできあがるポイントと知ったのは、はじめて1か月ほど経った頃だったかな、などと思い返しながら淹れた。

飲み終えたコーヒーカップを洗い終えると、シャワーののちに身支度。ブラウスの1番上のボタンに手をかけるとぽろりと鏡台の奥へと転がっていった。よかった、部屋で。繕う時間はあるにはある。でもいいや。べつのを着ていこう。

ミサさんはおもむろにクローゼットの戸に手をかけた。

いろいろなことのある朝と日常。コーヒーで占うようになってからかな。何かとさりげなくやりすごせるようになったのは。と、ちらりと思った。


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