コロナ禍で「夜の街」を翻弄したのは誰か?~甲賀香織著『日本水商売協会』~
新型コロナウイルス(COVID-19)による世界的混乱から少しは落ち着きを取り戻しつつある2022年、各分野における2020年の発生当初の状況について冷静な報告がされるようになった。
甲賀香織著『日本水商売協会ーコロナ禍の「夜の街」を支えて』(ちくま新書、2022年。以下、本書)は、一時「感染源」などと悪いレッテルを貼られた「夜の街」の当時の状況を伝えるものである(本稿では「日本水商売協会」の説明を割愛します。是非本書を読んでください)。
しかし、単なる「夜の街」のルポではない。
それは書き出しからもわかる。
何を働きかけたのか?
『休業支援制度の対象から接待飲食業や性風俗に従事する人々は除外され』(P19)たことを撤回し対象にしてほしい、ということだ。
本書はコロナ禍で「夜の街」が社会から如何に差別されたかを伝えている……と言いたいところだが、そんな単純なものではない。
「今までも支給していないのだから、今回も支給しない」
つまり、コロナ発生以前からずぅっと「夜の街」は差別されていたのだ。
『その理由は、公序良俗に反するためという主旨だった』(P19)
これは「夜の街」だけでなく、パチンコやライブハウスなども「風俗業」として支給対象から外れていたことからも、如何に「公序良俗」という曖昧な言葉が都合良く使われていたかわかる。
さて、何故「日本水商売協会」が自民党に働きかけすることになったのか?
上記加藤厚労相の発言に対して批判を受けた菅義偉官房長官(当時)が、4月6日の衆議院決算行政監視委員会で「要領の見直しを検討したい」と述べたが、著者は『この時点で自民党は困っていたようだ』(P21)と振り返る。
この事情に「政の面倒さ」の一端が垣間見える。
「助けて欲しい」側と「助ける口実を必要とする」側、『双方の利害が一致』(P21)した結果が冒頭の要望書の提出につながるが、それは助ける側が拘った「体裁」が保たれたことを意味するわけで、それはこういう事情によるものだったという。
こうして2020年5月4日、スッタモンダ(詳細は是非本書で)ありながらも「新型コロナウイルス感染症に係る資金繰り対策の対象事業者の拡大」が決まり、『「バー、キャバレー、ナイトクラブ」を含むすべての業種にも適用されると改訂された』(P33)。
「資金繰り対策」とは、一つは中小企業庁の資金繰り支援(貸付・保証)制度である「セーフティネット保障」。
もう一つは政府系金融機関・信用保証協会による融資・保証。
しかし、『すべての業種にも適用される』はずなのに、巧妙に「付帯事項」が明記されている。
またもや「公序良俗」である。
曖昧な言葉が、如何に『都合が良い』かがわかる。
この文言に対し、著者はこう記している。
そういった思惑を抱えながらも、どうにか2020年5月15日より『風俗営業(接待飲食業等)への制度融資が開始された』(P35)。
しかし、政府が"お達し"を出しても、すぐに現場が対応できるとは限らない。
実際『その後も「接待飲食業だから」という理由で申請を突き返される事態は続いた』(P36)という。
この件を読んで「さすが"お役所"だなぁ」と思ったのだが、ふと、そうではないような気になった。
事実、実際の運用で不都合が生じれば『その度に、自民党の柴山(昌彦)政調会長代理(当時)が金融機関への調整を行ってくださった』(P36)そうだ。
金融機関が「接待飲食業だから」と申請を突き返すのは、確かに、初期のコロナ禍の混乱で"お達し"が行き届かなかったのも理由の一つかもしれないが、もしかしたら、それ以上に金融機関の現場は「批判」を恐れたのではないだろうか?
誰からの「批判」か?
もちろん、「善良な一般市民」である。
確かに政治家・官僚は、自らが「風営法」に則って認可しているはずの「接待飲食業等」に対し「公序良俗」を持ち出し可能な限り排除しようとする、「ダブルスタンダード」である。
だが、我々「善良な一般市民」だって、日常的に「接待飲食業等」を利用しながら(本書によると、2019年の警視庁発表によれば接待飲食業営業の許可数は全国のコンビニの店舗数より多く、日本フードサービス協会が発表した2018年の市場規模は2兆円を超えているのだという)、「水商売」を差別的に見るという、「ダブルスタンダード」ではないのか。
実際コロナ禍において、客である一般市民が元々持っていたであろう「水商売」の人々への理不尽で横暴な差別意識が、「夜の街」という言葉によって醜いほど露呈する。
その「夜の街」に対する差別意識は、「自粛要請に従わない新宿・歌舞伎町の接待飲食業での感染拡大」報道によって、正当化されるに至った。
上述した「金融機関の現場」が恐れたのは、実際に融資を受けている「水商売」の人(や報道)を見た「善良な一般市民」からの、「なぜ(要請を無視する)"夜の街"のヤツらに金を貸すんだ!」という「正義」のクレームではなかったか。
実際にクレームがあったか否かではなく、とにかく、金融機関の現場は「クレームの可能性そのもの」を恐れたのではないか?
東京都は「善良な一般市民」の「正義」に乗じて、『感染防止の観点から店名を公表することもありえる』(P44)という「見せしめ的恫喝」(*註)によって、「要請という名の強制」を公然化しようとした。
そのやり方には大きな疑義があるものの、未知のCOVID-19で世界中が大混乱の渦中にあった当時としては、「23区・26市・5町・8村に住む1400万人の全都民を平等に守る」という「東京都の大義」からの発言であることは、ある程度理解できなくもない。
だからこそ、「23区・26市・5町・8村」の首長たちによる、各々の住民たちへの細かいケアが重要となる。
新宿区は『「夜の街」を守る』という方針を明確にしたのである。
2020年6月5日付で吉住区長から出されたコメントの後半部分を引用する。
小池東京都知事の『夜の街関連、とりわけ新宿エリアにおける飲食、接客業関係者が多いという報告を受けている』という発言の裏には、『新宿区長が情報の保護を宣言してから、ホストたちは検査に協力するようになった』事情が隠されていたことになる。
区長の言葉を信じて指示に従った「夜の街」の人々とは対照的に、『濃厚接触者への検査を行うことで、一時的に感染者数が増えたように見えるかも知れませんが、感染症対策を進め、結果的に早期の収束を目指します』と前置きした上で『感染された方の人権への配慮をお願い申し上げます』と名指しで要請された当の『報道機関』は、区長の要請を無視し、「夜の街」を「要請に従わない」と殊更悪者に仕立て上げたのではなかったか。
そして、その報道を見た「善良な」東京都民を含む全一般市民は、「正義」の名のもとに、「夜の街」に対する「内なる差別意識」を正当化するに至った……というのは、言い過ぎだろうか?
ちなみに、上述した新宿区の対応について、関なおみ著『保健所の「コロナ戦記」 TOKYO2020-2021』(光文社新書、2021年)では、こう伝えている。
新宿区はコロナ初期からしっかりと対応しており、それが「新宿区で陽性者が多い」という誤解につながってしまっていたのなら残念だ(そうなら、誤解させたのは上述のとおり小池東京都知事とマスコミではないだろうか)。
ところで…
「資金繰り対策の対象事業者の拡大」は、先述したように『自民党が(「日本水商売協会」の)民意を受けて動いた形』で実施されたのだが、そういう経緯を辿ったのは『「支援を平等に」と訴える組織の要望書は野党に流れ、自民党宛てに届けられたものはなかった』からである。
……あれ?
本書は自民党に要請した協会が書いたものだから触れられていない(と思う)が、『野党に流れ』たはずの『「支援を平等に」と訴える組織の要望書』はどうなったのだろう?
『自民党宛てに届けられたものはなかった』という『(「日本水商売協会」以外の)組織の要望書』は、野党によって、きっちり対処されたものと信じたい……
*註「見せしめ的恫喝」という表現にしたのは、グローバルダイニング社(以下、グ社)が東京都に対して起こした訴訟において、2022年5月16日に東京地裁が「見せしめ」という訴えを退けたため。
東京地裁は東京都がグ社に出した営業時間短縮命令に対し「特に必要と認められず、違法」とした一方、「都知事に過失があるとまでは言えない」として原告側請求を棄却(グ社は即日控訴)。(同日JIJI.COM報道より)
「内なる差別意識」の正当化は「夜の街」に対してだけではない↓