ページを捲って世界のホテルに泊まる~浦一也著『旅はゲストルームⅢ』~

コロナ禍でなくても、海外はおろか国内旅行でさえ腰が重く、いざ旅へ出掛けてもお酒を飲むのが主目的の私としては、寝に帰るだけのホテルに出費しようとは思わず、かと言って40歳を超えたあたりからカプセルホテルやドミトリーが辛くなってきて……と、結局は、リーズナブルなビジネスホテルをチョイスすることになってしまう。

そんな私が(いや、そんな私だからこそ)最近、ある本を家のベッドに寝そべったままパラパラと捲って、うっとり、ニンマリしているのである。

その本が、世界のホテルの部屋を上から俯瞰した見取り図が掲載されている、浦一也著『旅はゲストルームⅢ』(光文社知恵の森文庫、2021年。以下、本書)である。

本書に掲載された見取り図が、とにかくスゴイ。
著者が仕事や旅行で宿泊した部屋を自ら描写したもので、丁寧に水彩絵の具で彩色されている。
それだけでなく、あちこちには細かい数字が書き込まれている。
これがなんと、建築家である著者自身が、持参のレーザー距離計とメジャーで実測した寸法で、本書の見取り図は一部を除き50分の1のスケールで描かれている。
つまり、ドアの開閉方向まで描かれたこの見取り図を見れば、部屋の広さからベッドやソファ、バスタブ等々の大きさが正確に把握でき、だからこそ、そこで自分がどう寛ぐのかも容易に想像できるのである。

しかも見取り図は、そのホテルのレターヘッドに描かれており、従って、そのホテルの「売り」「特徴」まで窺い知ることができるのである。

たとえば、かのナポレオンの戦争も経験したというドイツ・レーゲンスブルクにある「ホテル・オルフェ・フーシュハウス」のレターヘッドにはナポレオンが描かれている。
これもドイツのホテルだが、ベルリンにある「グリムス・ポツダム・プランツ」は…

グリムスとは何のことかと思っていたら、グリム兄弟のことでありました。
なるほどレターヘッドも「カエルの王様」。

見ると、見取り図の右下に、王冠を頭に乗せたカエルが描かれている。


もちろん見取り図だけではなく、ホテルを主とする建築家・インテリアデザイナーである著者から見たホテルの印象も数々紹介されている。
ベトナム・ハノイにある1901年創業の老舗ホテル「メトロポール」の内装は、こう書かれている。

飾り卓にデスク照明が並ぶ客室廊下は、設備点検扉まで厚い南洋材の木でできていて重厚。装飾もほとんど全艶。ブラケットランプだけが並ぶより風情がある。
ここのウイングは各室バルコニー付き。部屋の天井高は3mを超え、天上ファンがコロニアル建築らしくけだるく回る。ドレ―パリー・カーテンなどウインドウ・トリートメントは正統。キーこそカードキーになっていたが、木のドンディス・サイン(ゲストルームの外側に下げるDon't Disturbサイン)は大きい。家具の把手など建築金物もいろいろ面白い。手の跡を感じる。ベッド足元には小ぶりのカウチ。(略)
比較的新しく改装されたバスルームにはFRP(繊維強化プラスチック)の大きなタブと一面の鏡。アメニティはエルメス。ワードローブもそうだが、カフェカーテン付きの両開きドアがフランス的。
オールドホテルを隅々まで楽しんだ。


日本の旅館も紹介されているのだが、変わり種としては、本書のサブタイトル「測って描いた世界のホテル ときどき寝台列車」にあるように、世界の寝台列車もいくつか紹介されている(ちなみに、著者がプロジェクトに関わったという日本の寝台列車「TWILIGHT EXPRESS 瑞風みずかぜ」(JR西日本)も紹介されている)。
南アフリカを走る、その名も「ザ・ブルートレイン」では、昼間は収納されているベッドを乗務員がセッティングする様子を特別に見せてもらったそうで…

屈強な乗務員が壁にあいた穴に、持ってきたスチールパイプのベッド脚をねじ込み(!)壁を倒すと、ベッドが手品のように現れる。(略)中にベッドが現れるスチール製のがっちりした機構が隠されているが、ベッドメイクが終了すると何事もなかったように寝室に変わる。その間約3分。ベッドの脚を持ってくるというのが傑作だが、乗務員はちょっとドヤ顔。


寝そべったままパラパラ捲っていて、南アフリカ・プレトリアにある「イリュリア・ハウス」について書かれた箇所にこんな記述を見つけて、何故か嬉しくなってしまう。

エントランスロビーもフロントオフィスもないような薄暗い空間。お婆さんと、執事のような黒人のお爺さんの二人が、にこやかに出迎えてくれる。
『ドライビング・ミス・デイジー』というアメリカ映画があったが、あれを彷彿とさせるお二人。オーナーらしきそのお婆さんは「あらやだ、Wi-Fiのパスワード、わかんなくなっちゃったわ。誰かー」という調子なのだ。モーガン・フリーマンみたいなお爺さんは、ロゴ入りのレターペーパーがないと言うと、パソコンで10分もかけ、笑顔でレターヘッド入りのペーパーを作ってくれた。

無事定年を迎えた暁には、(海外でなくても構わないので)こんな宿でノンビリ数日過ごしてみようと、今から楽しみに想いを馳せながら、私は本を閉じ眠りにつくのである。



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