江戸っ娘の読書日記 vol.1: ビブリア古書堂の事件手帖
『ビブリア古書堂の事件手帖1~7,Ⅰ~Ⅲ』三上延(メディアワークス文庫)
本好きの本好きによる本好きのためのミステリー。
一言でいうならば、これがこの本の全てです。
恐らく多くの人がミステリーと聞いて思い浮かべるのは、アガサ・クリスティー、エラリー・クイーン、コナン・ドイル、松本清張、横溝正史などの作家だと思います。
そして事件と言えば、殺人や誘拐などが起こり、推理力ぴか一の名探偵がフーダニット(Who done it)、ワイダニット(Why done it)、ハウダニット(How done it)という諸要素の謎解きを行っていきます。
まさに「真実はいつも~」ってやつなのです。
でも、このシリーズはミステリーと言えどちょっと違う。
人が死ぬことはあるが、殺人は起きない。
身代金型の誘拐は起きるが、人がかどわかされることはない。
何を言っているかわからない?
思い出してください。
この本は「本好きの本好きによる本好きのための本」なのです。
つまり、主役は本。
舞台は北鎌倉の古本屋「ビブリア古書堂」。
主役は第一シーズン(1~7巻)は体質的に本を読むことができない五浦大輔とビブリア古書堂の女主人・篠川栞子(しのかわ しおりこ)。
第二シーズン(Ⅰ~Ⅲ)は二人の娘である篠川扉子(しのかわ とびらこ)。
全編を通して、本にまつわる謎を解く。
古書店だからこそ描ける謎の内容は様々で、著者の生涯、過去の本の所有者について、本がここにたどり着くまでの経緯、古本のもつ価値など本好きであれば心当たりのある内容ばかり。
特に価値という点に着目すれば、もちろん一般的な目線で見れば、市場価格が一つの指標になると思いますが、所有者視点でみれば、「心が救われた」「大切な人から贈られた」「子供時代から繰り返し読んだ」など市場価格では測れない価値があるはず。
そういう所有者の思い入れこそが本書のミステリーとしてのトリガーであり、物語に深みを持たせている要素でもあるのです。
本書で取り上げられる作品も幅広い。夏目漱石「それから」、太宰治「晩年」、アントニー・バージェス「時計仕掛けのオレンジ」など教科書に載るような有名作品から、手塚治虫やシェークスピアなど漫画・脚本・映画パンフレットまで、誰でもどこかに引っ掛かる作品があるのではないかと思わされます。
実際、私もビブリア古書堂が入り口となって読んだ作品は多くあります。
明治の文豪物は、このシリーズを読んだことで「実は教科書でしか読んだことない作品が多い」と気づいて、夏目漱石・谷崎潤一郎・田山花袋・芥川龍之介をあおぞら文庫で読みました。
最近では、横溝正史の金田一シリーズを図書館で借りたり、文豪の裏話系の本も読むようになりました。
そうして、当時の時代を感じ、文豪と呼ばれる人たちが妻を取り合い、海水浴ではパンツを友人に貸す姿を思い描けるようになると、学生時代に「旧仮名遣いで難しい」と思っていた物語が不思議と血の通った人間の物語に思えてくるのです。
もちろん、年齢のせいもあるかもしれませんが・・・
つまり、本書を読むと元の物語を読みたくなるのです。
そもそも、どんな風に始まり、どういう終わり方をする物語なのか、気になって気になって仕方なくなってきます。
そうして、本が連鎖していき、著者はどういう本に影響を受けたのか、さらに知りたくなり、読書沼にはまっていく。そんなスパイラルです。
そんな中、特に読んでほしいのが最新刊「ビブリア古書堂の事件手帖Ⅲ ~扉子と虚ろな夢~」。
取り上げられる古書は、映画パンフレット「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」、樋口一葉「通俗書簡文」、夢野久作「ドグラ・マグラ」ですが、本シリーズ全10冊の中で読了とともに背中がゾクッとしたのは今回が初めてでした。
一つ一つの章立ては独立しているため、抜き出して読むことももちろんできますが、登場人物たちの生い立ち・これまでの経緯を踏まえて楽しむなら、やはり一巻から読むことをおススメします。
一冊のページ数はおよそ250~300ページ程度なので、日常的のよく本を読む方ならすぐかもしれません。
本を読みなれていない方は少し難儀するかもしれませんが、上記に挙げた文豪の作品に比べれば、エッセイのようなかなり読みやすい文体の作品だと思います。
やはりミステリーなので、伏線もばっちりひかれています。これが今後、どう展開されていくのか、それも楽しみの一つなのですが、今回ホラーに近い冷え方をした背筋が今後の物語にどう絡んでいくのか、予測のできないワクワクもあります。
一つ確かなことは、物語の背景を知ることで、より深くその作品を理解することができるので、機会があればぜひ手に取ってみてください。