「そんなわけないだろ!」から読み始めた『世界は五反田から始まった』は、城南空襲など知らない地域の歴史を庶民の視線で語る良書だった。
タイトルに惹かれて手に取った『世界は五反田から始まった』(星野博美著、ゲンロン社、2022年)、「そんなわけ無いだろ!」と思わせようという目論見にまんまと乗せられて読み始めました。その内容は予想とはかなり違ったものの興味深いものでした。
本の内容は簡単に言うと、著者の星野さんが、祖父がなくなる直前に残した手記を出発点に大正時代から現在までの「大五反田」について書いたもの。「大五反田」というのは星野さんが生み出した言葉で、五反田駅を中心とした2キロ圏内を意味し、星野さん自身が「故郷」と呼べるエリアだそう。この大五反田が私の今の生活圏とかなり被っているのも興味を惹かれた理由の一つです。
焼け野原になった五反田
さて、この本で一番、興味を惹かれたのは戦争の話でした。特に五反田地域を焼き尽くしたという昭和20年5月24日の城南空襲の話。読んでいたのがちょうど5月24日だったのもあり、かなり驚きました。
旧荏原区の90%以上が焼けてしまったという空襲ですが、死者は250人余り。3月の下町大空襲(いわゆる東京大空襲)の死者数約10万人と比べると非常に少ない数字に感じられます。星野さんのお祖父さんやお父さんは川越に疎開していて無事だったそうですが、実家兼工場を初め一面が焼け野原になったそう。
いま家々がびっしり立ち並ぶあの辺りが一面焼け野原になったと想像すると壮絶な光景ですし、焼夷弾から逃れるため今は暗渠になっている立会川に人々が飛び込んだというエピソードも衝撃的です。
同じ空襲のことを目黒の大鳥神社のあたりに住んでいた山田風太郎が『戦中派不戦日記』という本に書いていたり、78年も経つと記憶は薄れますが、記録としては残っています。
ウクライナの町が焦土と化している映像がこの1年テレビから流れ続けていて、それと重なり合ってグッと来るものがありました。
庶民の目から見た歴史
もうひとつ衝撃的だったのが、武蔵小山の商店街の人々が1000人以上が満州にわたり、その大半が帰ってこれなかったという話。直前に満州開拓民が重要な要素になっている望月諒子の『野火の夜』を読んでいたこともあって、満州に興味を惹かれました。
満州開拓については、侵略的植民であったことや日本軍が開拓民をおいて逃げたことなど様々なことが語られますが、開拓民たちは商店主などの庶民に過ぎず、そんな人達が自分の小さな選択が生死に直結する極限的な状況に置かれていたことがわかり、別の見方で見るようになりました。
この本もそうですが、過去の出来事をごく普通の人々の目から見ると歴史という視線で見るのとは違うように見えてくる、そのことがよくわかります。
他にも小林多喜二の『党生活者』のモデルとなった工場が、星薬科大学の隣にある藤倉航装で、小林多喜二が一時期五反田で暮らしていたなど、歴史的な出来事が大五反田で起きていて、それを住民の視点で見直すという作業がなされています。
私にとっては知っている地名がたくさん出てきて、Google mapで調べながら、歴史的な出来事と自分がつながる感覚がありました。それでなにかが変わるということはないんですが、知ることは楽しいし、心の片隅にあればいつかなにかのときに役に立つのかもしれないとも思います。東京という郷土が感じられない場所でそんな感覚を味わえたのは貴重な体験になりました。
Cover photo by Alfonso Jimenez taken on August 2008