『読書感想文』美しい星
1961年、米ソの冷戦の真っ只中に書かれた小説。ヒリヒリした時代なのがヒシヒシと伝わります。
暁子と竹内がUFOを見た海岸は、内灘試写場の跡地でした。
内灘町は1952年頃朝鮮戦争を契機に、アメリカ軍の砲弾試射場が建設されました。この動きに対し、内灘村(当時)の住民たちは自らの生活権を守るために反対運動を起こしていきます。この反対運動は「内灘闘争」と呼ばれ、1957年のアメリカ軍撤退まで継続した基地闘争でした。
羽黒真澄が研究していた入会権について
富士自衛隊演習地入会地問題などもアメリカの為に日本国民の元々持っている権利が侵されて良いのか?という三島の日本という国のアイデンティー対する信頼の揺らぎが、メインストーリーじゃないところから伝わります。
入会地=コモンズでありそもそも日本人が共有している土地を自衛隊でありアメリカ軍がそこに住んでいる人々の同意なしで勝手に使用されて良いのか?という疑問を投げかけているのです。
これが政治家黒木克己の思想ですね。
新しい考え方ではない。むしろ戦前の日本の軍部を彷彿させる思想です。三島はこの考え方を否定していると思います。
米ソの冷戦も三島にとっては偽りの戦いと位置づけているのでしょう。だからフルシチョフもケネディも会って話せば分かると。
この『美しい星』で出てくる火水木金の家族、大杉家ですが
火星人である大杉重一郎アレスだと思うのですが、戦いの神としては余りにも繊細すぎる気がします。ただしこの重一郎中心にストーリが展開していきます。
彼は病身にながらも宇宙=美の為に戦い続ける所が闘神なんでしょう。
なんだか天皇的なポジションです。宇宙人たる重一郎の思想を理解しない市井の人々とのコントラストが重一郎の存在をより浮世離れしたものにしています。
息子雄一は水星すなわちマーキュリーですね。政治の世界から人間の世を変えようと黒木克己の秘書としてあちこち動き回ります。
どこかの企業の社長からお金をもらい黒木の手下の議員にそのお金を届けに行ったりと大忙し。正にマーキュリーですね。
女性の事でもそうですがとにかく色々動き回ります。
妻伊代子は木星人。この一家の中では一番人間臭い気がします。宇宙人ぽくない。
そして一番の常識人です。だから実務能力に長けています。
家事や暁子や重一郎の入院手続きなどこなす有能な妻です。一家を優しく見守る支配者でもあります。
金星人暁子は竹内とワンセットです。
竹内と言う女たらしの詐欺師が偽りではあるが能「道成寺」をひらきます。
安珍清姫の悲恋物語寺の創建から230年経った、延長6年の物語。
熊野詣の途中、一夜の宿を求めた僧・安珍に清姫が懸想し、恋の炎を燃やし、裏切られたと知るや大蛇となって安珍を追い、最後には道成寺の鐘の中に逃げた安珍を焼き殺す。
安珍が焼死、清姫が入水自殺した後、
住持は二人が蛇道に転生した夢を見た。
法華経供養を営むと、二人が天人の姿で現れ、
熊野権現と観音菩薩の化身だった事を明かす。
道成寺に重ねて、暁子も竹内も金星人だと言いたかったんだと思います。
竹内が能面の目を通して見た薄明かりの中の朦朧とした視界の中にしか金星世界=芸術は存在しません。一瞬昔国語の教科書で読んだ谷崎純一郎の「陰翳礼讃」が頭によぎりました。
ビーナスは美の女神です。美は偽りの中で輝きます。竹内の嘘も暁子の欺瞞も。
だから最終的には二人共穢れた地上「穢土」には居場所がなくて天=宇宙に帰って行くのです。
ただしこの「美しい星」の中では安珍を焼き尽くした清姫の嫉妬の炎は出てきません。
暁子は竹内を処女受胎をする為の単なる触媒としかみなしていません。
宇宙=美の為には竹内の人格など顧みないのです。
だから暁子にはそこにキャバレーの女への嫉妬はありません。
キャバレーの女と逃げるところが竹内が宇宙に帰るという事なのでしょうか?
羽黒真澄の一派と重一郎との会談はも人類の行く末に対して何が最善かを論じ合うのですが、羽黒が現在人類が置かれている状況はもう滅びるしかないと主張し、重一郎が人類には芸術を生み出した素晴らしさがあり滅ぼすのは酷いんじゃないかと
主張し平行線をたどります。
カラマーゾフの兄弟の中でミーシャがこう言っています。
「美っていうのは、恐ろしく怖い代物でさ。なぜ、恐ろしいかといえば、曖昧だからで、それをはっきりさせられない理由は、神がもっぱら謎かけを行なっているからなのさ。美の中じゃ、川の両岸が一つにくっついちまって、ありとあらゆる矛盾が一緒くたになっているんだ。」
小説は違うけどこのセリフが「美しい星」の全てを物語っているような気がします。
多分、大杉一家はこの地球では滅びる存在だと思うのです。
大杉家は戦前材木商で稼いだお金で株を買い、重一郎がその株を5倍の価格で売り大儲けします。
一切労働はしていません。UFO=美の使いにあってからもっぱらそちらの活動に集中します。お金は減っていくけど、その分一家は誰も働いていないので補填されません。
収入は友朋会の講演のお金ですが、会場を借りるお金やスタッフに払う賃金もあるのでトントンか赤字だと思います。
重一郎は今までの心労が祟りステージ4の胃癌、暁子は竹内に騙され妊娠、雄一は黒木に利用されます。伊代子は現実的なのでそういった事には一切拘わらず一家を見守るだけです。
最後は一家みんな東生田でそれぞれの星に帰って行ってしまいます。
余談ですが、神奈川県川崎市多摩区の東生田は元陸軍の登戸研究所のあった場所です。
何だか「美しい星」って戦前の2.26事件を起こした青年将校がクーデター後に生み出す日本、「美しい国」の事だったのかな?と邪推してしまいます。戦後資本主義に絶望した三島はこの小説で歴史のifを突きつけようとしているのです。
最後の場面、東生田は八紘一宇の思想を歪んだ形で使用した旧日本軍の欺瞞も、宇宙人の人格を持っていたが、人間の肉体を持ったゆえの大杉一家の限界。
果たして、世界の問題も美と現実の問題も一家の矛盾も曖昧なまま解決でき無かったけど、それぞれの「美しい星」にはたどり着いたのでしょうか?
しかし、各場面の戦時中や冷戦に関係するロケーションに三島の時代への皮肉なユーモアを感じます。