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短編小説

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・料理 × ショートストーリー ・『星の約束』シリーズ など短編小説をまとめています。
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#料理

サラダは料理ですか?(改)

時刻は17時。外はまだ昼間の暑さを残したままだ。 私(桜・さくら)は仕事用のリュックサックを背負い、空いた両手で買い物袋を持ちながらアパートの古びた階段を上り切りった。額から汗が流れて首筋を濡らしたが、両手がふさがっているのでどうしようもない。部屋の前までたどり着いたときには、汗の筋は3本になっていた。 私の部屋、と言っても二人暮らしだから正確には私たちの部屋なのだが、は築15年のアパートの2階にある。アパートは駅からもスーパーからも遠いが、1LDKでそこそこ広く大人2人

カレーライスの味

窓を開けて風を入れる。初夏の空気が閉め切っていた部屋にスーッと入り込み、スパイスの香りが少し和らぐ。 紗子(さえこ)は読みかけの本をテーブルの上に伏せ、大きく伸びをした。 時刻は午後4時。もう少ししたら小学生の息子達が帰ってくるだろう。 『お母さん、今日の晩ごはん、なに?』 小学3年生の兄・浩(ひろ)は、帰宅すると決まってこう言う。もう口癖なのだ。最近では弟・明(あきら)も兄の真似をするようになったので、紗子は2回、同じことを答えなければならない。 それは面倒くさい

サラダは料理ですか?

時刻は17時。外はまだ昼間の暑さを残したままだ。 私は仕事用のリュックサックを背負い、空いた両手で買い物袋を持ちながらアパートの古びた階段を上り切りった。額から汗が流れて首筋を濡らしたが、両手がふさがっているのでどうしようもない。部屋の前までたどり着いたときには、汗の筋は3本になっていた。 私の部屋、と言っても二人暮らしだから正確には私たちの部屋なのだが、は築30年のアパートの2階、一番端にある。アパートは駅からもスーパーからも遠いけれど、1LDKでそこそこ広く大人2人が住む

オムライスの卵

「俺は、薄焼き卵が好きなわけ」 山崎は向かいに座る斎藤に詰め寄った。 「分かった。でも、俺に言ったってしょうがないだろ。千和ちゃんに直接言えよ」 斎藤は大学の食堂で大声を上げる山崎と距離を取るべく、素早く残りの食事を平らげた。 しかし席を立とうとした瞬間、その腕はがっちりと山崎に掴まれる。 「直接なんて言えるわけないだろ!千和は怒ると怖いんだ。それに千和とはもう別れたから言えない」 「だったら、その話もうどうでもいいじゃんか」 「良くない!俺は世の女子に言いたい

野菜スープは母の味

「ちょっと、やめてよ!そんなの写真に撮るの」   母の三奈子は包丁を洗う手を休めないまま、大きく首を後ろに曲げた。 テーブルにはすでに、スープを注がれたお椀が人数分並べられている。 私はおにぎりと卵焼き、ウインナーの載った大皿をテーブルの中央に置くと携帯を手にスープに近付いた。 土曜日の昼。 食事を自宅でとるときはいつも、母があり合わせのもので簡単に食べるものを作ってくれる。 「いいじゃん。加工するから大丈夫」 私は携帯のカメラを起動したままアングルを変え、もう

[番外編]切迫早産で入院しました。

産声が聞こえる。 こんな深夜にも命は生まれるのだと、別に時刻が誕生に関係するわけでもないのに、不思議に思える。 数時間経って、また産声が聞こえた。 カーテンの隙間から見える空は白み始めている。 私が寝ているあいだに、たくさんの人が出産のために働いていたのだろう。 自分の腹に手をやった。 まだ眠っているのか微動だにしない。 それでも新しい命はここにあると感じる。 今日の朝ごはんはなんだろうな、最近の病院食はおいしくて幸せだな、などと考えながら私はまた眠りについた

筑前煮

彼のために。 そう思って作ったのに、肝心の相手は鶏肉しか手をつけなかった。 「もう二度と筑前煮は作らない」 私がそう言うと、彼は困った顔をして笑っていた。 なにが面白いのか。はらわたが煮えくり返るような思いがした。 日曜日の夕方。 私は台所に立っていた。 リビングでは彼が横になってテレビを観ている。 いつもと同じ風景。 聞きなれたテレビの音。 嫌いじゃないはずの料理。 それなのに私の心の底では、黒いかたまりがくすぶっていた。 そのかたまりは灰色の煙を細

ブロッコリーのマヨネーズ和え

ブロッコリーは色こそきれいだが、味はあまり好かない。 お弁当にブロッコリーのマヨネーズ和えを詰めていた理香子は、悟の言葉を思い出したが、すぐにもうひと房ブロッコリーを追加した。 なんか、お母さんって感じ。 先日、鏡の前に座って化粧をする理香子の後ろ姿をまじまじと見ながら、悟は言った。 「お母さんみたい」という婉曲的な言い方ではあったが、理香子は悟が何を言わんとしているかとっさに理解した。 理香子はもともと華奢で、女性らしい服装が似合うことを内心、自慢に思っていた。

イワシの梅干し煮

今日の献立 ・イワシの梅干し煮 ・なすの煮びたし ・梅と大葉のごはん イワシに大葉が合います:-) 《ショートストーリー》 「ばあちゃん、骨残してるわ」 母が膳を下げながら、身だけがきれいにはぎとられたイワシの骨を見た。 「ふん。ちょっと硬かったもんなぁ」 「そうやね」 イワシの梅干し煮は本来、骨まですべて食べるものだが、今回はしょうがない。 初めて作ったにしては上手くできたが、骨、とくに背骨は硬くて飲み込むのが億劫だった。私でもそうなのだから、飲み込む力の弱い祖母はな