良き未来のため今なすべきこととは。想いを循環させるリサイクルショップ|株式会社ここくるり 葛原秀雄
飄々とし、つかみどころがない。しかし、その内側には沸々としたものがある。捉えどころがないように見えて、実はそれらにも意味がある。彼のなかでは一貫したものが流れている。
自分の行いが社会に貢献することになれば。そう願う人は多い。しかし、個人の欲望することと、社会を良くすることとは必ずしもイコールにならない。また、社会を良くしたいという理念の下で行動をしたとして、それが持続せず、さらには理念の下に人が蔑ろになる事態が起これば本末転倒だ。
想いの軸はぶらさず、冷静にそろばんを弾く。想いを実現させるために利益を生み、社会へ還元する。利益と公益が矛盾せずに交わる道を探求する。郊外のまちで静かに自分のビジネスを練る経営者がいた。
家具買取に特化。ものを循環させ、人と人をつなぐリサイクルショップ
自然環境への配慮、持続可能な経済活動への関心から注目の集まるリユース・リサイクル業界。リサイクルショップと聞けば一般消費者から事業者まで恩恵を受ける者は多い。SDGsといった世界的な動向に加えて円高や物価高騰が大きな影響を落としている2023年現在の日本。ものを手放したい人も新しいものを手に入れたい人も、痛みは最小限に、なるべく得をしたいと思うものだろう。そんな双方の利害が一致し、マッチングが起きる場所がまさにリサイクルショップという現場だ。
宮崎市田野町。大根やお茶をはじめ農業が盛んなこの土地では四季の流れと比例してロードサイドの景色も様変わりする。そんな景色を楽しみ、建物が増え出す中心部へ足を運ぶと一風変わったリサイクルショップが目に入る。
インテリア・リサイクルショップ「ファニクル」はその名の通りインテリア・家具の買取に特化した店舗だ。空き倉庫となっていた製茶工場跡をリノベーション。その規模は家具特化型リサイクルショップとしては九州最大級を誇る。
「furniture:家具」と「cycle:循環」を合わせた「furnicle(ファニクル)」という店名。地域活性化、持続可能な経済活動を行うことを念頭に宮崎県内でもいち早くSDGsを前面に打ち出した。2018年9月のオープン以来、コロナ禍といった脅威にも左右されることなく順調に業績を伸ばしている。
ファニクルを運営しているのは株式会社ここくるり代表の葛原秀雄(くずはら ひでお)さんだ。秀雄さんは創業以前、株式会社リクルートで広告営業とコンサルティングに従事していた。10代より家具分野での起業を志し、在職時より綿密な市場調査を行ない、また副業としても家具買取を行っていた。市場の動向、自身の興味関心を掛け合わせ、リサイクルショップの開業を決意。27歳でリクルートを退社し、田野町に同店をオープンさせた。
ファニクルが家具買取に特化している理由、それはもちろん秀雄さんが家具が好きなこともあるが、一方で家具はリサイクルショップにとって「積極的に買取をしたくない」ものでもあるからだ。大手リサイクルショップを例にとると、売上の3割〜4割はアパレルが占め、家具は1割以下とされる。また、明確な査定基準や比較できる相場がないこと、売り場面積を占有してしまい回転率が悪く、在庫を抱えてしまいやすいという難点がある。
しかし、引越しや生前整理といったライフサイクルがある以上、早く家具を処分したい、処分するなら「ゴミ」ではなく「品」として新しく誰かに使ってほしいという需要は確実にある。ファニクルはその受け皿となり、ものが循環していく仕組みを構築している。
「理想論だけではなくて事業を成り立たせるためにそろばんも弾いて考えています。すべて数値化して客観的データに落とし込んで、僕らみたいな小さなお店でも勝負できるパターンを弾き出しています」
起業の原点は子どものころの体験に。“変わり者”だから持てた視点
秀雄さんは10代のころから家具に興味を持ち、起業も視野に入れていたというが、その早熟さはどこから来たのか。
少年時代の秀雄さんは真面目な子からやんちゃな子まで、いろんな子どもと遊んでいたという。遊ぶ友人の数だけ、いろんな家の風景がある。そこでの気づきが人生に大きく影響する。
「非行や問題行動を起こす子の家は室内が殺風景だったんです。ソファがボロボロだったりして家族だんらんができない、したくない空間に見えました。家族がリビングに集まらず、コミュニケーションが深まらなさそうに感じたんです。それが結果的に非行に走る原因をつくるのかもしれないと思いました」
家具が簡単に手に入り「新しいソファを買ったよ!」と家族内で会話が生まれれば問題は減るのではないか。そう考えた中学生時代。もともと部屋の模様替えなどインテリア趣味もあった秀雄さんのなかに社会に対する課題意識が生まれた。そこから起業を考え出したという。すでに「27歳で」という年齢も決めていた。
「変わり者でしたね。周囲から浮いていたかも。授業もまともに聞かずに空ばかり見ていましたし。ただ、誰よりも早く自問自答して、自分と向き合っていたと思います。周りが30代40代になって考えるようなことを10代半ばでしていた。勉強はしなかったけれど哲学・心理学・自己啓発の本を読み漁っていました。これが今になっては良かったと思っています」
中学3年生のときに大切にしていた言葉は「常識に囚われないために常識を知る」。それが数年経つと「すべてを受け入れる」へと変わる。少年時代にはすでにある種の悟りを得たようでもある。
秀雄さんはキャリアもユニークだ。高校を卒業したあと、福岡市にある建築系専門学校のインテリア科へ進学した。卒後はすぐに家具の仕事に就くことなく東京へ行き、訪問営業や大手家具メーカーのクレーム処理の仕事に就いた。前者では1日3件契約を取れればいいところを5件、7件と獲得するに至り、後者に至っては「1日4件土下座をし、社内で一番クレーム処理をしていたと思います」。
2つの職を経験したあと宮崎に帰り家具店に就職。このとき21歳。安定した休暇が取れるようになり、関心のあった若者支援団体でボランティアをするようにもなる。
家具店を1年で退社後、「今後はITを駆使する人々とコミュニケーションが取れなければならない」とWeb系の職業訓練校で学んだ。修了時24歳。このまま起業してもいいがやりたいことが決まらない。最後に一度だけ就職しよう。広告・IT・コンサルティングを経験でき、3年で辞めさせてくれるところはないか。結果的に株式会社リクルートへの入社につながった。
リクルート社では美容業界を担当した。新規開拓も得意だったがリピート営業に集中。顧客には費用対効果以上になんでもお手伝いするスタンスだったという。「相当生意気な社員でした」と当時を振り返るが、九州で売上1位のサロンを宮崎県から2店舗輩出するなどコンサルタントとしての実績もつくった。
「自分のキャリアは転々としていて周囲から見れば『あの人大丈夫?』と思われているかもしれません。だけど、自分のなかでは起業へ向かって一通り経験した感じです。それまでは逆算。ずっと一貫性を持ってやってきました」
道徳経済合一の理念が社会を良くしていく
そんな背景を持った秀雄さんだが、事業を動かすうえで大切にしている考えがある。それは渋沢栄一が説いた「道徳経済合一」だ。
「起業の出発がお金を儲けるためではなくて、家具を媒介として社会を良くしていくことにありました。経験してきた仕事、ボランティアを通して感じたのは社会を良くしようという想いだけでは活動は続けられないし、ひたすら利益を求めるだけでも体を壊したり、人を蔑ろにしたりと何のためにお金を稼ぐのかわからなくなる。事業は破綻しているのに補助金や助成金に依存している場面も見てきました。だから、想いと活動が持続する方法をずっと模索してきましたが、そのなかで道徳経済合一の理念と出会ったんです。あ! これは自分が考えていることと同じだ! と」
公益と利益の追求、つまりは社会貢献や万人の幸せを追求する理念である「道徳」と、私的な利益を最大化し循環させていく「経済」。どちらか一方を優先させるのではなく、その2つを両立させる考え方が「道徳経済合一」。
「経済」という言葉も「経世済民」、「世を治めて民の苦しみを救う」が語源であるとされている。
道徳経済合一をファニクルの運営を通じて実現させていく。机上の空論で終わらせないために次々に新しい試みを行う。現在は中古買取のほか、新品家具の取り扱いと低価格販売、遺品整理、貴金属の買取、小規模店舗開業者向けのコンサルティングもはじめた。無軌道に新しいことをはじめるのではなく、活動理念に照らし合わせ、高速でPDCAのサイクルを回している。
「僕らにはビジネスモデルになる教科書がありません。だから楽しくお仕事をさせてもらっています。業界として後発ですが、ゆくゆくは真似される存在になりたい。ビジネスは真似されて当たり前ですから、今後そうなるのは良い流れかなと思っています。自分たちのすることが世の中に良いことであるならば、みんなが真似すれば社会はより幸せになっていくはずです。だからこそ、自分たちは追いつかれないほどのスピード感で成長していかなければならない」
創業から5年経ち、今はいったん事業全体を客観視するフェーズに入ったと話す秀雄さん。社員を2名採用したばかり。これまで1人で担ってきた業務を少しずつ任せ、自身は新規事業を練り上げていくつもりだ。
「僕と一緒に働いている人たちはみんな優しくて探究心があります。優しさは人の気持ちを理解することにつながり、探究心は考える力を育てるので、会社員である前に人としてどんどん成長していく。社会を良くしていくのはそういう人たちの力だと思っています」
「その場にいる人たちを巻き込む力も重要」と話す秀雄さんは静かな台風の目のようだ。状況を見据え、機を狙い、一手を打つ。その循環とともに社会が良くなっていく過程を今、私たちは見ているのかもしれない。
(取材・撮影・執筆|半田孝輔)
(参照先)
「経世済民」:情報・知識&オピニオンimidas スピーチに役立つ四字熟語辞典 経世済民
「道徳経済合一」:國學院大学メディア 渋沢栄一が明治時代に公益と利益を両立できた理由
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