バーベキューとアユの塩焼き
バーベキューと、その作法
夏になると、友人たち十人ほどで集まって、すぐそこの河原でよくバーベキューをした。「した」というのは、新型感染症、自粛期間などを経ている間に、みな仕事や育児で忙しくなってしまい、なかなか集まることができなくなったためだ。
バーベキューとは、生の肉やタレに漬け込まれた肉、串に刺された肉を焼いてみなで食べ、酒を飲む行為である。僕たちは基本的に炭を使うので、微妙な火加減が難しい。そのため、良い肉は用意しない。
そこそこの肉を野外で、炭火で焼いて食えば大抵うまい。それに大酒飲みの酔っ払い連中である。木の皮や枝なんかも「絶品だぞ」などと言って与えれば、よろこんで食べる。
シンプルで充分なのだが、色々試してその過程を楽しんでもよい。
炭水化物原理主義者たちは米を炊いてみたり、焼きそばを作ったりする。自由である。好きにすればいい。冷凍のナンを焼いている者もいた。どこのコミュニティにも、炭水化物をこよなく愛する人間がいる。
バーベキューに野菜は必要ないと思っている。僕は野菜が大好きなので、よろこんで食べる。しかし、偏食家や、「バーベキューの場で野菜は食わない」という教義の元で生きる者がいるので余ってしまって困る。
大きめのフランクフルトもあるとよい。肉の場合と異なり、フランクフルトは少し「よい物」を買ってきた方がよい。エビ、イカ、ホタテなどの海鮮もよいだろう。焼きそばの具材なんかにするとおいしい。
ただ、魚だけはいけない。
魚を持ってくるのかい?
友人の1人が「道の駅で売っていた! 塩焼きにしよう」と、巨大なアユを人数分買ってきてくれた。とてもよく気が利く男だ。いくらその辺の川でアユが釣れると言っても、太っていて型がそろったものを買えば高い。
問題は、簡単に「塩焼きにしよう」などと言う、この愚かな男の浅はかさである。
塩焼きはシンプルだが非常に奥深く、難しい調理方法だ。冗談ではなく、本当においしい塩焼きはなかなか食べられない。特にアユ、イワナ、ヤマメ、マスなどの川魚は皮が薄いので繊細な焼きの技術を要する。
バーベキューは、適当に何かを焼いてもおおむねうまい。しかし、それは魚の塩焼き以外の話だ。魚の塩焼きは何かのついでではなく、それ単独で行われるべき調理方法なのだ。
しかも、アユである。ワタを出さずに焼くので、焼き加減の判断がさらに難しい。言ってみれば、魚の塩焼き界のK2冬季登頂のようなものだ。マスやイワナで華々しい結果を残すベテラン達も、アユを見ると気を失ってバタバタと倒れる。
正しい塩焼きの作法
焚き火か炭火を用いることが望ましい。残念ながらガスの火で焼いても、本当においしい塩焼きはできない。
魚に串を刺し塩を振る。焼いている間に塩分が落ちるので、少し多いかな、というくらいしっかり振る。
熾火にし、火がたまにちらと踊る程度の火加減がちょうどよい。間違ってもめらめらと燃やしてはいけない。
焚き火、もしくは炭火の周りの地面に串を刺してならべる。直火が禁止されているキャンプ場や川原も多いので、そういった場所では工夫が必要。
この時、魚と火の距離が非常に重要。最低でも20〜30cmは離す。焼くというよりあぶる。すると、ゆっくり魚の水分が蒸発し、旨味がしっかり残る。
全体が均一に焼けるよう焼き面を少しずつ動かす。焼き加減は好みだけれど、だいたい1時間くらいはかかる。なので、とても疲れる。
正しい塩焼きの食べ方
まず、焼き上がった魚を鑑賞する。焼き色や、ヒレに見られるほどよい焦げ、まるでまだ泳いでいるかのような躍動感あふれる姿を堪能する。ここで、分かっている玄人は、感動のあまり一筋の涙を流す。
続いて、その香ばしい匂いを、胸いっぱいに吸い込む。鼻腔を通り抜ける瞬間に全てを悟り、「結構なお手前です」と、感涙にむせぶ者もいる。
アユの場合、腹には濃厚なワタがあるので、まず背中側を食べる。身の甘みと豊かな風味が、塩味と混ざり合い、一口もう一口と耐え難い衝動に駆られる。
あとは、好きなように食べ進めていく。アユは頭も骨も全て食べられるが、好みもあるので身だけにしてもよい。
ワタを食べて、そのあまりの旨味の情報量により、意識を失う者も稀にいると聞く。
結局、アユを塩焼きにする
以上のようなことから、僕が塩焼きに渋い顔をしていると、件の愚かで浅はかな男が「じゃあ、おれが焼いてみるから、君たちは一杯やって待っていてくれ」などと言う。
物を知らないとは恐ろしいことである。チャレンジ精神は大事だが、準備と知識、経験が必要な時もある。世の中には、甘い考えで手を出すと、大怪我をすることがたくさんある。
数少ない常識のある友人たちも、「やめたほうがいい、飲みすぎたんじゃないか」と青い顔をして心配している。しかし、愚かで浅はかで恐れを知らない男は、すでに焼き始めようとしている。
どこのグループにも1人はいるであろう、陽気で向こう見ずな者が、「焼いてみろ、楽しみだな、わはは」と、酔っ払って木の皮や枝をかじっている。
そういった具合で、アユが焼き上がった。
恐る恐る、塩焼きを口にする。一口もう一口と耐え難い衝動に駆られる。愚かで浅はかで恐れを知らない男が、満足そうに微笑んでいる。そのあまりの旨味の情報量により、僕たちは意識を失った。