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「批評家」は幸せにはなれない
「偉そうな言動をする人ってお好きですか?」
と、問いかければ
「好きではありません」
と、ほとんどの人が答えるかもしれません。
ですから、
人間関係を良くしたい
と思うなら、
自分自身が偉そうな言動をしなければ良い訳です。
実にシンプル。
でも、
偉そうな言動をしている人と関わって、
「偉そうにしている」
と批評するときの自分は、
自分は偉そうではない
という前提で
批評している訳です。
確実に「上から目線」なので、
すでに偉そうな言動をしている
「人生の批評家」
になっていますよね。
知らないうちに、
自分がなりたくない生き方になっているわけです。
そもそも、
頼んでもいないのに、
いちいち批評されてごらんなさいよ。
考えただけで嫌な気持ちになるのでは?
いやな気持になるのも、
もしかすると偉そうな心かもしれませんね。
ああ、ややこしい。
やはり、
一つ一つ
「神」に、
「これでよろしいでしょうか?」
と謙虚な祈り心で問いかけつつ言動するような
センスがあることが、
「バランスが良いなぁ」
と思います。
そんな
「神」の批評
を頂く生き方が、
誠実で、
結果として
世のため人のためにお役に立てる幸せな生き方だと思うのです。
自分も幸せ、関わる人全ても幸せ。
持続可能な本当の意味での幸せですね。
人生は芸術である。
続きは教会で!