第22話 露の玉の緒

 高遠城陥落かんらくの知らせはその日のうちに新府城の勝頼に届いた。
 心肝しんたん寒からしめた勝頼は直ちに岩殿城いわどのじょうへ移動する事を決め、翌、城を焼き払い、まず古甲府ここうふの一条家の屋敷へと向かう。このとき彼のもとに残った従者はわずかに五百人ばかり───その中にはあやしげな駄馬だばに乗せられた相模さがみかたと、不安に表情をこおらせて歩く侍女じじょたちの姿もあった。
 塩崎村の小高い丘にさしかかった時、空に浮かぶさみしげな三日月みかづきが見えた。相模の方は不意に馬を止めさせると、その月をしみじみながめ、燃える新府城の方を振り返って、
 「春霞はるがすみ・・・立ちずれども、幾たびか───あとを返して三日月の空・・・」
 と、一つの歌をんだ。
 「ああ、どうしてこんな事になってしまったか・・・。人の世はくも無常なものか・・・」
 そのひとみには今にもこぼれそうな涙がにじむ。侍女じじょ蘭渓らんけいつぼねは掛ける言葉も見つからず、とめどなく流れるしずくそでらし、もらい泣きの猛々たけだけしいさむらいまでもがオイオイと声を挙げるものだから、長子ちょうし 信勝のぶかつもたまりかね、
 「泣くでない! 涙で月が見えぬではないか!」
 と言いつつも、滂沱ぼうだの涙をきんじえない。この後ここは、〝泣き山〟とも〝回看塚みかえりづか〟とも呼ぶようになったと古書こしょは伝える。

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学術的には完全否定されている”女忍者(くノ一)”の存在を肯定したく、筆者の地元長野に残る様々な歴史的事実を重ねながら小説にしています。 無論小説ですので事実と食い違う点も出てくるとは思いますが、できる限り史実に忠実になりながら、当時の息遣いが感じられるようなものにできればと思っています。 伝えたいのは歴史に埋もれたロマンです。

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