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わかりにくい人は、WHOを使う事なく登場人物を小出しにする



「先週は、A社さんで聞けた事があります」

チームを任せているマネージャーが、報告を始める。
先週は長めの出張でほとんど不在であったので、
いつもにまして状況をきちんと把握しておきたい。

「何があったのかな?」

「来期以降の見積りを、もう少し見直せないかとの事です」

値下げ要請か…。A社の期替りは3ヶ月以上先だが、早めに交渉したいのだろう。

「それは誰が言ってたのかな?」

「タカハシさんです」

「何か理由は聞けた?」

「A社全体でコスト見直しのプロジェクトが発足するそうなのです」

まあ、よく聞く話ではある。
タカハシさんは、今期からチームリーダーに昇進してた筈。重要な役割を任されたのだろう。

「タカハシさんもプロジェクトに関わってるわけだ」

「いえ、この理由を話されたのはヒラタ部長です」

ああ、ヒラタ部長もその場にいたわけか。
ヒラタ部長は無理を言わない人なので少しほっとする。おそらく要望は5%値下げと言ったところか。

「どのくらいの値下げを希望されてるのかな?」

「10%で検討してくれたらありがたいとの事です」

10%か…。ヒラタ部長にしては厳しい要望だ。
とは言え、この手の交渉は駆け引きなので満額回答する必要はない。

「まあ、ヒラタ部長の顔も立てて8%ってとこかな…」

「あ、10%の話をされたのはコバヤシ専務です」

コバヤシ専務?お偉い方も同席してたのか。

「そうか…だったら10%は必須かも知れないな…」

「そうですね。実は業者変更も視野に入れているとの事です」

「取締役が言うくらいだから事は深刻だな…」

「あっ、そう言ったのはコバヤシ専務ではありません」

なんだか、会話のパターンが見えてきた。
役職が上の人物が会話の都度追加されている。

「じゃあ、それは社長が言ったとでも?」

「いえ、それはミワさんから聞きました」

「ミワさんって誰?」

「タカハシさんの部下のミワさんです」

予想に反して役職が一気に下がった。
しかも「言った」ではなく「聞いた」とはどういう事か。

「ミワさんってその場にいたの?」

「いえ?ミワさんはその場にいませんでした」

意味がわからない。

「その場にいないミワさんが何故それを知っているの?」

「ミワさんがタカハシさんに聞いたそうです」

まさかのタカハシさんに戻ってきた。全く会話のパターンが見えてこない。少し冷静になってある可能性に思い至る。

「とにかくことは重要だ。その場の皆さんの様子をもう少し詳しく聞かせてくれないか?」

「それはわかりません」

いやな予感

「まさか、君自身がその場にいなかったとか?」

「はい。全部ミワさんから聞いた話しなので」

予感的中
すべて又聞きかい。


確かに彼は、冒頭で「A社さんで聞けた事があります」と言った。しかし彼は「ミワさんから」という「誰」を飛ばしている。それどころか、この会話の中で彼は一度も「誰」が言ったのか、自分から言及してない。

今回の登場人物は、すべて私が引き出した情報だ。
そういう意味で、彼のパターンは一貫している。

5W2Hの「WHO」が抜けるのはあるあるだが、ここまで完全に抜けるとは、むしろ清々しい。

冒頭の「ミワさんから」を確認し損ねた私の落ち度のような気さえしてくる。とはいえ、一応注意はしておこう。

「誰が言ったのかを、その都度説明してくれないと困るよ」

「あ、そうですね…すいません。以後気をつけます」

まあ、今後気をつけてくれたらそれでいい。拙い報告を補うのも上司の勤めだ。

それよりA社さんの件は、もっと情報が欲しい。

「関係者の人達に、もっと詳しい状況を聞いてもらえないかな」

「そうですね。サトウくんにもそう伝えておきます」

サトウくん?
サトウ君は彼の部下だが…     まさか?

「ミワさんから話を聞いたのはサトウくんなので」

改めて、話芸がここまでくると清々しい。
私もまだ、修行が足りない。


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