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嵯峨野の月

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嵯峨天皇と空海が作った「日本」の物語。 昔、日の本のひとは様々な厄災を怨霊による祟りと恐れ、怯え暮らしていた。 新都平安京に真の平安をもたらす二つの日輪、嵯峨天皇と空海の人生を軸…
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2023年12月の記事一覧

嵯峨野の月#128 喫茶去

嵯峨野の月#128 喫茶去

第6章 嵯峨野12喫茶去

釜の中で湯が沸き始め、

米粒よりは少し大きな泡が湯全体に行きわたるころ合いを見計らって砕いておいた団茶の粉末を入れた途端、
ぱあっと広がった茶の香気が鼻腔をくすぐる。

「うんうん、蒸し暑い時期にはこの香りが無くてはな!」

と徳一はいつもの仏頂面を緩めて珍しく笑顔になり、空海が淹れる茶を両膝を打って楽しみに待つ。

湯が沸き立ち、中の茶葉が開いた瞬間空海はすぐに釜を

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嵯峨野の月#126 光明

嵯峨野の月#126 光明

第6章 嵯峨野13光明

虚空き、衆生盡き、涅槃盡きなば、我が願いも盡きなん。

宇宙が尽きるまで、悟りを求めるものが尽きるまで、生きとし生ける者が全て輪廻転生から解脱するまで私の願いは尽きることが無い。

空が暗くなり始めると天野の里の人たちによってぽっ、ぽっと灯明が点されその夜、高野山の頂には数多の光が集った。

天長九年八月二十二日(832年4月26日)

空海は高野山で初めての万燈万華会を

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嵯峨野の月#130 流人篁

嵯峨野の月#130 流人篁

わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと
人には告げよ 海人の釣り舟

広い海をたくさんの島々を目指して漕ぎ出して行ったよ。

と都にいる人々には告げてくれ、漁師の釣り船よ。

地上からの光と海の色が溶け合う深い青の中で上半身裸の娘が色とりどりの海藻をかき分けて泳いでいく。

揺らめく視界の中岩礁に転がる獲物を見つけてすかさず片手でそれを掴むと一気に反転し、しなやかな肢体をくねらせながら光のある方に向

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嵯峨野の月#131 落日

嵯峨野の月#131 落日

第6章 嵯峨野15落日

その貴人は

当時日ノ本一の権門である藤原北家の男子に生まれ、公卿である父の庇護のもと十代の頃より大学に学び優れた文章を作り、淳和帝に重用されて順調に経歴を重ねて齢三十八で従四位下参議に叙任された。

さらに三年後、外交使節の長である遣唐大使の任を賜り、

「父に続いてこの名誉職を務めさせていただくこと有難き倖せ」

と口上を述べ、今上の帝である仁明帝に向かって恭しく笏を

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