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11人の映画監督たち         愛国者学園物語135

 美鈴がそう言って黙り込んでから、数秒。
「今の話で、あることを思い出しましたよ。『聖戦』だ」
西田のその言葉に美鈴は顔をしかめた。
「話題を変えますか?」
美鈴は驚いた。
「いえ、結構です」


 「聖戦を持ち出したのは、ある映画のことなんです。愛国者学園の子供たちは『セプテンバー11(セプテンバーイレブン)』なんて映画は絶対見ないでしょうな」
戦争映画が苦手な美鈴はその名を聞いて誤解した。
「テロの映画ですか」

 「いや、世界各国から参加した11人の監督によるオムニバス映画ですよ。正確には『11’09”01/セプテンバー11 (セプテンバーイレブン 11分9秒ゼロイチ)』なのかな。この映画の唯一の弱点は、その題名をなんと読むのか、分かりづらいことだけど、それはそうと、ひとりにつき、11分9秒1フレームだけ時間を使って作品を作ったんだ」


 「11分9秒……」
「そう、おわかりでしょ。それはあのテロが起きた9月11日のことだ」
そしてiPhoneで何か調べると、それらを読み上げ、言い終えると、飲み物を口に運んだ。

 「えーと、以上の11人の監督たちが、米国への同時多発テロに関して思ったことを短編映画にしたんです。日本からは『うなぎ』や『楢山節考』(ならやまぶしこう)で、カンヌのパルムドールに2回輝いた今村昌平監督が参加し、彼の作品が大トリなんだ。それは、この映画に集まった作品のなかで、唯一、同時多発テロには関係がないんですよ」
美鈴の目が興味で輝いた。


 「第二次世界大戦で兵士になって戦い、帰国した男が主人公でね。戦場で恐ろしい体験したために、彼は変身してしまうんですよ」


 「変身ですか? まさか……、カフカの『虫』でしたっけ、ああいう作品なんですか?」
「カフカの『変身』です」
「あらやだ、私ったら」
美鈴はその言い方が桃子そっくりだったことに気づき、少し顔を赤くした。
西田はニコニコして、
「いや、どんな作品かは言わないでおきましょう」
と言ってから、
「ふふふ」
と笑った。
「今村さんのこの作品は、出演者も豪華でね。主人公は田口トモロヲ。それに、麻生久美子、
柄本明、倍賞美津子、市川悦子、緒方拳、丹波哲郎、それに役所広司です」
「へえ、役所さんも出てるんですか」
「好きなんですか」
「ええ、まあ、素敵な俳優さんですよね」
「私のブログの読者第1号は、Kさんという女性でしてね、彼女も役所さんが好きなんですよ。今どうしておられるのかな……。ええと、そのエンティングでは、

『聖戦ナンテアリハシナイ』

という字幕が出て、緒形拳がナレーションでそれを読み上げるんです。特徴のあるその字を書いたのは、緒形本人のようだ。私はフランス語はわからないいが、エンドクレジットに、それらしきことが書いてあった。ナレーションとカリグラフィーを意味しているらしいフランス語の単語があったんです。エンディング曲は、多くの映画音楽を手がけているアレクサンドル・デスプラによるもの。女性歌手のハミングでね、ずっと聞いていたいような音楽だった」


 「ええと、私がこの作品を思い出したのは、愛国者学園の関係者や日本人至上主義者たちはこういう映画は見ないだろうと思ったから。世界に様々な意見や政治的や宗教的立場、あるいは、文化があることを、この映画はよく表しているけど、それにもう一つ理由がある。私は『聖戦ナンテアリハシナイ』から強烈なインパクトを受けたんだ。その『聖戦』が何を意味しているのかは言うまでもない。祖国日本に攻め込んで来る敵と戦う聖なる戦争と、911テロを引き起こしたようなイスラム教過激派の言う聖戦、それに、そのテロに対して米国の反撃だ。米国の対テロ戦争は同時多発テロの直後から始まり、2021年のアフガンからの米軍撤退と、退役軍人の療養費などに約880兆円が必要と算出された。また、約90万人の死者が出たそうだ」

 美鈴の声がうわずった。
「は、880兆円ですって?」
「そう」
西田は、iPhoneでそれに関するニュース記事を探し出して、美鈴に見せた。
美鈴は深く息を吸ったが、心は落ち着つかなかった。

 「聖なる戦争という言葉からは、私は良いものを感じません。たとえそれが祖国防衛であってでもです。戦争を絶対的に賛美しているようにしか思えません。ですから、愛国者学園の子供たちが習字で『聖戦』と書くのを知って、とても嫌な気持ちになりました」

 「美鈴さん、以前話題にした米軍のダウンフォール作戦のこと、覚えていますか?」
「ええ、いえ、すみません、全部は。第二次大戦での、米軍の日本本土侵攻作戦ですよね、物凄い規模の」
「そう。米国などの連合軍による作戦で、史上最大の作戦と言われたノルマンディー上陸作戦を上回る規模の軍事作戦ですよ。

 ノルマンディーでは18万人弱の将兵が参加したが、ダウンフォール作戦は100万人以上の兵力を動員する計画でした。彼らはB-29爆撃機に原爆、ロケット兵器、枯葉剤などを使いながら、東京目指して進撃する。首都圏では、2方向から大規模上陸作戦を決行。東京を攻める。

 対する日本は本土決戦という『総力戦』で敵を迎え撃つ。軍だけでなく、民間人も多数動員して戦うことになっていました。事実上の国民総動員体制が存在していたうえに、当時の成人男性の半分2000万人を特攻させる『二千万人特攻論』があった。

 ただし、民間人の武器は粗末なもので、竹槍とか、農具も武器にするつもりだったようだ。原爆を使う相手に槍で立ち向かうんだからねぇ、凄まじいものだ……。それに、各種の特攻兵器も開発や製造が進んでいたのだ。あれで、もし日本側が降伏しなければ、その先もあった。ご存じかな?」
「いえ、知りません」

 「当時の大日本帝国の最高指導部は、長野県の岩山をくり抜いて、地下都市のようなものを作り、そこに皇族方と政府機能を移動させて、戦争を指揮するつもりでした。実際に大規模な坑道を掘ったんですよ。土地の名前から『松代(まつしろ)大本営』と言う。地下坑道に潜ったって、他に逃げ場はないでしょう、事実上の行き止まりだ。そんなところに隠れても、もし連合軍が原爆を使えば、お終いだ。それなのに、そんな計画を実行しようとしたのだ、当時の政治家たちは。彼らは松代大本営を作る時間稼ぎために、沖縄を犠牲にしたという説まである」

 彼はメモを取り出した。
「調べてきましたよ。沖縄市のウェブサイトやNHK for school のサイトにある『沖縄戦』によると、沖縄では当時の人口の4人に1人が戦争に巻き込まれて、約12万人が死亡。


 また、10万人送り込まれた日本軍もその9割が戦死したと言われ、戦死者は約9万4千人。米軍戦死者は約1万2千人。ちなみに彼らは沖縄戦に後方支援部隊も含め約44万人も投入した。戦後の沖縄は占領されて、

1972年5月15日に日本に返還される

まで、米国の支配下にありました」


 西田はそこで言葉を区切り、冷たい目をしたまま、飲み物を飲んだ。
「連合軍がダウンフォール作戦を実行して、東京を攻め落とし、松代大本営まで攻めていたら。それでも、当時の人々は@@の山を無数に作っても、戦ったんでしょうか? 『総力戦』あるいはそれの原動力である『聖戦』には、そんなに価値があったんだろうか? 私には想像出来ないが」

続く


これは小説です。文中の史実は全て本当の話です。


880兆円は、朝日新聞のウェブサイト 「対テロ戦争 費用は20年間で880兆円 死者90万人、米大学が報告」
2021年9月2日付記事を参照した。
https://www.brown.edu/news/2021-09-01/costsofwar
その新聞報道のもとになった、ブラウン大学による試算

沖縄市のウェブサイトにある「沖縄戦の歴史」のページなど
コトバンク
映画.com  などを参照した。


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