小説が面白くなるテクニックをわかりやすく解説しているすごい本があった
「もっと小説を面白く書けたらなあ…」
「もっと小説の面白さを説明できたらなあ…」
そう思うことはありませんか?私は思います。最近はもっぱら読む側ですが、好きな作品を自分の何倍も上手く解説しているブログを見るたび、悔しくてハンカチを噛んでしまいます。そのせいで私のハンカチはどれもぼろぼろです。
だけどもう大丈夫。あなたと私が泣いて喜ぶすごい本を見つけてきました。デイヴィッド・ロッジ『小説の技巧』です。
□どんな内容?
『小説の技巧』は、知る人ぞ知る小説の解説本です。あの筒井康隆さんが『創作の極意と掟』などの自著で名前を出しまくるほどの一冊です。
また、そもそも『小説の技巧』の翻訳者2名がめちゃ豪華になっています(柴田元幸さん…現代アメリカ文学の数々の名訳で有名。村上春樹さんの翻訳を手伝ったりもしてる。斎藤兆史さん…バンヴィル『コペルニクス博士』など玄人好みの作品の名訳などで有名)。小説が好きな人はとにかく必読です。
『小説の技巧』では、小説を面白くするテクニックがわかりやすく解説されています。海外の方が書いているので、海外の文学作品が例に使われてますが、作品を読んでなくても問題ないくらい、わかりやすく書かれています。
で、のっけの「書き出し」の章がさっそく面白い。この章では、名作の書き出しで使われているテクニックが解説されています。
たとえば、ジェイン・オースティン『高慢と偏見』です。
この作品の冒頭では主人公エマの美しさが描かれているのですが、その美しさの説明として、beautifulやprettyではなくhandsome、gorgeousではなくrichという単語が使われています。
どうして作者は、同じような意味なのにこれらの単語を選んだのでしょうか?
それは、これらの単語でなければいけない理由があるからです。
『高慢と偏見』は、プライドと偏見によって素直になれず、恋愛が上手くいかないことに主人公が悩む物語です。このことを念頭に置いて、冒頭で使われた単語それぞれの意味とニュアンスを見てみましょう。
・handsome…意味: 端正な顔立ち。両性具有で、男性的な「権力への意志」を表す。
・rich…意味: 富を有する。聖書などとの連想で倫理的な堕落を暗示する。
なんと、冒頭の描写で使われた単語が、その後の主人公の運命を示す「伏線」になっているのです。
気付きましたか?なんと、冒頭の描写で使われた単語が、その後の主人公の運命を示す「伏線」になっているのです。
レ、レベル高え…。思わずそう言ってしまうくらい、レベルの高えテクニックと解説が『小説の技巧』にはてんこ盛りなのです。
□自分でもやってみた
というわけで、『小説の技巧』をお手本にして、身近な作品に使われてるテクニックを読み解きます。取り上げるのは、みんな大好き、森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』です。
『小説の技巧』で「書き出し」の大切さを学んだばかりなので、『夜は短し』でも書き出しの部分に注目してみます。それでは、いってみましょう。
これは私のお話ではなく、彼女のお話である。役者に満ちたこの世界において、誰もが主役を張ろうと小狡しく立ち回るが…(中略)
大学のクラブのOBである赤川先輩が結婚することになって、内輪のお祝いが開かれるという。(中略)…ただでさえ面白くなきところ、そもそも新郎新婦ともに面識がないのだから、面白がるほうが変態だ。
『夜は短し』の書き出しで使われているのも『高慢と偏見』と同じく「登場人物の説明」のテクニックです。「登場人物の説明」は物語の基本ですが、とても難しいところでもあります。
なぜ難しいかというと、物語では「わかりやすい登場人物の説明」と「読者の感情移入のサポート」を両立する必要があるからです。たとえば、典型的にまずいやり方として、
「おれ、イヌ・ヘンドリクス!どこにでもいるただの高校生さ!」
というふうに、主人公に言葉で説明させるのはダメです。読者がその作品を作り物だと認識してしまうので、物語に入り込むことができないからです。
あくまでも物語の進行は妨げずに、けれども、わかりやすく説明することが必要なのです。
こんなの一体どないせえっちゅうねん!と思うでしょう。ところが、面白い小説はこういう無理難題を見事にクリアしているのです。先ほどの『高慢と偏見』もそうですし『夜は短し』もそうです。
では、実際に『夜は短し』の書き出しで、登場人物がどのように説明されているのか、いっしょに見てみましょう。
これは私のお話ではなく、彼女のお話である。役者に満ちたこの世界において、誰もが主役を張ろうと小狡しく立ち回るが…(中略)
まず、物語の中心人物について、語り手以外に「彼女」と示される女性がいることがわかります。こういう場合、「彼女」とは基本的に物語のヒロインを指します。
そして、重要なことですが、語り手からの視点なので、「彼女」についての情報は語り手の知る限りになります。なぜなら、人間が自分以外について知ってることは限られているからです。したがって、「物語が進むにつれて、彼女のことがより分かるようになる」というストーリーの展開が予想されます。
また、古めかしい文体から、語り手はそれなりに教養のある人物だとわかります。語彙が豊富なのは教養がある証拠です。あと、回りくどい言い回しをすることがあるので、一筋縄ではいかないめんどくさい性格なのかもしれません。
大学のクラブのOBである赤川先輩が結婚することになって、内輪のお祝いが開かれるという。(中略)…ただでさえ面白くなきところ、そもそも新郎新婦ともに面識がないのだから、面白がるほうが変態だ。
一応は身内であるらしい人物の結婚式にケチをつけるところから、斜に構えた皮肉屋らしい面が伺えます。もしくは、結婚式が嫌いなのは、彼女がいないか失恋したばかりとも考えられるので、あまり女性にもモテないタイプなのかもしれません。
いかがでしょうか?『夜は短し』は、「おれ、イヌ・ヘンドリクス!」なんてことをやらずに、登場人物について、こんなにたくさんのことを説明しています。派手ではないけれど、欠かすことのできないテクニックによって、面白い小説は作られているのですね。
□すごいぞ『小説の技巧』
読める…読めるぞ!これまでの何倍…いや、何十倍も小説が読めるようになってるじゃねえか!
なんということでしょう。へっぽこ小説ファンの私が、まさかこんな読み方ができるようになるなんて。その後、手元にある作品を片端から読み始め、明け方まで興奮はおさまりませんでした。これでもうハンカチをぼろぼろにせずとも済みそうです。
ありがとう。ロッジ先生。
みなさんもぜひ読んでみてください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?