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”神がかった” 瞬間に思うこと

本当に稀に、数年に1回、いや10年に1回あるかないかだが、エネルギーがみなぎり、自分の能力を超えて、何かを達成したと感じる時がある。

自分の中での ”神がかった” 瞬間だ
 
強調するが、ここでいう ”神がかる” は、自分の中でのスーパープレイ的な意味で、世の中の定義とは若干異なる。

ここ数か月の私は、確かに ”神がかっている”
 
何が、か?
 
noteを始めて3ヵ月あまり、会社員としてもそこそこ忙しい日々を過ごしながらも、ほぼ毎日記事を投稿し、創作大賞2024にも応募した

ここ何年かは、職場では閉塞感だったり、虚無感を抱き、自分では人生の空白期間だと思っているが、それを考えると、今の状態は奇跡に近い
 

先日、友人と話したとき、「ATFちゃんは、マイナス材料を必ず、糧にするよね」と感心された。

マイナス材料とは、過去記事や創作大賞応募作を読んでくださったnoterさんだったら察していただけると思うが、失恋だ。noteの存在がなければ、冬眠したまま起き上がれなかったと思う。
 

思い返せば、記者時代。詳細は控えるが、かなり怒りを感じることがあり、その気持ちを仕事にぶつけた。その結果、社内で賞をとったり、ちょっとしたスクープをとったり、と ”神がかった”仕事 をした時期があった。ちなみにその時のマイナス材料は失恋ではない、笑。

友人の指摘通り、間違いなく、今までの人生において、怒りとか悔しさが、自分の起爆剤・原動力になっている。”タダでは転ばない精神” みたいなものだ。
 
とはいえ、束の間の”神がかった”何かのために、毎回気持ちをすり減らさなければならないなんて、まっぴらごめんだ。
 
正直、辛い気持ちとその後の原動力を天秤にかけてみても、割に合わない気もする
 
痛みを伴わずに、神がかることはできないのか?
 
人生、順風満帆なんて思える日は来るのだろうか、と心中は複雑だ。
 

https://x.com/ATF_TOKYO

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