眠れない夜のマイルール『真珠の耳飾りの少女』
やあ、僕だよ。飽き性ちゃんだよ。
昨夜、閃輝暗点が起きてね。これが起こるといくばくかで頭痛が始まるからとても怖いんだ。
その怖さに引きずられて、頭痛が終わっても眠れそうにないから、久しぶりに深夜を楽しんだよ。
深夜の楽しみのお供といったら、うん。映画に違いない。
そんなわけで今回はこの映画を選んだんだ。眠れない時の夜の楽しみ方も一緒に書いていこうと思うよ。
宵っ張りの朝寝坊が大好きな君も、夜更かしをあまりしない君も、ぜひ楽しんでってほしいな。
映画あらすじと感想
『真珠の耳飾りの少女』ピーター・ウェーバー
アマプラで視聴。主演のスカーレット・ヨハンソンがゴールデングローブ賞主演女優賞にノミネートされている。
そんな彼女は映画公開時十七歳だというから、画面ににじみ出る華やかさは才能と言う外ない。
アートに興味関心はなくとも、広告や映像で一度は耳にするフェルメールの『真珠の耳飾りの少女』。
その人気は美しい「フェルメールブルー」とあどけない少女の清廉さや秘匿性だ。未だに書かれた年代もモデルも分からないという事実すら、この絵の魅力を駆り立てるように思える。
つまるところ観る側の想像が、より、この絵を狂おしく欲する動機になるわけだ。
実はこの映画も史実に基づくものでなく、レイシー・シュヴァリエ氏が書いた同名小説を映画化したものにすぎない。
それでもフェルメール絵画世界が一コマ一コマ展開されており、コリン・ファース演じるフェルメールも、あどけないスカーレット・ヨハンソンも息を飲むような美しさだ。
物語は夫の仕事に理解のないフェルメールの妻がモデルの少女に嫉妬し、挙句の果てには追い出す話だ。結構愛憎渦巻くドロドロの話である。
が、画面がとにかく美しいので観るに堪えうる。なんなら妻も義母も意地悪な娘も美しいからオールオッケーだ。
真夜中に観るには最高に当たり映画だった。
僕、フェルメールは『地理学者』と『天文学者』が好きなのだけれど、『真珠の耳飾りの少女』も見てみたいよね。
二〇一二年に来日したタイミングで見るべきだった。何で見なかったんだろう。本当に悔やまれる。
無事、頭痛が終わったのに眠れない
僕の正確すぎる体内時計が、布団に入ってから一時間経ったことを告げていた。まもなく午前一時回る頃だろう。
暗がりで、ベッドサイドに垂れ下がるコードを手繰り寄せながらスイッチを切り替えた。瞬間、ぱっと橙色が散る。
妊娠中期に入り、胎動は日に日に強くなるし、腹は一層重くなる。
元来仰向けに寝ていた僕はこのところ、浅い眠りを細切れに取って自身を慰んでいたのだった。
すでに頭痛はかけらもなく過ぎ去っていた。
一度終わってしまえば、次回は早くても半年後だから普段よりも来る痛みに怯えなくていいのに、僕がそれを一番分かっているのに、どうしても眠れない。
どうしたものか。
今までは浅くっても寝入りは良い方だったのに。
希死念慮が最も強かった頃は僕も例に漏れず、「眠らなくては」と自らを追い詰め続けていたが、穏やかで平坦な心理を手に入れてからは「眠らなくったっていいさ」の精神を尊重している(ジョナサン・ジョースターの父は偉大なのだ)。
だから今夜も「眠らなくったっていいさ」の精神で、久しぶりのヨフカシナイトフィーバー開催が急遽決定された。
ヨフカシナイトフィーバーとは
開始時刻は深夜二時、日程は不定期の楽しいフェスティバルである。
開催時期は夫が夜勤の時が多いが、眠れない夜に開催されることもまれにある。今回みたいに。
こちらのコミックエッセイに出会ってからは事あるごとにパウンドケーキを焼いていたものだが、最近具だくさんで作りすぎなので別のことがしたい。
おもむろに『黒死館殺人事件』を開き、ぺらりとめくる。
手始めに読書をしようと灯りに手を伸ばしたはずだったのだが、頭に上手く入らない。
内容もヨフカシナイトフィーバーにふさわしいとは思えなかった。作者の名前、虫太郎だし。
「電気消さないの?」
午前六時に起きる予定の夫が優しげな声色で問うが、僕の返事も聞かないでトイレに立つ。
こういう時の夫は僕の返事如何に依らず、「電気を消せ」という命令なのだ。まったく、参っちゃうね。
僕は電気を消して、夫と入れ替わりに寝室を出た。
そうして別室の、四時間前に遊んだフクロモモンガのケージに近づく。彼は最近早寝である僕に合わせてか、すでに寝床に潜り込んでいた。
深い呼吸に合わせて上下に動く寝床のモヘア。
ピスピス。たまにそんな鼻息がかすかに聞こえるから、僕の匂いにはすでに気づいているのだろう。
狸寝入りを決めこんで時間を稼いでいる。寝床から出るか出まいか、彼の小さな脳みそで考える時間を。
僕は古いiPadを引っ張り出して、今夜を彩る一本を見つけようと指を滑らせた。
サムネイルが次々と流れていく。こういう時はドキュメンタリーがいい。
僕がただ眠れなくて夜を持て余している時に、世界のどこかで何かが起こっていそうなのがよいのだ。
よくサムネ詐欺に遭う
再生し始めていくばくか、うら若きスカーレット・ヨハンソンが現れた時に「ああ、これはドキュメンタリーでも伝記でもない」と気づいた。
大体、サムネイル画像をよく観たらコリン・ファースが思いっきり見切れているではないか。
これだから真夜中に映画を選ぶとよくないな、ストックしていたものから観ればよかった。
しかしながら原則、一度始まった物語は途中で投げ出さないのが僕のモットーであるのでしぶしぶ続きを流す。
そんな僕の様子を、フクロモモンガが寝床から半身乗り出して窺っている。
可愛いから少し出してやって一緒に「フェルメールブルー」に酔いしれた(ルーヴル美術館の画像も見せてあげたが、彼には理解するメリットがなかったようだ)。
フクロモモンガが帰った後
すでに今日分の散歩を終えていたためか、彼は早々に引き揚げていった。
給水ボトルの吸い口をかちゃかちゃ鳴らし、美味そうに水を飲み、肌触りの良い暖かな寝床に潜り込む。
寝床の形状を確かめるかごとき執拗な、布を均す独自の入眠儀式を終えて、彼は眠りにつく。
しばらくすると、再び寝床が規則正しく動き出した。
ヨフカシナイトフィーバーの参加者を見送っていたら、いつの間にか映画が終わっていた。
ラスト三十分くらいか、見逃したのでもう一度再生した。ヨフカシナイトフィーバーにおける映画の鑑賞態度としては実に正しい態度である。
実のところ見逃していたのはほんの一〇分に満たない時間だったようで、繰り返される同じ場面をスマホでやり過ごした。
三十キロの米を初めて買った朝
ネットサーフィンを始めると日がな一日どっぷり浸かってしまうので、なるべくやらないようにしているのだが、ヨフカシナイトフィーバーは別だ。
どんな怠惰や無駄も厭わず、楽しめる。
それがヨフカシナイトフィーバーの神髄なのである。
ふいに今月分のネットスーパー注文を終えたくなり、いつものサイトを開く。
米の値段に顔をしかめる。ここに住みだした頃は一番安いクズ無洗米で五キロ九八〇円税込だった。
現在は同じメーカー、同じスーパーのクズ無洗米で五キロ一四八〇円税抜である。
こうなるとスーパーでわざわざ買うのがバカみたいだからネットで購入するわけだが、一〇キロで三二〇〇円なのだ。
「え?お前寝てないの?」
夫の言葉にはっとして声のする方を向いた。
彼の背後は朝日でほこりがきらめいて、まるで如来のようである(恰幅がよいからよりそれらしく見える)。
「米を選んでいた。一ヵ月あたり一〇キロ足りないくらいだからついに三十キロ買う」
「へえ、そんな食うの」
「君がお弁当になったからな」
はちきれんばかりの腹を揺らしながら早朝出勤する夫に、食べすぎであると非難するのは気が引けたので僕は持ち前の言語能力で台詞をすり替えた。
これにてヨフカシナイトフィーバー閉幕です
まだそこまで眠くなかったから、夫と同時に外に出た。
早朝に焼き立てのパンを手に入れられる環境の、なんと素晴らしいことか。
本を立てかけ、
どんぐりを見つけ、
森を、
抜けるとパン屋がある。
僕の家の周辺にはこういう小さい森が点在しているので尚早ありがたみもないが、朝は気持ちがいい。
パンの匂いを嗅いだら急に眠気が来そうな気がして、何を買うか考えながら、どんぐりを蹴散らした朝だった。