自衛隊と帰還兵 カッコいい自衛隊に気をつけろ2 愛国者学園物語144
そう書いてから、ジェフはあるドキュメンタリー番組を例に挙げた。それは日本では1987年8月にNHKで放送されたもので、元々は英国BBC制作の番組だった。
題名は「さまよえるヒーローたち」と言う。これは、ベトナム戦争から帰還した米兵たちの中に、米社会に復帰出来ず、森の中で孤独に暮らすことでどうにか生きている者たちがいる。
米西海岸・シアトル近郊のワシントン州の森には、そういう男たちが千人もいる。番組はそのような帰還兵たちにインタビューし、彼らが体験した戦争と今の生活をまとめていた。BGMにベトナム戦争映画「ディア・ハンター」で演奏されたギター曲「カヴァティナ」が使われ、日本語版ナレーターは経験豊富な俳優である阪脩(さか・おさむ)が務めた。ジェフはわざわざ付け加えている。彼は後にアニメ「攻殻機動隊」シリーズで、荒巻大輔課長の声を、アニメ「機動警察パトレイバー」シリーズでは鬼のような整備班長・榊(さかき)を演じた人だ、と。
(中略)
このドキュメンタリー番組では、若者たちが米軍の一員になり、肉体的にも精神的にも過酷な訓練を受けた後、ベトナムに派遣されて戦ったこと。ある者たちは特殊部隊の隊員になったことで、あるいは、彼らが参加した作戦が機密扱いされたことから、その様子を公には出来ない。また、戦場での恐ろしい体験は、彼らの精神に悪影響を及ぼした。米国に帰国しても、普通の社会人としての生活を取り戻すことが出来ない。ある者は、家族を敵と勘違いして@そうとするトラブルを起こしたなどの理由で家を出た。
結果として、深い森の中、一人で暮らす事を選んだ男たち。救いがあるとしたら、その森での生活は男たちの心に平穏をもたらしたことだ。彼らのような帰還兵たちの心の傷を癒やし、普通の社会生活を送れるようにするには、私たちは何をすればいいか。森が彼らを受け止めたように。「さまよえるヒーローたち」が投げかけた問題は大きい。
(中略)
このような帰還兵たちが抱える問題は、どこの国の軍隊でも極めて重要なはずだ。映画「ランボー」の主人公であるジョン・ランボーは、米陸軍のエリート、特殊部隊グリーンベレーの一員であるにも関わらず、帰国後は、駐車場の係にすらなれないと、上官に苦境を訴えた。それに、帰国した時、反戦運動家たちから酷い言葉を投げつけられてもいた。
(中略)
戦争はキレイゴトでは済まない。軍人生活の苦労や、その結果、もたらされる肉体的、精神的疲労。あるいは、除隊後の生活における不安をどう解消するのか。それは私たちの社会が立ち向かわねばならない、大きな問題であり、日本と自衛隊の抱える問題でもある。
自衛隊は知られている限り、敵対勢力と戦闘してはいない。だから、米国などが体験した帰還兵の社会復帰の問題、あるいはハリウッドが描いた帰還兵映画の話題をそのまま日本社会に当てはめることは出来ないかもしれない。しかし、自衛隊の情報公開は多くないから、その内実は計り知れない。
かつて、自衛隊の中東派遣任務の自衛官のうち、少なくない人数が帰国後に@@していたことが明らかになった。2015年5月28日の日経の記事では54人が@@した、その原因特定は困難と官房長官が説明している。その後も、同任務に携わった29人が@@したという「週刊朝日」の記事、東京新聞の、イラク派遣自衛官の@@率は自衛隊全体の5倍から10倍という推定は誤りだった、など、自衛官の苦悩を巡る報道はあったが、それが社会の大きな関心になることはなかった。
実際に発砲や交戦をしていなくとも、彼らは戦場の危険にさらされていることは事実だ。航空自衛隊の戦闘機パイロットの一部は、他国の軍用機に接近するスクランブル任務についている。海上自衛隊の艦艇に乗る自衛官たちは、他国の軍艦や不審者が操縦する高速艇に接近することがある。また、陸上自衛隊の自衛官たちはPKO任務などで、外国に臨時の駐屯地を作り、警備している。不発弾の処理や、東日本大震災のような大災害への派遣もある。
あるいは、91年の自衛隊ペルシャ湾派遣では、日本は約500名の掃海部隊を送り、34個の機雷を処分した。このように、実際に発砲や交戦をしていなくとも、彼らは戦場の危険にさらされていることは事実だ。
彼らは他国の軍隊のように激しい戦闘状態を経験していなくても、帰還兵と言えないだろうか。
彼らは諸外国のように、メディアや映画製作者にその体験談を語ることも出来ず、勲章ももらえない。あるいは、恐ろしい体験を内に秘めたまま、心身に傷を負った人々ではないのか? 自衛隊の熱狂的なファンはこういう問題すら無視するのだろうか。
(中略)
ハリウッド映画には、帰還兵を題材にした作品がいくつかある。「ランボー」だけでなく、「父親たちの星条旗」や「アメリカン・スナイパー」は、兵士たちの帰国後の苦悩を描いていて、一見の価値がある。
その他に、「7月4日に生まれて」「ラスト・フルメジャー」それにサミュエル・L・ジャクソンやクリスティーナ・リッチが出演した「勇者たちの戦場」がある。
また、古典的作品にも優れたものは多い。数多くのアカデミー賞を獲得したウィリアム・ワイラー監督作品「我等の生涯の最良の年」(1946年)も重要な作品である。第二次世界大戦から帰還した3人の男たちの生き様を描いて、ヒットした。米国の小説「ジョニーは戦争へ行った」は1939年に刊行されたが、政府による発禁処分などを繰り返し受けた。これは71年に映画化され、主人公は戦争で両手両足だけでなく、ほとんどの感覚まで失った兵士として登場する。78年の「帰郷」は、ジェーン・フォンダとジョン・ヴォイド(アンジェリーナ・ジョリーの父)が主演したベトナム戦争の帰還兵に関する作品で、アカデミー賞を複数獲得した。
もちろん、日本映画にも帰還兵を題材にした映画、あるいは物語中に彼らが登場した映画がある。「キャタピラー」(2010年)若松孝二監督は、頭部などに大怪我をして帰還した兵士と、その妻の関係を描いている。軍神と称えられた彼の本性と妻の激しい対立がこの作品の見せ場になっている。主演の、寺島しのぶは、ベルリン国際映画祭最優秀女優賞(銀熊賞)を獲得した。
『11’09”01/セプテンバー11 』(2002年)は、世界各国の11人の映画監督が、911テロを題材にした11分と9秒の短編を持ち寄ったオムニバス映画である。その11人目が今村昌平監督の作品で、戦場で体験した恐怖で変身してしまった男とその家族を題材にしている。
また私には今村監督の「黒い雨」(89年)も忘れ難い。これは広島原爆の被害者たちの物語で、主人公の若い女性を、アイドル出身の女優・田中好子が演じている。この作品の中に、かつて、戦車へ爆弾を持って特攻する兵士だった、退役兵の若者が出ている。彼は家の前をバスなどが通るたびに、戦場の記憶が蘇り、枕などを抱えて、「特攻」するということを繰り返していた。岡崎屋悠一というそのキャラクターを私は忘れずにいたい。
他にも例があろうが、紹介はこれくらいにしておきたい。私がここで言いたいこと、それは、日本社会は自衛隊の『帰還兵』にどう接するのかということだ。彼らがもし自衛隊や政府に不利な発言をしたら、政府は彼らの口をふさぐのか? あるいは無視するのか。そして、自衛隊に税金を注ぎ込んだ日本国民は戦場の真実に触れる機会は来るのだろうか、ということだ。
続く
これは小説です。