読書感想文におすすめ!小中学生こそ読むべき太宰治! 現代語訳「畜犬談」太宰治
畜犬談
―伊馬鵜平君に与える―
太宰治
私は太宰。
犬に関して、誰よりも"自信"がある。
なんの"自信"かと言うと、
『必ず噛まれるであろう』という"自信"だ。
私は、いつかきっとこの犬に噛まれるに違いないと思っている。
その"自信"があるのだ。
これまで一度も噛まれずに生きてこれたことが不思議にさえ思える。
私は、犬については自信がある。いつの日か、かならず喰いつかれるであろうという自信である。私は、きっと噛まれるにちがいない。自信があるのである。よくぞ、きょうまで喰いつかれもせず無事に過してきたものだと不思議な気さえしているのである。
諸君!
犬は猛獣である!
馬を倒し、たまにライオンと戦って勝ったりするとかいうではないか。
あの犬の、鋭い牙を見るがよい。ただものではないのがわかるだろう。
諸君、犬は猛獣である。馬を斃し、たまさかには獅子と戦ってさえこれを征服するとかいうではないか。さもありなんと私はひとり淋しく首肯しているのだ。あの犬の、鋭い牙を見るがよい。ただものではない。
今は、あんな感じでなにも考えていないかのように振る舞い、ごみ箱なんかを覗きまわっているように見せているが、実際は馬を倒すほどの猛獣なのである。
いまは、あのように街路で無心のふうを装い、とるに足らぬもののごとくみずから卑下して、芥箱を覗のぞきまわったりなどしてみせているが、もともと馬を斃すほどの猛獣である。
いつどこで怒り狂って、その本性を出すか、わかったもんじゃはない。
犬は必ず鎖に縛りつけておくべきである。
少しの油断もあってはならないのだ。
いつなんどき、怒り狂い、その本性を暴露するか、わかったものではない。犬はかならず鎖に固くしばりつけておくべきである。少しの油断もあってはならぬ。
多くの飼い主は、自らこの恐ろしい猛獣を飼って、これに毎日エサを与えている。
まったくこの猛獣に心をゆるし、やれ「シロ」や「チビ」などと言って気軽に呼び寄せ、さながら家族の一員のようにしている。
三歳の我が子がその猛獣の耳を引っぱって大笑いしている様子を見ていると、ゾっとして、目を閉じたくなってしまう。
世の多くの飼い主は、みずから恐ろしき猛獣を養い、これに日々わずかの残飯を与えているという理由だけにて、まったくこの猛獣に心をゆるし、エスやエスやなど、気楽に呼んで、さながら家族の一員のごとく身辺に近づかしめ、三歳のわが愛子をして、その猛獣の耳をぐいと引っぱらせて大笑いしている図にいたっては、戦慄、眼を蓋わざるを得ないのである。
もし不意にワンといって噛まれたら、どうするつもりだろう。
飼い主でさえ噛むかもしれない猛獣を、放し飼いにしておくとは、どんなものであろうか。
飼い主だからといって、絶対に噛まれないというのは、愚かな迷信にすぎない。あの恐ろしい牙がある以上、必ず噛むに決まっている。決して噛まないという保証を科学的に証明できるはずはないのである。
不意に、わんといって喰いついたら、どうする気だろう。気をつけなければならぬ。飼い主でさえ、噛みつかれぬとは保証できがたい猛獣を、(飼い主だから、絶対に喰いつかれぬということは愚かな気のいい迷信にすぎない。あの恐ろしい牙のある以上、かならず噛む。けっして噛まないということは、科学的に証明できるはずはないのである)その猛獣を、放し飼いにして、往来をうろうろ徘徊させておくとは、どんなものであろうか。
去年の秋、私の友人が、ついにこの猛獣の被害にあった。
いたましい犠牲者である。
友人の話によると、友人は何もせずに横丁をぶらぶらと歩いていると、犬が道に座っていたとか。
友人は、やはり何もせず、その犬のそばを通ると、犬は横目で見ていたらしい。
何事もなく通りすぎた、と思ったら、ワンといって友人の右脚に噛みついたという。
昨年の晩秋、私の友人が、ついにこれの被害を受けた。いたましい犠牲者である。友人の話によると、友人は何もせず横丁を懐手してぶらぶら歩いていると、犬が道路上にちゃんと坐っていた。友人は、やはり何もせず、その犬の傍を通った。犬はその時、いやな横目を使ったという。何事もなく通りすぎた、とたん、わんといって右の脚に喰いついたという。
災難である。
瞬殺である。
友人は、ぼうぜんとしてしまったという。
しばらくして、くやし涙があふれてきた。
その通り、と思って私はうなずいた。
そうなってしまったら、後悔先に立たず、である。
災難である。一瞬のことである。友人は、呆然自失したという。ややあって、くやし涙が沸いて出た。さもありなん、と私は、やはり淋しく首肯している。そうなってしまったら、ほんとうに、どうしようも、ないではないか。
友人は、痛む脚をひきずって病院へ行き、手当を受けた。
それから二十一日間、病院へ通ったのである。
三週間である。
脚の傷がなおっても、体内に"キョウケンビョウ"という恐ろしい病気の毒がいるかもしれないという心配から、その予防の注射をしてもらわなければならないのである。
友人は、痛む脚をひきずって病院へ行き手当を受けた。それから二十一日間、病院へ通ったのである。三週間である。脚の傷がなおっても、体内に恐水病といういまわしい病気の毒が、あるいは注入されてあるかもしれぬという懸念から、その防毒の注射をしてもらわなければならぬのである。
飼い主に交渉するなど、気弱な友人には、とてもできないことで。じっと我慢して、おのれの不運にため息をついているだけなのである。
しかも、注射代だってけっこう高いし、余裕だってあるはずもなく、きっと困ったにちがいない。
とにかくこれは、ひどい災難である。
大災難である。
飼い主に談判するなど、その友人の弱気をもってしては、とてもできぬことである。じっと堪えて、おのれの不運に溜息ついているだけなのである。しかも、注射代などけっして安いものではなく、そのような余分の貯えは失礼ながら友人にあるはずもなく、いずれは苦しい算段をしたにちがいないので、とにかくこれは、ひどい災難である。大災難である。
うっかり注射をサボったら、"キョウケンビョウ"という、熱が出て苦しむ病気になってしまうかもしれない。
その"キョウケンビョウ"というのは、顔が犬に似てきて、四つんばいになって、ただワンワンとしか言えなくなってしまう病気らしい。
そんな怖い病気になるかもしれないということだ。
また、うっかり注射でも怠ろうものなら、恐水病といって、発熱悩乱の苦しみあって、果ては貌が犬に似てきて、四つ這いになり、ただわんわんと吠ゆるばかりだという、そんな凄惨な病気になるかもしれないということなのである。
その注射を受けた友人の心情はどんなだっただろう。さぞかし不安だっただろう。友人は苦労人で、ちゃんとしてる人だから、醜くとり乱すこともなく、一週間、いや三週間も病院に通い、注射を受け続けて、いまは元気に働いている。
でもこれが私だったら、どうだろう。
その犬、生かしておかけるだろうか。
注射を受けながらの、友人の憂慮、不安は、どんなだったろう。友人は苦労人で、ちゃんとできた人であるから、醜くとり乱すこともなく、三七、二十一日病院に通い、注射を受けて、いまは元気に立ち働いているが、もしこれが私だったら、その犬、生かしておかないだろう。
私は、人の三倍も四倍も復讐心の強い男だ。
また、そうなると人の五倍も六倍も残忍になってしまう男でもある。
だから、その犬の頭を、めちゃめちゃに壊して、目をくり抜き、ぐしゃぐしゃに噛んで、べっと吐き捨てて、それでも足りずに近所の飼っている犬をことごとく毒で殺してしまうだろう。
私は、人の三倍も四倍も復讐心の強い男なのであるから、また、そうなると人の五倍も六倍も残忍性を発揮してしまう男なのであるから、たちどころにその犬の頭蓋骨を、めちゃめちゃに粉砕し、眼玉をくり抜き、ぐしゃぐしゃに噛んで、べっと吐き捨て、それでも足りずに近所近辺の飼い犬ことごとく毒殺してしまうであろう。
こちらが何もしていないのに、突然ワンといって噛みつくとはなんという無礼者。
動物とはいえ許しがたい。動物がかわいそうだからといって、人はこれを甘やかしているからいけないのだ。
情け容赦なく一番重い罰でこらしめるべきである。
去年の秋、友人の受難を聞いて、私の飼い犬に対する日ごろの憎しみは、その限界に達した。
青い炎が燃え上がるほどの、思いつめたる憎しみである。
こちらが何もせぬのに、突然わんといって噛みつくとはなんという無礼、狂暴の仕草であろう。いかに畜生といえども許しがたい。畜生ふびんのゆえをもって、人はこれを甘やかしているからいけないのだ。容赦なく酷刑に処すべきである。昨秋、友人の遭難を聞いて、私の畜犬に対する日ごろの憎悪は、その極点に達した。青い焔が燃え上るほどの、思いつめたる憎悪である。
ことしの正月、山梨県甲府の町のはずれに小さな家を借り、こっそり隠れるように下手な小説をせっせと書いていたのである。
しかし、この甲府という町は、どこへ行っても犬がいる。とても多いのである。
ことしの正月、山梨県、甲府のまちはずれに八畳、三畳、一畳という草庵を借り、こっそり隠れるように住みこみ、下手な小説あくせく書きすすめていたのであるが、この甲府のまち、どこへ行っても犬がいる。おびただしいのである。
道ばたに、止まっていたり、寝そべったり、走ったり、牙を見せて吠えたかと思えば、空地を見つけてそこを野犬の巣のようにして、一緒に格闘の練習をしている。夜には誰もいない道を悪者グループのように大勢で風のように縦横無尽に走りまわっている。
往来に、あるいは佇み、あるいはながながと寝そべり、あるいは疾駆し、あるいは牙を光らせて吠えたて、ちょっとした空地でもあるとかならずそこは野犬の巣のごとく、組んずほぐれつ格闘の稽古にふけり、夜など無人の街路を風のごとく、野盗のごとくぞろぞろ大群をなして縦横に駈け廻っている。
甲府の家ごと、家ごと、少なくとも二匹くらいずつ飼っているのではないかと思うほど、とても多いのである。
山梨県は、もともと甲斐犬の産地として知られているようであるが、道で見かける犬の姿は、決してそんな純血種のものではない。赤いムク犬が最も多い。役に立たない駄目犬ばかりなのだ。
甲府の家ごと、家ごと、少くとも二匹くらいずつ養っているのではないかと思われるほどに、おびただしい数である。山梨県は、もともと甲斐犬の産地として知られているようであるが、街頭で見かける犬の姿は、けっしてそんな純血種のものではない。赤いムク犬が最も多い。採るところなきあさはかな駄犬ばかりである。
もう気付いている読者もいるだろうが、私は犬が嫌いである。
友人が犬に襲われた話を聞いてから、さらに犬が嫌いになった。常に気をつけていたのだが、どこの道にもこんなにたくさんの犬がいて、寝たり跳ねたりするので、用心しきれるものではなかった。
もとより私は畜犬に対しては含むところがあり、また友人の遭難以来いっそう嫌悪の念を増し、警戒おさおさ怠るものではなかったのであるが、こんなに犬がうようよいて、どこの横丁にでも跳梁し、あるいはとぐろを巻いて悠然と寝ているのでは、とても用心しきれるものでなかった。
やつらに対抗するためにこれまで大変な思いをしてきた。できることなら、すね当て、腕当て、そして兜をかぶって街を歩きたい。でも、そんな格好をしていたら、とても変であり、みんなに見られて恥ずかしい。
だから、私は別の方法をとらなければならなかった。
私はじつに苦心をした。できることなら、すね当て、こて当、かぶとをかぶって街を歩きたく思ったのである。けれども、そのような姿は、いかにも異様であり、風紀上からいっても、けっして許されるものではないのだから、私は別の手段をとらなければならぬ。
私は、真剣に、対策を考えた。私はまず犬の気持ちを研究することにした。人間については、私もいくらか知っているつもりなので、たまには人間の行動を当てることもできる。しかし、犬の気持ちとなると、それを推測することは、なかなかむずかしいのだ。
私は、まじめに、真剣に、対策を考えた。私はまず犬の心理を研究した。人間については、私もいささか心得があり、たまには的確に、あやまたず指定できたことなどもあったのであるが、犬の心理は、なかなかむずかしい。
人間にとって、言葉が気持ちを伝えるためにどれだけ重要か、それが一番の問題である。
言葉が役に立たないとすれば、お互いの動きや顔の表情を読み取るしかない。
しっぽの動きで犬の気持ちがわかるらしいが、注意して見ていても、なかなか複雑で簡単にわかるものではないのだ。
人の言葉が、犬と人との感情交流にどれだけ役立つものか、それが第一の難問である。言葉が役に立たぬとすれば、お互いの素振り、表情を読み取るよりほかにない。しっぽの動きなどは、重大である。けれども、この、しっぽの動きも、注意して見ているとなかなかに複雑で、容易に読みきれるものではない。
私は、ほとんどあきらめていた。でも、すごくろくでもない方法を考えてしまった。それは、どうしようもないときに思いついた最後の手段だった。
私は、ほとんど絶望した。そうして、はなはだ拙劣な、無能きわまる一法を案出した。あわれな窮余の一策である。
私は、とにかく犬に会ったら、顔いっぱいに笑顔を見せて、少しも悪い気持ちがないということを伝えることにした。
夜は、その笑顔が見えないかもしれないので、無邪気に童謡を口ずさんで、優しい人間だと思わせる努力をしてみることにした。
私は、とにかく、犬に出逢うと、満面に微笑を湛えて、いささかも害心のないことを示すことにした。夜は、その微笑が見えないかもしれないから、無邪気に童謡を口ずさみ、やさしい人間であることを知らせようと努めた。
この方法は、多少なり効果があったような気がする。
なぜなら、犬はまだ私に飛びかかってこない。
しかし、油断は禁物である。
犬のそばを通るときは、どんなに怖くても絶対に走ってはいけない。
ニコニコと犬に媚びるような笑顔を浮かべて、無邪気に首を振り、ゆっくり、ゆっくり通るのである。
心の中では背中に毛虫が十匹くらい這いまわっているような、窒息しそうな気持ち悪さに襲われながらも。
これらは、多少、効果があったような気がする。犬は私に、いまだ飛びかかってこない。けれどもあくまで油断は禁物である。犬の傍を通る時は、どんなに恐ろしくても、絶対に走ってはならぬ。にこにこ卑しい追従笑を浮べて、無心そうに首を振り、ゆっくり、ゆっくり、内心、背中に毛虫が十匹這っているような窒息せんばかりの悪寒にやられながらも、ゆっくりゆっくり通るのである。
こんなことをしていると、自分の卑屈さが本当に嫌になる。泣きたいほど自己嫌悪に陥るが、これをしないとすぐに噛まれる気がして、私は、すべての犬にこの馬鹿げた仕草を繰り返す。
つくづく自身の卑屈がいやになる。泣きたいほどの自己嫌悪を覚えるのであるが、これを行わないと、たちまち噛みつかれるような気がして、私は、あらゆる犬にあわれな挨拶を試みる。
髪を伸ばしていると、外国人と間違えられて吠えられるかもしれないので、あれほど嫌だった床屋にも頑張って行くことにした。
また、ステッキを持って歩くと、犬がそれを武器と勘違いして、反抗的になるかもしれないので、ステッキは永遠に使わないことにした。
髪をあまりに長く伸ばしていると、あるいはウロンの者として吠えられるかもしれないから、あれほどいやだった床屋へも精出してゆくことにした。ステッキなど持って歩くと、犬のほうで威嚇の武器と勘かんちがいして、反抗心を起すようなことがあってはならぬから、ステッキは永遠に廃棄することにした。
こうして犬のご機嫌を取っているうちに、思いがけないことが起こった。
私は、犬たちに好かれてしまったのである。
しっぽを振って、ゾロゾロと私の後を付いてくるではないか。
犬の心理を計りかねて、ただ行き当りばったり、むやみやたらに御機嫌とっているうちに、ここに意外の現象が現われた。私は、犬に好かれてしまったのである。尾を振って、ぞろぞろ後についてくる。
私は、じだんだを踏んだ。じつに皮肉なことである。
以前から心よく思っていなかった上に、最近では憎しみの限界まで達している。
その犬に好かれるくらいなら、いっそのこと死んだほうがマシである。
私は、じだんだ踏んだ。じつに皮肉である。かねがね私の、こころよからず思い、また最近にいたっては憎悪の極点にまで達している、その当の畜犬に好かれるくらいならば、いっそ私は駱駝に慕われたいほどである。
「どんなに嫌な人でも、女性なら好かれて嫌な気持ちがしない」という考えは、嫌な人に好かれることがどれほど不快で辛いかをまるでわかっていない。私には、プライドもあるし、虫が好かないこともある。それをどうしても受け入れられないことだってあるのだ。我慢ができないのである。
どんな悪女にでも、好かれて気持の悪いはずはない、というのはそれは浅薄の想定である。プライドが、虫が、どうしてもそれを許容できない場合がある。堪忍ならぬのである。
私は、犬が嫌いだ。
犬がとても凶暴で怖い猛獣だと早くからわかっていたから。
犬は、エサをもらうために、友だちを裏切ったり、妻と別れたり、自分だけ家の軒下で過ごしたりする。
忠義のふりをして昔の友だちに吠えたり、兄弟や両親をすぐに忘れたりする。
そして、飼い主の顔色を伺い、へつらうことを恥ずかしく思うこともなく、叩かれても尻尾を振っておとなしくし、家の人を笑わせる。
犬のそんないやしい心や見た目は、本当に「犬畜生」という言葉がぴったりだ。
犬は一日にほぼ40キロも楽に走れる脚力を持ち、ライオンも倒せるような鋭い牙を持っている。
なのに、おどけていやしい性格ゆえ、誇りもなく、人間の世界に従い、同じ犬同士で敵対して、顔を合わせると吠え合ったり噛み合ったりしながらも、人間の機嫌を取ろうとしている。
私は、犬をきらいなのである。早くからその狂暴の猛獣性を看破し、こころよからず思っているのである。たかだか日に一度や二度の残飯の投与にあずからんがために、友を売り、妻を離別し、おのれの身ひとつ、家の軒下に横たえ、忠義顔して、かつての友に吠え、兄弟、父母をも、けろりと忘却し、ただひたすらに飼主の顔色を伺い、阿諛追従てんとして恥じず、ぶたれても、きゃんといい尻尾まいて閉口してみせて、家人を笑わせ、その精神の卑劣、醜怪、犬畜生とはよくもいった。日に十里を楽々と走破しうる健脚を有し、獅子をも斃す白光鋭利の牙を持ちながら、懶惰無頼の腐りはてたいやしい根性をはばからず発揮し、一片の矜持なく、てもなく人間界に屈服し、隷属し、同族互いに敵視して、顔つきあわせると吠えあい、噛みあい、もって人間の御機嫌をとり結ぼうと努めている。
雀を見てみろ。
か弱い小鳥なのに何も武器を持たずに、自由に飛び周り、人間の世界とは違う小さな社会を作って、仲間と仲よくしながら、貧しい毎日を楽しんでいる。
考えれば考えるほど、犬が不潔に感じる。犬が嫌だ。なんだか自分に似ているところがあるような気がして、ますます嫌だ。どうにも我慢ができないのだ。
雀を見よ。何ひとつ武器を持たぬ繊弱の小禽ながら、自由を確保し、人間界とはまったく別個の小社会を営み、同類相親しみ、欣然日々の貧しい生活を歌い楽しんでいるではないか。思えば、思うほど、犬は不潔だ。犬はいやだ。なんだか自分に似ているところさえあるような気がして、いよいよ、いやだ。たまらないのである。
その犬が、私に尻尾を振って親愛の気持ちを表してくると、混乱というか無念というか、もう何と言いようがない気持ちになってしまう。
犬の凶暴さを怖れて過剰に媚びた笑いを振りまきながら歩いたため、犬は私を知り合《あ》いだと勘違いし、私を仲間にしやすいと判断して、このような情けない結果になったのだろう。
どんなことでも、物事には「加減」というものが大切だ。私は、いまだにその「加減」とやらの調節ができないようだ。
その犬が、私を特に好んで、尾を振って親愛の情を表明してくるに及んでは、狼狽とも、無念とも、なんとも、いいようがない。あまりに犬の猛獣性を畏敬し、買いかぶり節度もなく媚笑を撒まきちらして歩いたゆえ、犬は、かえって知己を得たものと誤解し、私を組みしやすしとみてとって、このような情ない結果に立ちいたったのであろうが、何事によらず、ものには節度が大切である。私は、いまだに、どうも、節度を知らぬ。
ある春の日。夕食の少し前に、私は近所へ散歩に出かけた。
すると、二、三匹の犬が私の後をついてきた。そのとき私は今にも足をガブリとやられるのではないかと、生きた心地がしなかった。
毎度のことなのであきらめつつ、平静を装い、ぶらりぶらりと歩いた。
今すぐにでもウサギのように逃げ出したい、という衝動を懸命に抑えながら。
早春のこと。夕食の少しまえに、私はすぐ近くの四十九聯隊の練兵場へ散歩に出て、二、三の犬が私のあとについてきて、いまにも踵をがぶりとやられはせぬかと生きた気もせず、けれども毎度のことであり、観念して無心平生を装い、ぱっと脱兎のごとく逃げたい衝動を懸命に抑え、抑え、ぶらりぶらり歩いた。
犬は私の後を追いながら、道すがら喧嘩を始めた。
私はわざと振り返らず、知らないふりをして歩いていたが、内心ではとても困っていた。
もしピストルがあれば、ためらわずにドカンと撃ちたい気持ちであった。
犬は、私が外見は仏のように見せて、内心では悪意を持っているとは知らずに、どこまでもついてくる。
犬は私についてきながら、みちみちお互いに喧嘩などはじめて、私は、わざと振りかえって見もせず、知らぬふりして歩いているのだが、内心、じつに閉口であった。ピストルでもあったなら、躊躇せずドカンドカンと射殺してしまいたい気持であった。犬は、私にそのような、外面如菩薩、内心如夜叉的の奸佞の害心があるとも知らず、どこまでもついてくる。
近所をぐるりと一周して、私はやはり犬に好かれながら帰ることとなった。
いつもは、家に帰るまでに背後の犬どもはどこかへ消えてしまうものだったが、その日は特にしつこく馴れ馴れしい一匹がいた。それは真っ黒な小犬で、非常に小さく、胴の長さは千円札と同じくらいの感じだ。しかし、小さいからといって油断はできない。歯はもうちゃんと生え揃っているはずだし、これに噛まれたら病院に三、七、二十一日間も通わなければならないだろう。
それに、このような幼い犬には常識がなく気まぐれだから、さらに用心が必要だ。
練兵場をぐるりと一廻りして、私はやはり犬に慕われながら帰途についた。家へ帰りつくまでには、背後の犬もどこかへ雲散霧消しているのが、これまでの、しきたりであったのだが、その日に限って、ひどく執拗で馴れ馴れしいのが一匹いた。真黒の、見るかげもない小犬である。ずいぶん小さい。胴の長さ五寸の感じである。けれども、小さいからといって油断はできない。歯は、すでにちゃんと生えそろっているはずである。噛まれたら病院に三、七、二十一日間通わなければならぬ。それにこのような幼少なものには常識がないから、したがって気まぐれである。いっそう用心をしなければならぬ。
小犬は私の前に行ったり後ろに戻ったりしながら、私の顔を見上げてよたよたと走り、とうとう私の家の玄関までついてきた。
「おい、変なものがついてきたよ」
「おや、かわいい」
「かわいくなんかないよ。追っ払ってくれ。手荒くすると噛みつくから、お菓子でもやって」
結局いつもの腰抜け外交が出てしまう。
小犬はすぐに私の内心の恐れを見抜き、それにつけ込んで、図々しくもそのまま私の家に住み着いてしまった。
そうしてこの犬は、三月、四月、五月、六月、七月、八月、秋風が吹き始めた現在に至るまで、私の家にいるのだ。
小犬は後になり、さきになり、私の顔を振り仰ぎ、よたよた走って、とうとう私の家の玄関まで、ついてきた。
「おい。へんなものが、ついてきたよ」
「おや、可愛い」
「可愛いもんか。追っ払ってくれ、手荒くすると喰いつくぜ、お菓子でもやって」
れいの軟弱外交である。小犬は、たちまち私の内心畏怖の情を見抜き、それにつけこみ、ずうずうしくもそれから、ずるずる私の家に住みこんでしまった。そうしてこの犬は、三月、四月、五月、六、七、八、そろそろ秋風吹きはじめてきた現在にいたるまで、私の家にいるのである。
私はこの犬に幾度となく泣かされてきた。
どうにも決着がつかないので、仕方なく「ポチ」などと呼んでいる。
しかし、半年も一緒に住んでいるのに、まだこのポチを家族の一員とは思えない。
他人のように感じるのだ。
しっくりこない。気持ちの行き違いが続いている。
お互いが相手の心理を読み合って火花を散らしながら戦っている。
だからどうしても、互いに心から笑い合うことができないのだ。
私は、この犬には、幾度泣かされたかわからない。どうにも始末ができないのである。私はしかたなく、この犬を、ポチなどと呼んでいるのであるが、半年もともに住んでいながら、いまだに私は、このポチを、一家のものとは思えない。他人の気がするのである。しっくりゆかない。不和である。お互い心理の読みあいに火花を散らして戦っている。そうしてお互い、どうしても釈然と笑いあうことができないのである。
最初にこの家にやってきた頃は、まだ子犬で、地面のアリを不思議そうに観察したり、カエルに驚いて悲鳴を上げたりしていた。
その様子には私も思わず笑ってしまうことがあり、憎いヤツではあったが、もしかしたら神様の御心でこの家に送り込まれてきたのかもしれないと思うようになり、縁の下に寝床を作ってやり、食べ物も乳幼児向けに軟らかく煮て与え、ノミ取りの薬などを体に振りかけてやったものだ。
はじめこの家にやってきたころは、まだ子供で、地べたの蟻を不審そうに観察したり、蝦蟇を恐れて悲鳴を挙げたり、その様には私も思わず失笑することがあって、憎いやつであるが、これも神様の御心によってこの家へ迷いこんでくることになったのかもしれぬと、縁の下に寝床を作ってやったし、食い物も乳幼児むきに軟らかく煮て与えてやったし、蚤取粉などからだに振りかけてやったものだ。
けれども、ひと月が経つと、もう駄目だった。
徐々に駄目犬の本領を発揮し始めたのだ。
いやしい性格で、もともとこの犬は捨てられていたのに違いない。
私が散歩から帰る時に、纏わりついてきて、その時は見る影もなく痩せこけ、毛も抜けていて、お尻の部分はほとんどハゲていた。
けれども、ひとつき経つと、もういけない。そろそろ駄犬の本領を発揮してきた。いやしい。もともと、この犬は練兵場の隅に捨てられてあったものにちがいない。私のあの散歩の帰途、私にまつわりつくようにしてついてきて、その時は、見るかげもなく痩せこけて、毛も抜けていてお尻の部分は、ほとんど全部禿ていた。
私だからこそ、こんな犬に菓子を与え、おかゆを作り、荒い言葉ひとつかけずに、腫れ物に触るかのように丁重にもてなしてあげたのだ。
他の人だったら、足で蹴って追い払ってしまったに違いない。
私のその親切心も、実は犬への愛情からではなく、犬に対する根深い憎しみと恐怖から生まれたズル賢い駆け引きにすぎない。
しかし、私のおかげでこのポチは毛並みも整い、どうにか一人前の犬に成長できたのではないか。
私だからこそ、これに菓子を与え、おかゆを作り、荒い言葉一つかけるではなし、腫れものにさわるように鄭重にもてなしてあげたのだ。ほかの人だったら、足蹴にして追い散らしてしまったにちがいない。私のそんな親切なもてなしも、内実は、犬に対する愛情からではなく、犬に対する先天的な憎悪と恐怖から発した老獪な駈け引きにすぎないのであるが、けれども私のおかげで、このポチは、毛並もととのい、どうやら一人まえの男の犬に成長することを得たのではないか。
恩を売る気は全くない。
しかし、少しくらい私にも何か楽しみを与えてくれてもよさそうに思う。
やはり捨て犬は駄目なものだ。
大食いし、食後の運動のつもりだろうか、下駄を噛みちぎり、庭に干してある洗濯物を引きずりおろしたかと思うと、泥まみれにする。
私は恩を売る気はもうとうないけれども、少しは私たちにも何か楽しみを与えてくれてもよさそうに思われるのであるが、やはり捨犬はだめなものである。大めし食って、食後の運動のつもりであろうか、下駄をおもちゃにして無残に噛み破り、庭に干してある洗濯物を要いらぬ世話して引きずりおろし、泥まみれにする。
「こういう冗談はやめておくれ。本当に困るんだ。誰が君に、こんなことを頼んだのか?今日のご飯だけじゃ足りなかったのか?下駄は旨いか?」
などと、私は内心のイラ立ちを含んだ言葉をできるだけ優しく嫌味を込めて言うこともあるが、犬はきょろりと目を動かし、嫌味を言っている私にじゃれついてくる。
なんて甘えた精神なのだろう。
この犬の図々しさには、甚だ呆れて、軽蔑さえしてしまう。
「こういう冗談はしないでおくれ。じつに、困るのだ。誰が君に、こんなことをしてくれとたのみましたか?」
と、私は、内に針を含んだ言葉を、精いっぱい優しく、いや味をきかせて言ってやることもあるのだが、犬は、きょろりと眼を動かし、いや味を言い聞かせている当の私にじゃれかかる。なんという甘ったれた精神であろう。私はこの犬の鉄面皮には、ひそかに呆れ、これを軽蔑さえしたのである。
大きくなるにつれて、この犬の無能っぷりが明らかになってきた。
まず、見た目が悪い。
幼い頃は少しは均整のとれた姿で、もしかしたら優れた血が混ざっているのかもしれないと思わせるほどだったが、それは全くの勘違いだった。
胴体だけがどんどん長くなって、手足が極端に短い。まるで亀のようで、見られたものではない。
そんなに醜い姿をして、私が外出すると必ず影のようについてきて、少年少女までが「やあ、変な犬だ」と指さして笑うこともあり、多少見栄張りの私は、どんなにすまして歩いても無駄だった。
いっそ他人のふりをしようと早足で歩いてみても、ポチは私のそばを離れず、私の顔を振り仰いではついてくるので、どうしたって二人が他人には見えるわけがない。気心の合った飼い主と犬にしか見えなかった。
おかげで私は外出するたびに、ずいぶん暗い憂鬱な気持ちにさせられた。
いい修行になったのである。
長ずるに及んで、いよいよこの犬の無能が暴露された。だいいち、形がよくない。幼少のころには、も少し形の均斉もとれていて、あるいは優れた血が雑まじっているのかもしれぬと思わせるところあったのであるが、それは真赤ないつわりであった。胴だけが、にょきにょき長く伸びて、手足がいちじるしく短い。亀のようである。見られたものでなかった。そのような醜い形をして、私が外出すればかならず影のごとくちゃんと私につき従い、少年少女までが、やあ、へんてこな犬じゃと指さして笑うこともあり、多少見栄坊の私は、いくらすまして歩いても、なんにもならなくなるのである。いっそ他人のふりをしようと早足に歩いてみても、ポチは私の傍を離れず、私の顔を振り仰ぎ振り仰ぎ、あとになり、さきになり、からみつくようにしてついてくるのだから、どうしたって二人は他人のようには見えまい。気心の合った主従としか見えまい。おかげで私は外出のたびごとに、ずいぶん暗い憂欝な気持にさせられた。いい修行になったのである。
ただ、そうしてついて歩いていたころは、まだよかった。
そのうちにいよいよ隠しいた猛獣の本性をあらわにしてきたのだ。
喧嘩を好むようになったのである。
私のお伴をして町を歩くと、出会う犬、出会う犬、すべてに挨拶して通るのである。
つまり、片っ端から喧嘩して回るのである。
ただ、そうして、ついて歩いていたころは、まだよかった。そのうちにいよいよ隠してあった猛獣の本性を暴露してきた。喧嘩格闘を好むようになったのである。私のお伴をして、まちを歩いて行きあう犬、行きあう犬、すべてに挨拶して通るのである。つまりかたっぱしから喧嘩して通るのである。
ポチは足も短く、まだ若いのに喧嘩がかなり強いようである。
空き地の犬の巣に踏みこんで、一度に五匹の犬を相手に戦ったときはさすがに危なそうだったが、巧みに身をかわしてなんとか切り抜けた。
とても自信があり、どんな犬にでも飛びかかっていく。たまに勢い負けして、吠えながらじりじり退くこともある。声が悲鳴に近くなり、真っ黒な顔が青黒くなってくる。
ポチは足も短く、若年でありながら、喧嘩は相当強いようである。空地の犬の巣に踏みこんで、一時に五匹の犬を相手に戦ったときはさすがに危く見えたが、それでも巧みに身をかわして難を避けた。非常な自信をもって、どんな犬にでも飛びかかってゆく。たまには勢負いして、吠えながらじりじり退却することもある。声が悲鳴に近くなり、真黒い顔が蒼黒くなってくる。
一度、小牛のようなシェパードに飛びかかっていったときは、私が青ざめた。結果的にはひとたまりもなかった。シェパードは前足でポチをおもちゃにして、本気で相手をしなかったので、ポチも命が助かった。
犬は、一度でもあんなひどい目に遭うと、大変意気地がなくなるらしい。ポチは、それから目に見えて、喧嘩を避けるようになった。
私は喧嘩が好きではない。いや、好きではないどころか、街中で野獣のような争いを放置しているのは、文明国の恥辱だと信じている。
あの耳を聾するような犬のけんけんごうごう、きゃんきゃんという野蛮なわめき声には、殺してもなお足りないほどの強い怒りと憎しみを感じている。
いちど小牛のようなシェパアドに飛びかかっていって、あのときは、私が蒼くなった。はたして、ひとたまりもなかった。前足でころころポチをおもちゃにして、本気につきあってくれなかったのでポチも命が助かった。犬は、いちどあんなひどいめに逢うと、大へん意気地がなくなるものらしい。ポチは、それからは眼に見えて、喧嘩を避けるようになった。それに私は、喧嘩を好まず、否、好まぬどころではない、往来で野獣の組打ちを放置し許容しているなどは、文明国の恥辱と信じているので、かの耳を聾せんばかりのけんけんごうごう、きゃんきゃんの犬の野蛮のわめき声には、殺してもなおあき足らない憤怒と憎悪を感じているのである。
私はポチを愛していない。
むしろ恐れ、憎んでいる。少しも愛していない。死んでくれたらと思っている。
ポチは私についてきて、それが飼い主に従う義務だとでも思っているのか、道で出会う犬、出会う犬に必ず激しく吠えかかる。そのたび、私は主人としてどれほど恐怖に震えているか。車を止めて、ドアをバタンと閉じ、一目散に逃げ去りたい気持ちになる。
犬同士の喧嘩で済むならまだいいが、もし相手の犬が錯乱して、ポチの主人である私に飛びかかってきたら、どうする?それがないとは言い切れない。
彼らは血に飢えた猛獣だ。
何をするかわからない。私は無惨にも噛み裂かれ、三、七、二十一日間病院に通わなければならない。犬の喧嘩は、まさに地獄だ。私は機会があるたびにポチにこう言い聞かせてきた。
私はポチを愛してはいない。恐れ、憎んでこそいるが、みじんも愛しては、いない。死んでくれたらいいと思っている。私にのこのこついてきて、何かそれが飼われているものの義務とでも思っているのか、途で逢う犬、逢う犬、かならず凄惨に吠えあって、主人としての私は、そのときどんなに恐怖にわななき震えていることか。自動車呼びとめて、それに乗ってドアをばたんと閉じ、一目散に逃げ去りたい気持なのである。犬同士の組打ちで終るべきものなら、まだしも、もし敵の犬が血迷って、ポチの主人の私に飛びかかってくるようなことがあったら、どうする。ないとは言わせぬ。血に飢えたる猛獣である。何をするか、わかったものでない。私はむごたらしく噛み裂かれ、三、七、二十一日間病院に通わなければならぬ。犬の喧嘩は、地獄である。私は、機会あるごとにポチに言い聞かせた。
「ポチ、喧嘩をしては、いけないよ。喧嘩するなら、僕から離れたところでしてもらいたい。僕は、おまえなんか好きじゃないんだから。」
「喧嘩しては、いけないよ。喧嘩するなら、僕からはるか離れたところで、してもらいたい。僕は、おまえを好いてはいないんだ」
少しポチにもわかるらしいのである。そう言われると多少しょげて見せるのだ。なおのこと私は犬を、薄気味わるいものに思った。その私の繰り返し繰り返し言った忠告が効を奏したのか、あるいは、かのシェパードとの一戦にぶざまな惨敗を喫したせいか、ポチは、卑屈なほど、ひ弱な態度をとりはじめた。私といっしょに道を歩いて、他の犬がポチに吠えかけると、ポチは、
「ああ、いやだ、いやだ。野蛮ですねえ」
と言わんばかり、ひたすら私の気に入られようと上品ぶって、ぶるっと胴を震わせたり、相手の犬を、「しかたのないやつだね」とさもさも憐れむように流し目で見たりしている。そうして、私の顔色を伺い、へっへっへっと卑しくご機嫌取りをするかのような態度は、いやらしいったらなかった。
「一つも、いいところないじゃないか、こいつは。ひとの顔色ばかり伺っていやがる」
「あなたが、あまり、変に構うからですよ」と、家内は、はじめからポチに無関心であった。
洗濯物など汚されたときはぶつぶつ言うが、あとはケロリとして、ポチポチと呼んで、めしを食わせたりなどしている。
「ポチの本性が無くなっちゃったんじゃないかしら」と笑っている。
「飼い主に、似てきたというわけかね」と皮肉を言い、私は、いよいよ、嫌な気持ちになった。
少し、ポチにもわかるらしいのである。そう言われると多少しょげる。いよいよ私は犬を、薄気味わるいものに思った。その私の繰り返し繰り返し言った忠告が効を奏したのか、あるいは、かのシェパアドとの一戦にぶざまな惨敗を喫したせいか、ポチは、卑屈なほど柔弱な態度をとりはじめた。私といっしょに路を歩いて、他の犬がポチに吠えかけると、ポチは、
「ああ、いやだ、いやだ。野蛮ですねえ」
と言わんばかり、ひたすら私の気に入られようと上品ぶって、ぶるっと胴震いさせたり、相手の犬を、しかたのないやつだね、とさもさも憐れむように流し目で見て、そうして、私の顔色を伺い、へっへっへっと卑しい追従笑いするかのごとく、その様子のいやらしいったらなかった。
「一つも、いいところないじゃないか、こいつは。ひとの顔色ばかり伺っていやがる」
「あなたが、あまり、へんにかまうからですよ」家内は、はじめからポチに無関心であった。洗濯物など汚されたときはぶつぶつ言うが、あとはけろりとして、ポチポチと呼んで、めしを食わせたりなどしている。「性格が破産しちゃったんじゃないかしら」と笑っている。
「飼い主に、似てきたというわけかね」私は、いよいよ、にがにがしく思った。
七月に入り、状況が変わった。私たちは、やっと、東京の三鷹で建てている小さな家を見つけることができ、家ができ次第、月24円で借りることにした。それで少しずつ引っ越しの準備をはじめたのだ。家ができあがると、家主から知らせが来ることになっていた。ポチはもちろん、そこには連れて行かずに置いてゆくつもりだったのである。
七月にはいって、異変が起った。私たちは、やっと、東京の三鷹村に、建築最中の小さい家を見つけることができて、それの完成しだい、一か月二十四円で貸してもらえるように、家主と契約の証書交して、そろそろ移転の仕度をはじめた。家ができ上ると、家主から速達で通知が来ることになっていたのである。ポチは、もちろん、捨ててゆかれることになっていたのである。
「連れていったって、いいのに」
家内は、やはりポチをあまり問題にしていない。どちらでもいいのである。
「だめだ。僕は、可愛いから養っているんじゃないんだよ。犬に復讐されるのが、こわいから、しかたなくそっとしておいてやっているのだ。わからんかね」
「でも、ちょっとポチが見えなくなると、ポチはどこ行った、どこ行った、と大騒ぎするじゃないの」
「いなくなると、いっそう薄気味が悪いからさ、僕に隠れて、ひそかに仲間を集めているのかもしれない。あいつは、僕に軽蔑されていることを知っているんだ。復讐心が強いそうだからなあ、犬は」
いまこそ絶好の機会であると思っていた。この犬をこのまま忘れたふりして、ここへ置いて、さっさと汽車に乗って東京へ行ってしまえば、まさか犬も、笹子峠を越えて三鷹まで追いかけてくることはなかろう。
私たちは、ポチを捨てたのではない。まったくうっかりして連れてゆくことを忘れたのである。罪にはならない。またポチに恨まれる筋合もない。復讐される理由いもない。
「連れていったって、いいのに」家内は、やはりポチをあまり問題にしていない。どちらでもいいのである。
「だめだ。僕は、可愛いから養っているんじゃないんだよ。犬に復讐されるのが、こわいから、しかたなくそっとしておいてやっているのだ。わからんかね」
「でも、ちょっとポチが見えなくなると、ポチはどこへ行ったろう、どこへ行ったろう、と大騒ぎじゃないの」
「いなくなると、いっそう薄気味が悪いからさ、僕に隠れて、ひそかに同志を糾合しているのかもわからない。あいつは、僕に軽蔑されていることを知っているんだ。復讐心が強いそうだからなあ、犬は」
いまこそ絶好の機会であると思っていた。この犬をこのまま忘れたふりして、ここへ置いて、さっさと汽車に乗って東京へ行ってしまえば、まさか犬も、笹子峠を越えて三鷹村まで追いかけてくることはなかろう。私たちは、ポチを捨てたのではない。まったくうっかりして連れてゆくことを忘れたのである。罪にはならない。またポチに恨まれる筋合もない。復讐されるわけはない。
「だいじょうぶだろうね。置いていったりしてお腹空いたり、寂しくなったりしないだろうね。あまりに寂しくて死んじゃったら、祟りということもあるからね」
「大丈夫ですよ、ウサギじゃあるまいし。もともと、捨て犬だったんですもの」と家内も少し不安になった様子である。と思う。
「そうだね。飢え死にすることはないだろう。なんとか、うまくやってゆくだろう。あんな犬、東京へ連れていったら、僕は友人に対して恥ずかしくてたまらない。胴が長過ぎるし、みっともない」
「だいじょうぶだろうね。置いていっても、飢え死するようなことはないだろうね。死霊の祟りということもあるからね」
「もともと、捨犬だったんですもの」家内も、少し不安になった様子である。
「そうだね。飢え死することはないだろう。なんとか、うまくやってゆくだろう。あんな犬、東京へ連れていったんじゃ、僕は友人に対して恥ずかしいんだ。胴が長すぎる。みっともないねえ」
ポチは、やはり置いて行かれることになった。
するとここで異変が起きた。
ポチが皮膚病にやられたのである。これがまた酷いのだ。さすがに形容はしないが、惨状、眼をそむけるものがあった。おりからの炎天下とともに、ただならぬ悪臭を放つようになったのだ。
すると家内が、まいってしまって、「ご近所に悪いわ。殺してください」
女は、こうなると男よりも冷酷で、度胸がいい。
「殺すのか・・・」私は、ギョっとした。
「殺すのは、もう少し待った方がいいんじゃないか」
私たちは、三鷹の家主からの速達を一心に待っていた。七月末には、できるでしょうという家主の言葉であったのだが、七月もそろそろおしまいになりかけて、今日か明日かと、引越しの荷物をまとめて待機していたのであったが、なかなか、通知が来ないのである。問いあわせの手紙を出したりなどしている時に、ポチの皮膚病が始まったのである。
ポチは、やはり置いてゆかれることに、確定した。すると、ここに異変が起った。ポチが、皮膚病にやられちゃった。これが、またひどいのである。さすがに形容をはばかるが、惨状、眼をそむけしむるものがあったのである。おりからの炎熱とともに、ただならぬ悪臭を放つようになった。こんどは家内が、まいってしまった。
「ご近所にわるいわ。殺してください」女は、こうなると男よりも冷酷で、度胸がいい。
「殺すのか」私は、ぎょっとした。「もう少しの我慢じゃないか」
私たちは、三鷹の家主からの速達を一心に待っていた。七月末には、できるでしょうという家主の言葉であったのだが、七月もそろそろおしまいになりかけて、きょうか明日かと、引越しの荷物もまとめてしまって待機していたのであったが、なかなか、通知が来ないのである。問いあわせの手紙を出したりなどしている時に、ポチの皮膚病がはじまったのである。
見れば見るほど、極めて痛ましい状態である。
ポチも、今はさすがに自分の醜い姿を恥じている様子で、暗闇の場所を好むようになり、たまに玄関の日当りがいい敷石の上でぐったり寝そべっていることもある。
私がそれを見つけて、「わあ、ひでえなあ」と激しくののしると、急いで立ち上がり首を下げ、困ったようにこそこそと縁の下にもぐりこんでしまうのである。
それでも私が外出するときには、どこからともなく足音を忍ばせて私についてこようとする。
こんな化け物みたいなものに、ついてこられてたまるものかと、その都度、私は、黙ってポチを見つめてやる。
軽蔑の笑いをはっきり口元に浮かべて、いくらでもポチを見つめてやる。
これは大変効き目があった。ポチは、自分の醜い姿をハッと思い出したかのように、首を下げ、しおしおとどこかへ姿を隠す。
見れば、見るほど、酸鼻の極である。ポチも、いまはさすがに、おのれの醜い姿を恥じている様子で、とかく暗闇の場所を好むようになり、たまに玄関の日当りのいい敷石の上で、ぐったり寝そべっていることがあっても、私が、それを見つけて、
「わあ、ひでえなあ」と罵倒すると、いそいで立ち上って首を垂れ、閉口したようにこそこそ縁の下にもぐりこんでしまうのである。
それでも私が外出するときには、どこからともなく足音忍ばせて出てきて、私についてこようとする。こんな化け物みたいなものに、ついてこられて、たまるものか、とその都度、私は、だまってポチを見つめてやる。あざけりの笑いを口角にまざまざと浮べて、なんぼでも、ポチを見つめてやる。これは大へんききめがあった。ポチは、おのれの醜い姿にハッと思い当る様子で、首を垂れ、しおしおどこかへ姿を隠す。
家内は、ときどき私にこう話す。
「とっても我慢ができないの。私まで痒くなって。なるべく見ないように努めているんだけれど、一度見ちゃったら、もうだめね。夢の中にまで出てくるんだもの」
「まあ、もうすこしの我慢だ」
我慢するしかないと思った。
たとえ病んでいるとはいっても、相手は一種の猛獣である。下手に触ったら噛みつかれる。
「明日にでも、三鷹から返事が来るだろう、引越してしまったら、それっきりじゃないか」
「とっても、我慢ができないの。私まで、むず痒くなって」家内は、ときどき私に相談する。「なるべく見ないように努めているんだけれど、いちど見ちゃったら、もうだめね。夢の中にまで出てくるんだもの」
「まあ、もうすこしの我慢だ」我慢するよりほかはないと思った。たとえ病んでいるとはいっても、相手は一種の猛獣である。下手に触ったら噛みつかれる。「明日にでも、三鷹から、返事が来るだろう、引越してしまったら、それっきりじゃないか」
三鷹の家主から返事が来た。読んで、がっかりした。
雨が降り続いて壁が乾かず、また人手不足で完成までには、あと10日くらいかかる見込みだというのであった。うんざりした。ポチから逃がれるためだけでも、早く引越しをしてしまいたかったのだ。
三鷹の家主から返事が来た。読んで、がっかりした。雨が降りつづいて壁が乾かず、また人手も不足で完成までには、もう十日くらいかかる見こみ、というのであった。うんざりした。ポチから逃のがれるためだけでも、早く、引越してしまいたかったのだ。
私は、変にイライラした気持ちになって、仕事も手につかず、雑誌を読んだり、酒を呑んだりした。ポチの皮膚病は日に日に酷くなっていき、私の皮膚までもがなんだか痒くなってきた。深夜、外でポチが、バタバタと痒さに悶えている物音に、何度ゾっとさせられたかわからない。いっそひと思いに、狂暴な発作に駆られることも、しばしばあった。
私は、へんな焦躁感で、仕事も手につかず、雑誌を読んだり、酒を呑んだりした。ポチの皮膚病は一日一日ひどくなっていって、私の皮膚も、なんだか、しきりに痒くなってきた。深夜、戸外でポチが、ばたばたばた痒さに身悶えしている物音に、幾度ぞっとさせられたかわからない。たまらない気がした。いっそひと思いにと、狂暴な発作に駆かられることも、しばしばあった。
家主から「さらに20日待て」と手紙が届いた。
私のモヤモヤした苛立ちが、身近なポチに向けられた。
「こいつのせいで、すべてがうまくいかないのだ」と、何もかも悪いことは皆ポチのせいのように考えてしまい、奇妙にポチを呪うようになった。
ある夜、私の寝巻に犬の蚤が付ついていることを発見したとき、それまで堪えに堪えてきた怒りが爆発し、私はひそかに重大な決意をした。
殺そうと思ったのである。
家主からは、さらに二十日待て、と手紙が来て、私のごちゃごちゃの忿懣が、たちまち手近のポチに結びついて、こいつあるがために、このように諸事円滑にすすまないのだ、と何もかも悪いことは皆、ポチのせいみたいに考えられ、奇妙にポチを呪咀し、ある夜、私の寝巻に犬の蚤が伝播されてあることを発見するに及んで、ついにそれまで堪えに堪えてきた怒りが爆発し、私はひそかに重大の決意をした。
殺そうと思ったのである。
相手は恐ろしい猛獣である。
普段の私なら、こんな乱暴な判断は、逆立ちをしても思いつかないだろうが、山梨の甲府という盆地特有の酷暑で、少し頭が変になっていた矢先であったし、また、毎日何もせず、ただポカンと家主からの速達を待っていて、死ぬほど退屈な日々を過ごしていた、ムシャクシャやイライラ、そして、おまけに不眠も手伝って発狂状態だったのだからしようがない。
その犬の蚤を発見した夜、直ちに家内に牛肉の塊を買いに行かせ、私は薬局に行き、ある種の薬品を少量買ってきた。
これで用意はできた。家内は少なからず興奮していた。
私たち鬼夫婦は、その夜、密かに小声で計画をたてた。
相手は恐るべき猛獣である。常の私だったら、こんな乱暴な決意は、逆立ちしたってなしえなかったところのものなのであったが、盆地特有の酷暑で、少しへんになっていた矢先であったし、また、毎日、何もせず、ただぽかんと家主からの速達を待っていて、死ぬほど退屈な日々を送って、むしゃくしゃいらいら、おまけに不眠も手伝って発狂状態であったのだから、たまらない。その犬の蚤を発見した夜、ただちに家内をして牛肉の大片を買いに走らせ、私は、薬屋に行きある種の薬品を少量、買い求めた。これで用意はできた。家内は少なからず興奮していた。私たち鬼夫婦は、その夜、鳩首して小声で相談した。
翌朝四時に私は起きた。
目覚時計を掛けておいたのであるが、それが鳴る前に眼が覚めてしまった。
朝空が白々と明けていた。肌寒いほどであった。
私は竹の皮包に肉を入れて外へ出た。
「最期まで見ていないですぐお帰りになるといいわ」
家内は玄関に立って私を見送り、落ち着いていた。
「わかってる。ポチ、来い!」
ポチは尻尾を振って縁の下から出てきた。
「来い、来い!」私は、さっさと歩きだした。
今日は、あんな意地悪くポチの姿を見つめるようなことはしない。ポチも自身の醜さを忘れて、いそいそと私についてきた。
霧が深い。街はひっそりと眠っている。
私は、原っぱへ急いだ。途中、恐しく大きな赤毛の犬が、ポチに向って猛烈に吠えたてた。ポチは、例によって上品ぶった態度を示し、何を騒いでいるのかね、とでも言いたげに軽蔑した目をチラリとその赤毛の犬にくれただけで、さっさとその犬の眼の前を通過した。赤毛は、卑怯である。ポチの背後から、風のごとく襲いかかり、ポチの寒しげな股間を狙った。ポチは、とっさにくるりと振り向いたが、ちょっと躊躇し、私の顔色をそっと伺った。
「やれ!」私は大声で命令した。
「赤毛は卑怯だ! 思う存分やれ!」
ゆるしが出たのでポチは、ぶるんと一つ大きく胴震いして、弾丸のごとく赤犬のふところに飛びこんだ。たちまち、喧々囂々、二匹は一つの手毬みたいになって、格闘した。赤毛は、ポチの倍ほども大きい図体をしていたが、駄目だった。ほどなく、キャンキャンと悲鳴を挙げて敗退した。おまけにポチの皮膚病までうつされたかもわからない。バカな奴だ。
翌る朝、四時に私は起きた。目覚時計を掛けておいたのであるが、それの鳴りださぬうちに、眼が覚めてしまった。しらじらと明けていた。肌寒いほどであった。私は竹の皮包をさげて外へ出た。
「おしまいまで見ていないですぐお帰りになるといいわ」家内は玄関の式台に立って見送り、落ち着いていた。
「心得ている。ポチ、来い!」
ポチは尾を振って縁の下から出てきた。
「来い、来い!」私は、さっさと歩きだした。きょうは、あんな、意地悪くポチの姿を見つめるようなことはしないので、ポチも自身の醜さを忘れて、いそいそ私についてきた。霧が深い。まちはひっそり眠っている。私は、練兵場へいそいだ。途中、おそろしく大きい赤毛の犬が、ポチに向って猛烈に吠えたてた。ポチは、れいによって上品ぶった態度を示し、何を騒いでいるのかね、とでも言いたげな蔑視をちらとその赤毛の犬にくれただけで、さっさとその面前を通過した。赤毛は、卑劣である。無法にもポチの背後から、風のごとく襲いかかり、ポチの寒しげな睾丸をねらった。ポチは、咄嗟にくるりと向きなおったが、ちょっと躊躇し、私の顔色をそっと伺った。
「やれ!」私は大声で命令した。
「赤毛は卑怯だ! 思う存分やれ!」
ゆるしが出たのでポチは、ぶるんと一つ大きく胴震いして、弾丸のごとく赤犬のふところに飛びこんだ。たちまち、けんけんごうごう、二匹は一つの手毬みたいになって、格闘した。赤毛は、ポチの倍ほども大きい図体をしていたが、だめであった。ほどなく、きゃんきゃん悲鳴を挙げて敗退した。おまけにポチの皮膚病までうつされたかもわからない。ばかなやつだ。
喧嘩が終わり、私はホッとした。
文字通り手に汗して眺めていたのである。
一時は二匹の犬の格闘に巻きこまれて、私も共に死ぬような気さえしていた。
お前は噛み殺されたっていいんだ。ポチよ、思う存分、喧嘩をしろ!と異様に力んでいたのであった。
ポチは、逃げてゆく赤毛を少し追いかけ、立ちどまって私の顔色をチラリと伺い、急にしょげて、首を下げすごすご私の方へ引き返してきた。
「よし! 強いぞ」と、褒めてやり、私は歩きだし、橋をカタカタと渡った。ここはもう原っぱである。
喧嘩が終って、私は、ほっとした。文字どおり手に汗して眺めていたのである。一時は二匹の犬の格闘に巻きこまれて、私もともに死ぬるような気さえしていた。おれは噛み殺されたっていいんだ。ポチよ、思う存分、喧嘩をしろ! と異様に力んでいたのであった。ポチは、逃げてゆく赤毛を少し追いかけ、立ちどまって、私の顔色をちらと伺い、きゅうにしょげて、首を垂れすごすご私のほうへ引返してきた。
「よし! 強いぞ」ほめてやって私は歩きだし、橋をかたかた渡って、ここはもう練兵場である。
昔、ポチは、この原っぱに捨てられていた。だから今、また、この原っぱへ帰ってきたのだ。
おまえの故郷で死ぬがよい。
私は立ち止まり、「ポチ、喰え」と言って、ボトりと牛肉の塊を足もとへ落とした。
私はポチを見たくなかった。ぼんやりそこに立ったまま、ペチャペチャと食べている音を聞いている。
一分経たぬうちに死ぬはずだ。
むかしポチは、この練兵場に捨てられた。だからいま、また、この練兵場へ帰ってきたのだ。おまえのふるさとで死ぬがよい。
私は立ちどまり、ぼとりと牛肉の大片を私の足もとへ落として、
「ポチ、食え」私はポチを見たくなかった。ぼんやりそこに立ったまま、「ポチ、食え」足もとで、ぺちゃぺちゃ食べている音がする。一分たたぬうちに死ぬはずだ。
しばらく経って、私は重い足取りで猫背になり乍ら、ノロノロと歩いていた。
霧が辺りを深く包み込み、ほんの近くの山が、ぼんやりと黒い影を落としていた。南アルプスも、富士山も、まるで存在を消しるようだった。
朝露で下駄がびしょ濡れである。
私はいっそう深く背中を丸め、重い足取りで帰路についた。
橋を渡り、中学校の前まで来て、ふと後ろを振り向くと、
ポチが立っていた。
私はすぐに事態を把握した。
薬品が効かなかったのである。
申し訳なさそうに首を下げ、健気に私の視線をそっとそらすポチ。
それはまるで「僕も一緒に帰ってもいい?」と言わんばかりだった。
私は、うなずきながら全てを理解し、最初からやり直す覚悟をして、家へ帰った。
家に着くなり、今まで心に閊えていたものが外れたかのように言葉が湧いて出た。
「駄目だった。薬が効かなかった。でも、これは運命かもしれない。ポチを許してやろう。あいつに罪なんか無かったんだ。僕ら芸術家たるものは、弱き者の味方であるべきなんだ!」
私はさらに続けた。
「弱者の友こそが芸術家の原点。これが出発点で、最高の目的なんだ。こんな単純なことを忘れていた。いや、僕だけじゃない、皆が忘れてるんだ!」
「ポチを東京へ連れて行こうと思う。誰かがポチの姿を笑ったら、容赦なくぶん殴ってやる。」
と、興奮して語る私に、家内は戸惑いの表情を浮かべていた。
「卵はあるかい?ポチに全部やろう。皮膚病なんて、愛があればすぐ直るさ!」
家内は困惑しながらも、微笑みを浮かべていた。
「ええ、卵はありますよ。でも、本当にいいんですか?」
「当然だよ、新しい人生の始まりじゃないか。ポチと一緒に、僕たちも変わるんだ!」
すると、ポチもあまりの嬉しさに興奮し、私に飛びかかるや否や、
私をガブリと噛んでいた。
私は猫背になって、のろのろ歩いた。霧が深い。ほんのちかくの山が、ぼんやり黒く見えるだけだ。南アルプス連峰も、富士山も、何も見えない。朝露で、下駄がびしょぬれである。私はいっそうひどい猫背になって、のろのろ帰途についた。橋を渡り、中学校のまえまで来て、振り向くとポチが、ちゃんといた。面目なげに、首を垂れ、私の視線をそっとそらした。
私も、もう大人である。いたずらな感傷はなかった。すぐ事態を察知した。薬品が効かなかったのだ。うなずいて、もうすでに私は、白紙還元である。家へ帰って、
「だめだよ。薬が効かないのだ。ゆるしてやろうよ。あいつには、罪がなかったんだぜ。芸術家は、もともと弱い者の味方だったはずなんだ」私は、途中で考えてきたことをそのまま言ってみた。「弱者の友なんだ。芸術家にとって、これが出発で、また最高の目的なんだ。こんな単純なこと、僕は忘れていた。僕だけじゃない。みんなが、忘れているんだ。僕は、ポチを東京へ連れてゆこうと思うよ。友がもしポチの恰好を笑ったら、ぶん殴ってやる。卵あるかい?」
「ええ」家内は、浮かぬ顔をしていた。
「ポチにやれ、二つあるなら、二つやれ。おまえも我慢しろ。皮膚病なんてのは、すぐなおるよ」
「ええ」家内は、やはり浮かぬ顔をしていた。