【感想】きみのお金は誰のため
時代の転換点に生きているのかもしれない。少し胸がザワつき、今まで習ってきたこと、身体に染みついていることは何なんだろうかと問いただしたくなる。読後はそんな気分になった本。
ただ不思議な気持ちやネガティブだけじゃない、新たな扉が開きそうな手ごたえも感じることが出来る素敵な本でした。
読者が選ぶビジネス書グランプリ2024に輝いたのは本当に納得の一冊です。
自分にとってお金とは
皆さんはお金とはなんだろうかと考えたことはあるでしょうか。私ははっきりとは無いのが実情でした。
主人公である優斗、一緒に学ぶ七海、そしてお金の正体を教えてくれるボス。3人が出会ったとき、ボスは目の前に1億円を積む。そしてこう言う。
「こんなもんに価値があるわけやない。もっと大事なものがあるんや。君らみたいな子どもは、社会も愛も知らんのやろうな」と。
1億円もの大金をしょせんは10キロの紙切れだと言うボスの言葉は読み進めていながら考えても全く分からない。
そして「多くの人がお金のために働き、お金に感謝する年収が高ければえらいと思い、貯金が多ければ幸せやと感じる。生活を支えるのはお金やと勘違いして、いつしかお金の奴隷に成り下がるんや」と言い放たれて、私自身もハッとする。
確かに現状なんで働いているかと言われると自己成長や単純に面白いかどうかの側面も大きいけど、生活するためでもあるなと思っている。年収をべら棒に上げたいとは願っていないけど、高いことに越したことはないと思っているし、貯金が多少ある方が安心感があるのも事実だと私は思う。
この感覚はお金の奴隷になっているのだろうか。
ボスは言う。
「一、お金自体に価値がない
二、お金で解決できる問題はない
三、みんなでお金を貯めても意味が無い」
優斗と七海同様全く答えが出せそうな無い、問いなのだ。
私にとってお金とは何かということも答えられなければ、お金の正体も分からないのが現状だと改めて感じました。
経世済民という言葉を知っているだろうか
私たちは経済という言葉をしょっちゅう聞くし使っている。この言葉は実は略語だったとご存じの方はどれくらいいるでしょうか。
経済は経世済民、世をおさめて民をすくう
経済の本来はみんなが協力して働いてみんなが幸せになることを言うそう。全くではないけども、イメージと異なる人も多いのではないでしょうか。私は少なくとも経世済民という概念から来た言葉には感じませんでした。
それは現代が資本主義経済に生きているからかもしれないとふと思う。資本主義の定義は色々あるけど、分かりやすいのはコテンラジオ流の「資本主義」を分析がある。
市場経済を前提として成り立っている
市場経済上では、市場にとってよしとされる行動にのみ報酬・インセンティブが発生する仕組みになっている
期待値が定量化される。
資本が資本を産む
経済成長と生産人口が比例する
資本主義はシステムではなく「OSとして」機能している
※詳しくはこちら→https://fukuoka-leapup.jp/biz/202201.421
資本主義経済では市場にすべての商品が並び、市場とやり取りする上で生活が成り立っているのが実情でしょう。市場とやり取りするにはお金が必要になるので、生活を考えるだけでまずはお金が必要になる。
さらにお金を分配してくれる市場経済は「社会にとって良い、自分にとって良い、という評価軸でヒトや事業や会社を評価するよりも、市場で評価されやすいかどうか、が優先されやすくなってしまった」という部分も持っている。
これは経世済民 = みんなが協力して働いてみんなが幸せになることとは程遠い世界に感じるからお金の奴隷になっていくのだと私は感じたのだ。
1億2000万人のイス取りゲーム
本の中に100人の国の問題があった。皆さんは答えられるだろうか?
答えは1つでは無いと思うが、正解は「大災害が起きたこと」つまりは今までパンは200個作れていたのが、ある時から100個しか作れなくなった。なので価格が高騰したのだ。これにお金を配ってしまうとみんながパンを求めてお金を吊り上げるから更なる高騰にも繋がる・・。
どこかでも聞ける話のようですね。
お金がえらいと思っている人たちは「さらにお金を配れ」と叫び、真実を知っている人は壊れた工場を直す。
お金に価値が無く、えらくもなんとも無いというのがよく分かるエピソードである。
そして私たちの身近にある問題、年金問題も同じ構造だとボスが教えてくれた。お金が足りないからなんとかしないと破綻すると考えがちだけど、少子化によって労働力が足りないんだというのが事実であった。お金を求めたら老人と若者がパンを奪い合う未来しか待っていない。
今の日本も間違いなく人口が減っていき、労働力が落ちる。そうなると物が足りなくなり、値段が上がっていく。お金を持っている人はまだ踏ん張れるけど、そうじゃない人からイスから落ちていく。
1億2000万人のイス取りゲームの幕開けだ。
世界は贈与でできている
イス取りゲームをしないためには、経済は経世済民、世をおさめて民をすくうということを理解することである。
僕らはお金が存在していない時代は物々交換をしていた。でも欲しいものが一致しないときに交換出来ないのは不遇で、それを埋めるためにお金という道具を手に入れた。交換しかしらなかったら、何も起きないのだ。
例えば私が欲しいものをあなたにお金を支払って貰うとする。ただお金を取っ払うと贈与と同じ流れが成立している。お金というのは贈与を強制的に促しているツールなのだ。
私たちは市場経済で長く暮らしてしまっているからお金という道具を使い、アウトソーシングすることに慣れてしまったのかもしれないなと感じます。お金を払えば解決出来る問題が豊かになりすぎて、なんでも出来るので、市場にすぐアウトソーシングしてしまうのだと思うんです。
だからお金がえらく感じてしまう。
でもお金を取っ払ってみると、一人ひとりが誰かの問題を解決しているから社会が成り立っていることが見える。
人とつながり、町を元気にするコミュニティナースのような世界が私たちは理解して、取り込んでいかないといけないのかもしれない。
世界は贈与でできているのだ。
今自分に出来ること、そしてお金の向こうにいる人たちを想い、手触り感のある人生を過ごすこと。これをどれだけ考えて生きていけるか。
時代の転換点にいることを改めて感じ、「経済は経世済民、世をおさめて民をすくう」を実現できるように生きていきたい。
そんなことを想わせてくれた本でした。