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先端マネジメント理論「丸テーブル効果」が、飲み会というフィールドで立証される
「あっ…。改めまして。ましと言います。ほとんどお話したことないですよね?」
向いに座るフジイさんに、そう話かける。
彼女はパート社員で同じフロアにいるのだが、管理職の私とは通常ほどんとど関わりがない。今日は会社の新年会なのだが、同じく関わりが少ないパートさんの多い座席に入ってしまった。部下のヤマダ君がいるのが唯一の救いだ。彼はパート社員の女性たちとも仲がいい。
「あっ…知ってます。ましさんって『丸テーブル』の人ですよね~」
フジイさんが少し笑いをこらえた表情で応える。
丸テーブル?
確かに丸テーブルは、私の提唱するマネジメント理論の中核を成すキーアイテムだ。見ると隣のヤマダくんも、してやったりと笑みを浮かべている。
なるほど、ヤマダ君がランチタイムか何かに、私の事を「丸テーブルおじさん」などと、面白可笑しく紹介したに違いない。
ここは乗ってやろうじゃないか。
私が十数年の試行錯誤から導いた先端理論『丸テーブル効果』を開陳してみよう。
マネジメントにおいて、部下とのコミュニケーションが大切なのは言うまでない。そしてコミュニケーションはなんといっても質より量だ。会話を交わした数だけ、心理的安全性は向上する。そこで登場するのが『丸テーブル』だ。私は必ずこの丸テーブルを通常のデスクの隣に置くようにしている。自分の席があるにも関わず、だ。
そして、ちょっとした相談事や少し長めの報告を聞くときにはこの丸テーブルで部下と向き合う。このちょっとした会話をいかに多くするかがポイントだ。
では何故丸にする必要があるのか。
『別に普通の、四角い小さなテーブルでいいんじゃないの?』という人は、分かっていない。丸テーブルには、ざっと説明するだけでもこれだけのメリットがある。
①角がないので、近寄りやすい
丸、すなわち円という形状にはどこにも角がなく、全方向に対して等しく「引っかかり」を最小にする。その特性が物理的にも心理的にも人を近付け易くする事は、コミュニケーション行動学の権威であるスタンリー・ポーター博士の論文でも実証されている。「丸い」という時点で自然とコミュニケーションが増えるのだ。
②役職を超えて、平等感がだせる
同様に丸、すなわち真円は、その外径であればどの位置にあっても物理的に違いはない。つまり丸テーブルに座るだけで、役職を超えたフラットな空間ができあがるという訳だ。同じ人間として、垣根を超えたコミュニケーションが円滑にいかない筈がない。マサチューセッツ工科大学の名誉教授であるエドムンド・マンデル氏も同様の主張をしている。
③人が安心して話せる最適な角度
人間同士が最も安心して対話できる角度は、一般的に55~60度といわれており、こちらもスタンフォード大学のジョージ・ジョルゲンソン教授の実験で立証済みだ。そして四角だと、この角度が実現できない。対面に座れば、尋問されてるような気になるし、直角だと恋人感がでてしまう。科学的に裏打ちされた最適な角度で対話ができる点は、丸テーブル最大のメリットと言ってもいい。
まだまだあるが、このくらいにしておこう。
あっ、ちなみに丸テーブルはなんでもいいわけではない。例えば、直径は60cmだと近すぎるし90cmだと遠すぎる。私が発見したベストは75cmだ。
色も重要だ。オフィス家具でありがちな白やナチュラルウッドではその真価を存分に発揮できない。落ち着いて話をするためには、ダークブラウン一択だ。
その他にも…
「いや、いつもながら丸テーブルだけで良くそれだけ話せますね…」
ヤマダ君の声で我に返る。
しまった。ついオフィス感覚で話し過ぎた。飲み会の席で年長者の持論を聞くことほど退屈な事はない。これは場を白けさせてしまったか…
「あの~ちょっといいですか?」
同じく私とはあまり面識のない、パートのハセガワさんが何かを言いかける。
「あっ…ハセガワさんでしたよね?どうしました?」
「実は私、一人暮らしなんですけど、部屋に丸テーブルがあるんです!やっぱり丸はいいですよね~」
おお、ここにも丸テーブル派がいるとは。私が提唱するメリットとは関係ないが、頼もしい味方が現れた。
「あっ…!そういえば私も実家は丸でした!ええ、家族5人で使うダイニングテーブルです。確かにいいですよね~」
今度は目の前のフジイさんが告白する。同じく私が言ってるメリットは全く伝わってないようだがこれも頼もしい。どう考えても5人が座る食卓が丸というのは不便だと思うが。
「私もいいですか?実は結婚披露宴の時、ゲスト席のテーブルは丸でした~!」
同じくパートのカワムラさんも参戦する。もう、私の開陳した丸テーブルのメリットは誰も覚えていないようだ。しかも、披露宴会場は普通に丸のほうが多いような気がするが。
「思いだしました!僕も前職で、丸いテーブルでミーティングしてましたよ!えっと形はこう…そう、楕円です!けっこう横長の」
今後はヤマダ君が割って入る。盛り上げてくれるのは嬉しいが、これだけ私に丸を語らせておいて『横長の楕円』はないだろう。その形状からは、私の提唱するメリットは発動しない。
「僕が、前行った中華料理のお店も丸でしたよ!大きくて、回るやつ!」
隣の席からエグチ君も割って入る。もう私の持論は影も形もなくなった。ただの中華円卓がどうしたというのか。
「じゃあ、今度は丸テーブルのあるお店に皆で行きましょうよ!」
「え~いいですね~」
「丸テーブルで8人席とかあるのかな?」
「私も行きた~い!」
「それなら、やっぱり中華でしょ!」
「わ~。あの回るやつやってみた~い!」
「当然ましさんも行きますよね~。聞いてます?丸テーブルおじさ~ん」
改めて「丸テーブルおじさん」の称号が確定した。
私の提唱する『丸テーブル効果』は、結局誰にも伝わらなかったが、まあそれもいいだろう。丸テーブルだけで皆がここまで盛り上がり、打ち解け合えるなら丸テーブルさんも本望だ。
丸テーブルは、その存在だけで人々の距離をここまでも縮め得る。
私の持論は、改めて立証された。
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