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【感想】『#真相をお話しします』

誰もが影響力者になれる時代。その光と影を描く――。

私は最近、とある衝撃的な本に出会った。結城真一郎『#真相をお話しします』。平成生まれの作家として初めて日本推理作家協会賞を受賞した短編「#拡散希望」を含む短編集です。読み終えた今、私の中で何かが大きく揺り動かされているんです。

「またすごい作家に出会ってしまった」

そう、心の中でつぶやかずにはいられなかった。

600枚の原稿用紙から始まった物語

結城真一郎という作家を皆さんご存じでしたでしょうか。私は恥ずかしながら全くしりませんでした。少し調べてみると、彼の創作は中学生時代からすごかったです。

卒業文集に『バトル・ロワイアル』のパロディ作品を書き上げたそうなんですが、その量なんと原稿用紙600枚。それが同級生や保護者に大ウケしたそう。その後は「いつか小説家になる」「本気出したらすごいものが書ける」と思っているだけで何もしなかったようですが、大学在学中に同級生の辻堂ゆめさんが先にデビューしたことに触発され、自身も本気でプロ作家を目指されたようです。

私も小学生の頃、似たような妄想をしていた身として、才能と熱量は本当に羨ましく思います。「いつか小説家になる」という漠然とした夢を抱きながら、実際には何も行動に移せなかった日々でしたが、結城氏は違った。

大学時代、同級生の辻堂ゆめが先にデビューしたことをきっかけに、その思いを具現化していく。夢想家から実践者へ。その転換点に立ち会えなかったことが、今になって少し悔やまれる。

2018年、『名もなき星の哀歌』でデビューを果たし、そして2021年、「#拡散希望」で日本推理作家協会賞を受賞。その軌跡は、才能と努力が結実した証だろう。

背筋がゾクゾクする5つの物語

本書に収められた5つの短編は、どれも現代社会の闇を鮮やかに切り取っている。特に表題作「#拡散希望」は、圧巻の一言に尽きる。

田舎町を舞台に、田舎町へ移住してきて、楽しく過ごして少年たちの物語。これだけ聞くと、よくある「夢追い」の物語のように思えるかもしれない。しかし、結城氏の筆致は我々の予想を軽々と超えていく。

過去と現在が交錯する重層的な構造。その中で明かされる真実は、あまりにも残酷で、だけど現代の人の感情を聞くと、理に適っている気もする。「収益化のためなら何でもあり」という現代の歪んだ価値観を、子どもたちの純粋さを利用し、残虐性を子供たち目線からだけで描き切った手腕は見事としか言いようがない。

個人的に印象的だったのは、物語の途中で登場する「迷惑系YouTuber」たち。後で分かることだし、一瞬のシーンだが、彼らの存在は、まるで物語に投げ込まれた爆弾のようなものだなと感じた。迷惑系と自分たちのコンテンツを作って出している側とは異なる立場のように感じるが、配信者側の抱える闇と重ね合わせることで、小さいがより深い物語の層を形成していくような感じがした。

私は読みながら、何度も「まさか」と思った。でも、それは「あり得ない」という意味の「まさか」ではなく、「こんな現実があるかもしれない」という恐れを伴う「まさか」だった。それは私たちの社会に潜む、見たくない現実への予感かもしれない。

なぜ今、この作品なのか

最近、私は小説から遠ざかっていた。ビジネス書や歴史書ばかりを読む日々。効率や実用性を求めるあまり、文学が持つ力を忘れかけていたのかもしれない。

しかし、この本に出会って思い出した。小説には、現実を映し出す鏡としての力がある。それも、ノンフィクションにはない形で。データや事実の羅列ではなく、人間の心の機微を通して社会の真実を照らし出す。それこそが文学の力なのだ。

結城氏は、SNS時代の闇を容赦なく描きながら、どこか人間の救済可能性も匂わせている。それは決して明るい希望ではないかもしれない。でも、闇の中にいるからこそ見える光があるのだ。その光は、時として私たちの目を眩ませ、心を揺さぶる。

私は本書を読みながら、自分のSNSとの関わり方も考えずにはいられなかった。「いいね」を押す指先の向こうで、どんな物語が紡がれているのか。私たちは本当に、その真実を知ろうとしているのだろうかと少し立ち止まって考えるキッカケになった。

最後に

私は今、後悔している。なぜもっと早くこの作家を知らなかったのかと。でも、その後悔すら楽しい。なぜなら、これから彼の作品をどんどん読めるからだ。『名もなき星の哀歌』も、すでに本棚で私を待っています。

まだ読んでいない方、ぜひ手に取ってみてください。そして、読み終わった後は、きっとあなたも誰かに「この本、すごかったよ」と伝えたくなるそんな本です。

生涯の中でもきっと忘れない作品です。小説を読まなくなった方も、この機会にぜひ。結城真一郎という新しい才能の登場に、きっと心を揺さぶられるはずです。

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