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屋上の少女

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記事一覧

子守稲荷

 むかし、子守稲荷と呼ばれる、お稲荷様があった。

 とある村の外れ、人気のない山の中、真っ赤な鳥居が何十と連なるその先に、ひっそりと立つお稲荷さま。

 そこに子供を連れて行けば、親の代わりに子供を育ててくれるという。早い話が、知る人ぞ知る子供を捨てる場所だった。

 ただし、子供を捨てた親は二度とそのお稲荷さまの鳥居をくぐってはならない。くぐったが最後、この世界には戻ってこれないとされた。

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エピローグ

月曜日。翔太はいつも通り、弁当を持って階段を上っていた。

 昨日の日曜日は雨が降り、今日は屋上で昼食を食べれないのではと心配したが、打って変わって今日は快晴。雲ひとつないと言っていい天気で、気温も高め。今日の部活の練習は熱いだろうなと今から少し緊張する。

 階段を登り切り、一応掃除用具入れの裏を確認したところ、やはりそこに鍵はない。少しだけ笑ってから、翔太は屋上に続く扉に手をかける。ドアノブを

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11 居場所

落ち着いてから、翔太と楓は一緒に女将さんのところへお礼をいいに行った。

 聞くと、翔太が風呂に入っている間、楓も女将さんとお話をしていたらしい。その時翔太と同じように旅行に来た敬意を尋ねられ、理由を交えながら楓はお話ししたという。

 女将さんに話す前は、翔太に自分の過去を離すべきかどうか迷っていたそうだ。しかし、女将さんに話した後、やはりここまでしてくれたのだからお礼をしなければならないと思い

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10 りゆう

女将さんが扉の前に立つのと、扉がノックされる音が聞こえたのは同時だった。女将さんは一度だけ翔太のほうを確認するように視線を投げかけてくる。翔太は目元をぬぐい、鼻をすすってから然りとうなずいた。女将さんは少し笑ってから、扉をゆっくりと開けた。

 そこには、風呂からあがり、浴衣に着替え、ガラスのコップと麦茶の入ったポットを手に持った楓の姿があった。湿った髪の毛は、後ろで縛ってポニーテールにしてある。

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九 理由

楓が泣き出してからのあとは、大変だったと言わざるを得ない。

 まず、何事かと思った周りの大人たちが集まってきた。

 大人たちの手を借りて楓をレストハウスまで連れていくことは出来たのだが、そこからが大変だった。楓がどうしていきなり泣き出したのかを大人たちに質問され、それがわからないから答えあぐねていると、そのうち自分たちはどうしてここにいるのか尋ねられた。どう考えても、金曜日に高校生二人がこんな

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八 涙

降りた駅は、無人の小さな駅だった。

 線路の数も一本で、周りに人家も見当たらない。線路に沿うように国道が走っており、車が忘れたころに通り過ぎていく。

 ホームに立って線路のほうを向くと、その向こう側に湖が広がっている。湖は山を背景にするように広がっており、水面は青空を映してきらきらと輝いている。

 その風景に翔太は感動を覚える。すこしひんやりした風がほほをなで、心地よい開放感を感じる。このま

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七 二人旅

楓を誘ったその日、翔太は家に帰って急いで荷造りをしていた。旅行の時に使うスポーツバッグを引っ張り出し、中に着替えなどを詰めていく。

 山へと行くことに決めた翔太は、楓にいつ行きたいかを尋ねた。山に視線を向けたまま、楓は無表情で答えた。

「できるだけ、すぐに」

「なら、明日の朝出発しよう」

 明日は金曜日。学校はあるが、今の翔太にはあまり気にならなかった。見えない力は翔太の背中を押し続け、多

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六 山へ

どうしてこうなってしまったのかは分からない。

 部活が始まる前に、良平と二人で着替えて時とは考えられないほど落ち込んで、翔太はロッカーから着替えを取りだす。

 いきなり行われた入部テスト。結果は一セット取ったものの三セットあんなに取られ敗北。一セット取れて入るが、内容としてはかなりの実力差があった。

「終わった人は解散ね。今日はまだ仮入部期間だから、全員相手するにはちょっと時間が厳しいのよ」

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五 入部テスト

その日の放課後、翔太はいつも通り部活へと向かった。更衣室をあけると、良平が一足先に着替えているところに出くわす。

「よお、翔太やんか」

「よ、良平」

 だいぶ慣れてきたこともあり軽く挨拶をかわす。翔太も荷物の中から着替えを取り出して、着替え始めた。

「さて、いよいよ明日は登録日やな。翔太結局どないするん?」

 良平にはまだ卓球部に入ろうと思っていることを教えていない。初めて仮入部に来た時

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四 できつつある日常

入学してから三週間もすると、新しい環境にも慣れ、学校には日常というありきたりな空気が流れ始める。

 翔太にとっても、それは当てはまることだった。

 クラスでは依然友人はいない。たまにクラスメイトとかわす言葉も、事務的な者しかなかった。

 それでも翔太は、学校で居場所を見つけつつあった。

 昼食の時間になれば屋上へ行き、楓と一緒に弁当を広げる。相変わらず会話は少なく、座る距離もすこし縮んだだ

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三 部活動

 春というのは、部活動においての勧誘の時期である。

 学校の掲示板などには新入生歓迎の文字が書かれた勧誘のポスターが貼られ、下校時刻には一人でも多くの新入生を自分の部活動に引っ張っていこうと待ち構える上級生の姿が見える。熱心な部などは、昼の休み時間などに、校内の廊下を部の宣伝をしながら歩くところもあるほどだ。

 そんな勧誘の嵐の中、部活動に入らないと決めている翔太は何とか下校しようと毎日四苦八

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二 視線の先

 次の日以降も、翔太は屋上へと行き続けた。

 楓はそこにいつもいたし、いつも一人で昼食を取っていた。

 翔太が行くと必ずこちらを無言で見るのだが、楓から声をかけてくることはなかった。昼食を取っていいか翔太が訪ね、楓が無言で首肯する。そんなお決まりのパターンで、お昼の時間はいつも始まった。

 初めのほうはおどおどして何も話しかけられなかった翔太だったが、楓と知り合って早一週間。その間にかわした

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一 出会い

  少女は、屋上に座り込み、昼食をとっていた。

 髪の毛は長く、おそらく背中の中ほどまで伸びている。翔太の立っている位置からは、少女の横顔しか見えなかったが、日本人にしては高めの鼻と大きめの目から、整った顔立ちであることが容易に知れた。

 しかし、それは翔太が今まで見てきた「かわいい」という顔とはどこか違っていた。今にも消えてしまいそうな、触れば崩れてしまいそうな、そんな繊細な雰囲気が彼女の周

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プロローグ 屋上にて

  桜が満開の時期を終え、散りだした頃。

 相田翔太は、弁当を手に学校の階段を屋上に向かって上っていた。

 新学期が始まって今日は五日目。クラスではまだ緊張した空気が漂いつつも、新しい友人や環境に適応しようとする雰囲気が漂っている。昼の昼食時間でも、近い席の生徒同士で昼食をとる生徒の姿が見えるようになっていた。

 そんな中、翔太は一人階段を上り続ける。

 屋上に続く扉には鍵がかかっていて生

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