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できるだけ便利な言葉を使わない
「えらい」という褒め方をするのは避けよう。
子育て情報を見ていると、よくこの文言が目に入る。
それは、なぜか。
えらいね、と褒められると、子どものモチベーションの源泉が、親から認められることになってしまうからだそうだ。
だから子どもを褒めるときは、好奇心や向上心を刺激するような声掛けをするとよいらしい。
たとえば、
「ピアノの練習をしてえらいね」
ではなく、
「ピアノの練習をすると、いろんな曲が弾けるようになって、たのしいね」
みたいな感じ。
理屈はわかる。実践もしたいと思う。
でもこれ、めちゃくちゃむずかしい!!!
いかに自分が言語化をサボっているかが露わになって愕然とする。
えらい、すごい、すてき、やばい、
普段、そんな便利な言葉に頼っているせいで、適切な言葉がすぐに出てこないのだ。
たとえば、1歳の娘は「こんにちは」「ありがとう」と挨拶ができるようになった。
そんなとき、ついつい「挨拶できてえらかったね」と言ってしまいそうになる。
ちがうちがう!
えらいは封印!!!!
「挨拶できて・・・・・・いいね!」
いやいやいや。
いいね、って、なんやねん。
そんなことがあった日の夜は、脳内で反省会が開かれる。
あのときなんて声をかけるのがよかったのだろう。
そもそも私はどうして挨拶することをよいことだと思ってるんだろう。
挨拶をよいことだと思う自分の価値観には、偏りやズレがないだろうか。
そうやって、自分の価値観を見つめ直して、言語化していく。
ほかにも、たとえばスプーンで机を叩くのは何故いけないのか、とか。
どうして、泣き叫びながら嫌がる娘を説得してまでお風呂に入ってほしいのか、とか。
子どもたちの純粋な行動は、大人の凝り固まったあたりまえに疑問を投げかける。
彼らの好奇心や、わくわくする気持ちを大切にしたいから。
興味に従って全身で学ぶ、彼らの行動を頭ごなしに否定したくないから。
なぜ喜ばしいことなのか、
なぜいけないことなのか。
自分が納得できるまで考えて、子どもたちが理解できる言葉で伝えていく。
この思案は、私にとって、すごく楽しい。
あとがき
挨拶の褒め方については、相手がよい反応を示してくれたときに、「娘ちゃんが挨拶したら、(相手の)お姉さんもニコニコになったね」と言うことにしました。
それを聞いて、誇らしげに、そしてちょっと照れくさそうにニヤリとする娘の顔が可愛すぎてめちゃくちゃ好きです。
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ラファエロ「システィーナの聖母」