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地に足つけたい時は、梅仕事

# 46 書き手:アケル

 5月は頭がかんかんする。学生の頃からこの季節はめっぽう弱く、通学もままならない日々を過ごしてきた。

 大人になってから、ようやく自分のリズムで生活できるようになったのと、季節の作物で保存食を作るようになってから、5月病の苦しい時期を乗り越えることができるようになってきた。



 体と頭のバランスを整えるには、いわゆる“グラウンディング”と言われている方法でネットに情報が出ている。

 坐禅を組んで瞑想したり、裸足で土の上を歩いたり様々な方法があるが、ぼくの場合はこれが保存食作りなのだ。結構馬鹿にしたもんじゃない。


 現代ではほとんどの人が脳を使いすぎていて、体のバランスはとれていない。ぼくはその上、人からしたら空想といわれるような、目に見えない存在と暮らしている。

 楽しい奴らだが、やはり長時間話をすると頭が疲れてくる。

 

 保存食作りは嗅覚と触覚、味覚が強く刺激され、現実に引き戻してくれる。

 つやつやとした作物に包丁を入れたり手で強く揉み込むと、掌に香りが移る。

 それは甘かったり酸っぱかったりだけでなく、物によっては青味やえぐみもある。

 それらを茹でたり塩や砂糖、オイルで漬け込まれしんなり柔らかになっていく。   

 1〜2時間、時には半日かけて。

 居候のイマジナリーフレンド達と時折話をしながら作り上げる。


 5月から梅雨に入るまでは、梅仕事だ。

 今日はその作業を書こうと思う。


1:剪定、梅の実を採る

 我が家の梅の木は老木ながら、毎年梅の実が成る。

今年は花も多く満開だった。

 梢を見上げれば、今年は一段と丸く大きな梅の実が沢山成っていた。ただ、一向に落ちてこない。箒で枝を揺らしても実は枝にくっついたままだ。

 しかも、付いたままの実が段々日に焼けたり虫に齧られ始めた。

 とうとう梯子を使って、剪定しながら梅の実を採ることにした。


 梅の実ごと新しく伸びた枝を剪定する。

 本当は優しく落としたいところだ。地面に落ちて割れてしまうと保存に向かない。

 ただ今回は、梅干しを一握り、後は梅シロップと甘味噌、カリカリのはちみつ梅にしてしまおうと思う。

 梅干し以外は実を割ったり削ったりしてもいい保存食にするので、集めた梅はほとんど使うことにする。


 屋根ほどの高さの梯子に登るのは、本当は怖い。

 運動は好きだが、高いところは苦手なのだ。

 登りきったものの、頭がグラグラして鋏を持ったまま固まってしまった。しばらく固まっていると、下から声がかかった。

『太ももでピシャッと梯子を挟め。臍の下に力入れればグラグラせんよ』

「タツ」

 見下ろすと、いつもは自分よりも上にある頭が下にある。その顔を見てると、高さはあまり気にならなくなった。タツの言った通りに下半身に力を入れて、パチパチと鋏を入れる。

「あんがと」

『気張れや』

 偉そうな物言いだが、こうした時のタツの言葉はためになる。



 結構な量の梅が採れたが、カメムシによって穴が空いたり、黒点のついた実が多い。

 無事な梅は梅干しに、残りは悪くなったところを取って、カリカリ梅の蜂蜜漬けにしようと思った。


※こちらのレシピを参考にしました。


2:あく抜き→実を割る


 アク抜きのために梅を水にさらす。ぽこぽこと水に浮かんだ梅は、そのままでは食べられないとわかっていても、齧ってしまいたくなる。


 というか、実際齧ってみた。

(生梅は青酸配糖体アミグダリンという物質が含まれているため、鳥や小動物から食べられることがない。とはいえ、大人でも300、子どもでも100粒食べて影響が出るくらいなので、ほんの少し齧る程度なら問題ない)



『うえ…おれ、これ無理だ』
「無理すんな。吐き出せ」
 眉を顰めるクレオの横で、

『まぁ食えなくはないのぅ』
「殊更人に勧めるもんではないけどな」
『マジで…?これだから野生児二人は…』
「野生児差別だぞおい!」

 毒というよりもただ酸っぱいだけで美味しくないから、動物は食べないのかもしれない。


 アク抜きした梅に包丁を入れて割る。

 しかし種が取れない。包丁で種の周りを削って、果肉をジプロックに入れる。その繰り返しだ。
  クレオもタツゴロウも体はないから、手伝えないことも多い。ただ、作るまで共に居てくれたり、味や作業に一言添えてくれることで捗ることも大きい。

 “作業してる時はなるべく側で見ていて欲しい”と約束してあるので、二人とも見ている横でひたすら梅を割る。

 梅の香りが漂って手元に集中していくうちに、時を忘れて没頭できた。

『ん…?まだ終わってないんか?』

 隣の椅子でタツが伸びをした。ぼくとクレオが真剣に作業している間、こいつはうたた寝していたようだ。

 時計を見ると2時間ほど経過していた。

「もう少しなんだけどさ。タネが固くて外れないんだよ」

『スプーンで削れるって言ってたんだけどねぇ』

タツは眠そうな半開きの目でぼくたちの様子をじっと見て、ぼそっと言った。

『これ、種くっつけたまんまにして、食う時齧って外したらええんやない?』

「……」『……』

「なんで残り4粒で言うんだよ!」
『なんじゃい!?』

※ちなみに生梅の毒は種に多く含まれています。レシピでは3日ですが、種ごと漬ける場合はもう少し長く漬けこんでみたほうがいいかもしれません。

 ややテンションが下がったものの、残りの作業は速かった。

 梅の重さを測ると500g、全量の10%の塩をまぶして漬け置く。

 本当は重石をして1時間、その後はちみつに漬け込むが、この日は仕事があって、重石はせずに1日漬け置くことにした。




3:塩漬け→はちみつ漬け


 次の日。塩に漬けた梅は水が出て、しんなりしていた。まだ固く、鮮やかな緑が残る。

 ペーパータオルできゅっと絞ると、あっという間に水気がとれていく。

「カリカリした食感は、水気をしっかりとることだってさ」

『もう食えんの?』

 再び味見。

「カリカリ梅だ!」

『はあ〜、塩っ辛ぁ〜』

『これが…カリカリ梅かぁ。おれにはよく分からないや』

 クレオはカリカリ梅自体をあまり食べたことなかったようで首を傾げていたが、ぼくとタツは頷いた。

 この食感は紛れもなく駄菓子屋で買うあのカリカリ梅だ。塩気は強いが、懐かしくてついもう2つほど食べた。

 ここに蜂蜜を500g入れて、常温で3日置く。浮き上がった梅がかびないように時々ひっくり返しながら(しっかり蓋のできる容器でないなら、箸などでかき混ぜる)待つことにした。



4:蜂蜜漬け3日目、試食


 丸々3日が経ったので、味見してみた。

 漬けたてのうちはトロトロだったはちみつが、梅のエキスによってさらさらになっていた。


 ややしわの寄った梅を取り出し、食べてみる。

『酸っぱい!』

『こんだけはちみつに塗れとるのに、ピシャッと酸っぱいのぅ』

「確かに食べ慣れてないと酸っぱいな。もう少し漬けとくかぁ」

 カリカリした食感はそのまま、はちみつの甘さはほんのり、塩漬けした時のしょっぱさも合わさっているが、みずみずしい酸っぱさが迸って、強い味だ。


 クレオが梅を食べにくそうにしていたので、シロップも水で割って飲むことにした。



『梅シロップ美味しい!これはおれ飲めるよ』

「甘じょっぱい!」

『ワシにもくれ。おぉ、美味いわ』


 梅シロップもしっかり濃くて、小さなコップなら、シロップ大さじ1くらいで残りは炭酸水や水で薄めるくらいだろう。


梅干しもカビずに、4日目くらいには梅酢が上がってきた。

 全ての梅を取り切れたわけでなく、まだぽつりぽつりと梅が地面に落ちてるので、醤油か味噌にでも漬けておくか。

 この後は梅雨に入るので、体と心を落ち着けてゆるゆるやっていこうと思う。



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