精神療法の新潮流「メンタライゼーション」をどう臨床に活かすのか?——新刊『実践・子どもと親へのメンタライジング臨床』【はじめに・全文公開】
はじめに
西村 馨
本書は,日本の臨床家が児童,思春期・青年期およびその家族のためのメンタライゼーションに基づく治療(MBT)やメンタライジングの理論と方法をそれぞれの現場に持ち込んで挑戦した臨床実践の報告と考察の書である。それらは,「本来の」MBT の治療プログラムや,12週間の期間制限MBT-Cといった標準パッケージを日本で行ったという記録ではない。各自の現場で解決すべき課題に対して,どのようにメンタライジングの理論と方法を適用できるのか,独自の手法を作り出しうるのか,またその成果はどうかを検討したものである。それが副題の,「取り組みの第一歩」の意味である。私たちは,それが読者の方々にMBT,メンタライジング・アプローチのイメージを与え,理解を深め,実践への意欲を喚起することを願っている。
臨床現場には,その国,地域の医療,福祉,教育等の制度があり,文化も異なる。それぞれにフィットする手法を検討する必要があり,「フリーサイズ」の万能手法はない。その検討には時間が必要である。本書の著者は全員,アンナ・フロイトセンターによるMBT,MBT-C もしくはMBT-A の集中的基礎訓練を修了している。2つ,もしくは3つ修了した著者もいる。さらに,筆者を含めた数名は,公認スーパーバイザーの指導を受けながら実践している。そして,翻訳作業や研究交流を重ねながら現在に至っている。
ニック・ミッジリー(Nick Midgley)は,2012年に,子ども,思春期青年期,家族の支援のためのMBT の諸手法を紹介した,“Minding the Child:Mentalization-based Interventions for Children, Young People, and theirFamilies”を編集,刊行した(邦訳『子どものメンタライジング臨床――個人・家族・グループ・地域へのアプローチ』が2022年5月刊行)。彼はその序章で,「これらのサービスが唯一のやり方だというわけでは決してない。本書が扱った実践をさらに変えていくために読者の方々が想像力を用いて独自の方法を見出していくことを,またここに提示した事柄をご自身の臨床現場やクライエントのニーズと熱望に適用していくことを期待し,希望している」(p. 7)と述べている。
現在ある手法は,MBT の最終形ではあるまい。たえざる発展,開発が求められる中,私たちもまたその営みに関与していこうとしている。それは,能動的で,クリエイティブな過程であるはずである。したがって,ここで私はミッジリーと同じことを言うことになる。MBT を学ぶためのトレーニングを受けることは重要である。そして,それを基に,それぞれの現場の子どもたち,家族の方々のために創意工夫することを期待する,と。
本書は,4 部構成となっている。第Ⅰ部では児童,思春期・青年期と家族のためのMBT,メンタライジング・アプローチの理論とアセスメント・評価の実証研究を概観する。第Ⅱ部では,児童,思春期・青年期の支援である。医療,福祉,教育等の現場における多様な実践手法を6 編紹介する。第Ⅲ部は養育者の支援であり,これも幅広い現場から4 編紹介する。最後の第Ⅳ部は,直接メンタライジング臨床に携わったわけではないが,私たちの活動に注目し,応援してくれる先生からのメンタライジング臨床への期待と課題の論考である。
さらに付録として,日本におけるメンタライジング測定ツール開発の現状と課題がまとめられている。
読者の中には,すでにメンタライジング・アプローチについて学んでこられた方も,初めて出会った方もおられるであろう。本書は初学者を念頭において,その理論と方法の概要に触れたのちに,実践を紹介したい。
MBT,メンタライジングの理論は臨床心理学,精神医学のみならず,発達科学,神経科学の最先端の知識を取り込もうとしているため,実に幅広く,新鮮だが,難解な部分もある。理論や方法の面で不足を感じられるかもしれない。筆者の力不足もあるだろうが,本書の性質上,概説にとどめているためでもある。すでに優れた専門書,概説書が刊行,翻訳されているので深い学びのためにはそちらをあたっていただくのがよいだろう。確かなのは,メンタライジングの理論は私たちが臨床で出会う現実的問題を理解するために導入されたものであり,理解できれば,必ずや視点を広げ,ヒントを与えてくれるということである。
これら,熱い実践を報告した著者らの「声」が読者の方々に届き,子どもや家族への支援のヒントを与え,意欲を高めるものになることを願っている。そして,これらの実践や研究のネットワークが,国内的にも,国際的にも,豊かに広がっていくことを願っている。
なお,基本的な用語についてだが,児童期(childhood)と思春期・青年期(adolescence)は明確に区別されるが,未成年という意味で「子ども」と総称することがある。また,子どもの養育者には,生物学上の親,養親,里親などの種類がある。特定しない場合,親と養育者は同義で用いられている。
また,臨床事例においては,それぞれの著者が個人を特定できる情報を加工するほか,複数事例をつなげるなどして,倫理的配慮を施している。また数名の著者は,所属機関の研究倫理審査を受けて,それに基づいて実施している。
最後に,Midgley らの『メンタライジングによる子どもと親への支援――時間制限式MBT-C のガイド』(上地・西村監訳(2021)北大路書房)は,本書のベースになる重要図書であり,頻繁に引用されるため,本文中で『MBT-C ガイド』と呼びたい。以上諸点よろしくご了承いただきたい。
文 献
Midgley, N. & Vrouva, I. (Eds.).(2012)Minding the child: Mentalization-based interventionswith children, young people and their families. Routledge.
Midgley, N., Ensink, K., Lindqvist, K., Malberg, N., & Muller, N.(2017)Mentalization-basedtreatment for children: A time-limited approach. American Psychological Association. 上地雄一郎・西村馨監訳,石谷真一・菊池裕義・渡部京太訳(2021)メンタライジングによる子どもと親への支援――時間制限式MBT-Cのガイド.北大路書房.
目次
▼くわしくは…▼
▼齋藤万比古先生による「書き下ろし」寄稿▼
▼さらにくわしく学びたい人へ▼
▼本邦初!「メンタライゼーション」を紹介した本▼