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【書評】ウロボロスの偽書

奇書。

「匣」がドグラマグラや虚無への供物、黒死館と並び四大奇書と評されているが、
偽書がその並びにあった方がしっくりくるように思う。

現実(現実とされているもの)、別視点の現実、
全くの虚構とされているもの達が、
どんどんその境界を分け入り判然としない混沌へと進み、何が事実で何が絵空事かわからないまま物語は徐々に加速発展し、
ザ・ミステリ的最終舞台をあつらえ、
読者は生煮えのカタストロフで溜飲をどこに流し込めばいいのかわからなくなる。

アンチミステリというジャンルなのと、
作者が終盤作中で語るが、
いわゆるミステリ的体裁をとっていながら、
その読感を期待すると肩透かしをくらう。

完全とは言えない敢えてな伏線回収に、
とはいえ割と知りたかった一部の答え合わせに、
読後は爽快感ではなく、
快楽と疑問と、
後悔と喜びと、怒りなんかが、
グルグルと頭の周りを渦巻いて、
最後のあとかぎのあとがきまで読み終えて、
あぁこの小説は終わったと、
自分では手がつけられなくなった自由研究を強引に終える時のような、無理くり結論を急いだような、怪奇や後味を下に残して、
しばし頭上を見上げ呆けてしまう。

目の前に憮然と叩き売りされている幾重もの謎。
その答えが、
知りたくて知りたくてしょうがなくなり、
合わせ鏡のなかに映る像の中から、
一つの実像を探ろうとするように、
それがまったく糠に釘、暖簾に腕押しで、
蟻地獄に足を取られ、
当たり前にあるはずだった光景が、
徐々にその実像を失っていく。

それが、
そんな混然の物語が、
面白くて仕方なく、
読者は必死になって結末に目を血走らせる。

おや、
と現実と虚構の掛け違いに気づいた時には、
もう両足を雁字搦めに掴まれている。

匣を数段、作者趣味によせ、
一層も二層も多層的に、
作者自身や実在する人物を登場させることで、
この物語の世界は、
純然たる混沌を現出させる。
(現出という言葉は的確では無いかもしれないが)

とにかく、
一筋縄ではいかない一筋縄となった話で、
ウロボロス、メビウスの輪、
解けない知恵の輪のような物語。

崇め奉る事も違うし、
しょうもない馬鹿話だと突き放すのも違う。

この話に最適な位置どりがわからない。

ただただ面白い話というそれだけが真理。

一度読んで、
ここでしか味わえない、
竹本ワールドを体感して欲しい。

頭がバグり散らかるかもしれないが、
そこはそれ……

ps.
大分予備知識があった方が楽しめる小説。
プルースト、プロレス、量子力学、思考実験、数学、井上ひさしの文章読本、etc...

大学でも出ていれば割とすんなり理解できるのだろうか。

浅学故序盤はだいぶもたついたが、
そんな僕のようなのでも、
面白さはわかるし、最後まで読み進めることができた。

たぶん完全に理解しなくてもいいし、
完全に理解することなんておそらく出来ない。
降参したわけではなく、
する必要がこの小説には無いのだと思う。

混沌を混沌として受け止めて、
遠巻きから眺める野次馬のような感覚で、
真に受けず、でも能動的に、
読み進めるのが、
ちょうどいい距離感だと個人的に感じた。

竹本作品初見は匣の中の失楽をおすすめします。僕もそうされたし、その方が読みやすいです。

21.01.11.

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