世界は誰かの〝しごと〟で成り立っている。
最近は身の回りのものを無印良品で揃えまくっています。
特に服は肌触りが好みで毎日が嬉しくなっちゃいます。
こんにちは色波です。
今日は〝しごと〟や〝はたらく〟について書いていきたいと思います。
しごと
〝しごと〟は一般的には仕事と表記され、会社に雇われたり、自分で経営したりして働くことだと認識されています。
果たしてそれだけが〝しごと〟でしょうか?
世の中には会社に雇われなくても、自分で経営しなくても、誰かのお役に立っていることってたくさんあるんですよね。
挙げるとキリがないですが、身近なところで言うと専業主婦の人とかは旦那さんの給料で家計をやりくりしてはいるけれど、別に会社からお給料をもらってるわけでもないですもんね。
母とか父もそうですよね。
変な言い方になってしまうかもしれませんが、子供を産んで育てたとしても誰からもお給料がもらえるわけでもないですもんね。
でも、ぼくはめちゃくちゃ立派な〝しごと〟だと思うんですよ。
誰も代わりはいないですし、何よりもめちゃくちゃ動いてるし、誰かのお役に立っている。
給料が発生するものだけが〝しごと〟とは限らないんですよね。
はたらく
働くとは一体なんでしょうか?
人が動くと書いて働くと言う人もいます。
側(はた)を楽(らく)にするということから働くになったと言う人もいます。
諸説ありますが、ぼくは両方とも良いなと思います。
確かに人が動くし、それが側を楽にするって素敵やん。
あなたが生きているだけで世界が回っている。
究極かもしれませんが、ぼくは真剣にそうやなぁと思っています。
だから有難いという気持ちは持っていたいし、心からの有難うという言葉は伝えていきたいですよね。
この世界は誰かの〝しごと〟で回っていて、誰かの〝はたらき〟が誰かを幸せにしているんですよね。
1人として同じじゃないから良い
ぼくはプロ野球が好きで、特に近鉄バファローズの流れを汲むオリックスバファローズが好きなんです。
なので、野球以外のことでも野球に例える事が多くて野球を知らない人にはなかなか伝わらないのが、もどかしかったりもしますが、他に上手い例えが思いつかないので勉強します。
野球のチームって本当にたくさんの人が関わっていますよね。
特にプロ野球ともなると数え切れないぐらいいますし、ぼくも知らないようなポジションの人もいると思います。
野球はスタメンだけでも9つのポジションがあります。(パ・リーグのように指名打者を入れると10個あります)
そして投手は大きく分けて先発・中継ぎ・抑えと役割があります。
基本的なところで言うと、ミート力が高い人、パワーがある人、足の速い人、肩がすごく強い人、守備が上手い人。
他にも、バントが上手い人、走塁技術が上手い人、選球眼がめっちゃある人、チームメイトを盛り上げるムードメーカーな人、リードを考える人などなど。
挙げるとキリがないんですが、それぞれのポジションの人がそれぞれの得意分野を発揮してそれぞれのできることをきちんとやる。
極端なことを言いますが、全員がパワーヒッターで四番タイプの人が集まってもチームは強くならないんです。
足が速い人がいて、バントうまい人がいて、確実に打率を残せる人がいて、守備の名手がいて、チームを盛り上げるムードメーカーがいて、チームは強くなるんです。
投手が野手をできないのと同じように野手は投手をできません。
プロには入るまでは四番でエースだった人もプロに入ったらバント職人になった人もいます。
これは野球以外でも言えるなと思っていて、自分に合うことって必ずあるはずだから合っていないことをずっと努力するのも無駄ではないとは思うけれど、同じ努力をするなら合ってることにエネルギーを注ぐ方が良いなと思うんですよね。
だからこそ自分と向き合って何が向いているのかを動きながら色々試していくのが良いと思うんですよね。
きっとプロ野球選手も色々試行錯誤をしながら動き続けて今のポジションを獲得してると思うんですよね。
だからぼくも動くこと続けていきたいなと思っています。
この世界は1人として同じ人はいないし、だからこそ面白いんだと思う。
違いを認める
人が他人との違いを認められるようになったら、どれほど素敵な世界になるんやろうと考える事がよくあります。
理解はできなくても、自分とは違うんやなって思えたら否定したり批判しようなんて気持ちもそんなに出てこないと思うんですよね。
自分以外自分じゃないんやから全てを理解するなんておこがましいんですよね。
同じことばかり言っちゃうけれど、色んな人がいてるから世界は回っていると思えたら自分との違いを尊敬できると思うんですよね。
むすび
ひとりひとりが違いを認めて、世界はみんなの〝しごと〟や〝はたらき〟で回っていると思えたら、どんな世界になるでしょう。
1日の数秒でも良いので意識的に考えてみたらどうなるのかなと思っています。
今日も誰かのおかげでぼくは生きられています。
もちろん誰かの中には自分自身も含まれています。
いちいち感謝しようとか言わないですし、感謝って人に言われてするようなもんでもないと思います。そんな感謝は感謝でもないと思っているので自分の中から自然と湧き上がってきたら自然と有難うって言葉が出ると思っています。
最近noteで自分の脳内をダダ漏れにしているのですが、たくさんの方に読んでいただいたり、いいね押してもらったりするのが本当に有難いなと思っています。
今のところプレッシャーにはならずに、力になっているので、いつも最後まで読んでいただきまして有難うございます。
これからもどんどん書いていこうと思いますのでこれからもよろしくお願いします!
〝いろはの音〟執筆者の色波でした。
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