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暗号通貨に関する記事を読んで、テクノロジーと政治、そして政治と世代間対立のつながりについて考えた

乱高下するビットコインの価格と、「反通貨」としての価値の本質」という、WIRED Japanの記事を読んだ。

このところのビットコイン価格の乱高下を背景に、投機的資産や犯罪の決済手段として用いられるようになった暗号通貨の現状と、社会を変えることを意図した、もともとの「志」とのくい違いがどのようにして生まれてきたのかについて考える記事。

最近では、暗号通貨に関するニュースは増えてきたけど、このテクノロジーの開発が政治的なムーブメントからはじまっていることを詳しく説明したものは少ないので、こうした記事は読んでいてとても面白い。

政治的なムーブメントとしての暗号通貨テクノロジー

記事によれば、暗号通貨の仕組みを最初に考え出したサトシ・ナカモトは、このテクノロジーで社会を変えることをねらっていた。

サトシは、仮想通貨(政府や金融機関に管理されていないという意味で「反通貨」と呼んだほうがふさわしいかもしれない)が受け入れられれば、社会全体にとっていい結果が生まれるだろうという理想主義的な見方をしていたように思える。

サトシ・ナカモトは、「サイファーパンク」と呼ばれる活動家集団のメンバーの1人。「サイファーパンク」は、「サイバーパンク」と「サイファー(Cyper: 暗号)」を掛け合わせた言葉。

「サイバーパンク」は、1984年に出版されたウィリアム・ギブソンの「ニューロマンサー」がきっかけとなって確立したSF小説のジャンル。認知や思考、心理など、人間の内側のリアルな現実が、コンピュータやネットワークを通じて拡張された世界や社会を描くもの。

心の中の「対立」や「葛藤」と、外側の世界に対する「反社会性」や「反体制」がつながり合う形で語られることが多い。だから「パンク」。

「サイファーパンク」宣言と「国家という暴力的権力」への反社会性

1993年に発表された「サイファーパンク宣言」を読むと、ここに集まった活動家(その多くは大手IT企業で働くエンジニア)が、暗号にかかわるテクノロジーの普及を通じて、どのように社会や政治を変えようとしていたのか、そしてこの運動にどれだけ「サイバーパンク」のイメージが重ね合わせられていたのかがよく分かる。

開かれた社会においてはプライバシーには匿名の取引システムが必須だ。… 開かれた社会におけるプライバシーを実現するためには暗号技術が必要だ。…

政府や企業、または他の顔のない巨大組織が慈悲深く我々にプライバシーを与えてくれると期待してはならない。我々の個人情報は彼らを利するものであり、彼らはそれを誰かに明かしてしまうということ覚悟しなくてはならない。…

プライバシーが欲しければ自分たちの手で守らなくてはならない。力をあわせ匿名取引を実現するためのシステムをつくらなくてはならない。…
我々サイファーパンクは匿名システムの建設に献身する。暗号学をはじめ匿名のメール転送システムやデジタル署名、そして電子マネーを使ってプライバシーを守る。…

暗号化という行為は事実、公共領域から情報を取り除く。暗号技術を規制する法律さえ国境と国家という暴力的権力の手の届く範囲にしか意味をなさない。必然的に全世界に広がる暗号技術によって匿名取引システムが実現する

暗号化テクノロジーとテックユートピア

暗号化テクノロジーは、個人が国家権力の介入を防ぐための手段で、このテクノロジーが広く世界に行きわたれば、「国家という暴力的権力の手の届く範囲」を離れたユートピアが生まれる。

サイファーパンク・ムーブメントの一環としての暗号通貨は、通貨の発行・流通を一元的にコントロールしようとする「国家という暴力的権力」に対抗して、その外側に存在する通貨=反通貨を生み出すことで、ユートピアを実現しようとする。

そうしたサトシ・ナカモト(に代表される「サイファーパンク」のメンバーたち)の理念は、2020年3月にカリフォルニア州サンフランシスコで開催された、世界最大のセキュリティ・カンファレンス、RSAカンファレンスでも話題に上っている。

2015年に設立された情報セキュリティ企業、Very Good Security社の外部コミュニケーション・アナリストと最高情報セキュリティ責任者が行った講演のテーマは、「暗号通貨は米国ドルに取って代わることになるのか?

ここでは、驚くべきスピードで普及する暗号通貨には、これまでの「近代国家」の枠組みをうち壊す可能性があることが示唆されている。

「暗号通貨には、私たちの生活を変え、世界を変える力があるのでしょうか?」ギアーズはそう問いかけた。「ゆくゆくは、これまでの国民国家のあり方が終焉を迎えることになるのでしょうか?」

テックユートピア論と世代間の対立

1980年代から電子マネーの動向を追いかけてきた、『WIRED』US版の編集主幹のスティーヴン・レヴィは、かつて思い描かれていたテックユートピアに想定外の事態が生じたことが、暗号通貨をめぐる現在の混沌を引き起こしていると語る。

当初のテックユートピア論には、未来のテクノロジーが投機的資産として取引されたり、ランサムウェアや薬物取引の決済手段として使われる可能性は想定されていなかった。

日本との対比でこの記事が面白いと思うのは、日本では暗号通貨技術の政治的な側面に触れられることが少ないだけではなく、さらにその背景にある世代間対立(年配者に支配されるエスタブリッシュメント vs 若手ITエンジニア)にも光が当てられないこと。

気候変動問題銃規制、そして去年の民主党・バーニーサンダース大統領候補に対する若者の熱狂的な支持にみられるように、このところの政治的対立の背景には世代間の対立があるけど、そうした点についても、日本では大きく取りざたされることがないように思う。

こうした日米の違いは、たとえばサイバーパンクと重なり合うところの多い日本の「セカイ系」には、あまり政治的な要素が感じられないようなことも関係があるような気がする。

それに、リーマンショックの後、メインストリームによる体制打破をめざして世界的に若者が「決起する」タイミングは、日本で民主党政権から自民党に政権が交代した時期なので、若者のリベラルな思想が先鋭化するのではなく、むしろ保守化(=反リベラル化)したことも大きな要因になっていそう。

そんなことはさておいて、かつての「反体制」のムーブメントから、いまでは社会を大きく動かす力になった暗号通貨テクノロジー。これから社会をどう変えていくのか、あるいは変えることができないまま「体制」に組みこまれていくのか。

そういう目でみていくと、暗号通貨をめぐるニュースがさらに面白いものに感じられる。

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