【医師論文解説】不眠症治療、最初の一手で未来が変わる!? 823人の最新研究で判明【OA】
【背景】
慢性不眠症は現代社会における重大な健康問題です。
米国では2020年時点で約8%の人々が睡眠薬を使用しており、この10年間で使用率は倍増しています。さらに、睡眠薬使用者の約20%が180日以上の長期使用となっているのが現状です。
一方、認知行動療法(CBT-I)という非薬物療法も存在し、第一選択治療として推奨されていますが、臨床現場での普及は限定的です。その背景には、医療提供者側のCBT-Iに対する自信の欠如や、薬物療法との比較効果に関する知識不足があると指摘されています。
【方法】
研究チームは2023年12月27日までに発表された関連研究を徹底的に調査し、以下の条件を満たす研究を分析対象としました。
対象:睡眠薬を使用していない慢性不眠症の成人患者
比較する治療法:
認知行動療法(CBT-I)
薬物療法
両者の併用療法
主要評価項目:長期的な寛解率(治療後3-12ヶ月)
副次評価項目:
脱落率(治療の受け入れやすさの指標)
睡眠の質に関する各種指標
短期的な治療効果
計13の臨床試験(被験者総数823名)を対象とし、ネットワークメタ解析という最新の統計手法を用いて分析を行いました。
【結果】
長期的な治療効果
CBT-Iは薬物療法と比べて1.82倍の寛解達成率(高い確実性)
併用療法は薬物療法と比べて1.71倍の寛解達成率(中程度の確実性)
CBT-Iと併用療法の間に有意な差はなし
具体的な寛解率
薬物療法:28%
CBT-I:41%(95%信頼区間:31-53%)
併用療法:40%(95%信頼区間:25-56%)
脱落率(治療の受け入れやすさ)
薬物療法:39%
CBT-I:21%(95%信頼区間:14-30%)
併用療法:29%(95%信頼区間:17-45%)
短期的な治療効果
CBT-Iは以下の項目で薬物療法より優れていた:
寛解率
脱落率
不眠の重症度
中途覚醒時間
ただし、総睡眠時間は薬物療法より20分短かった
併用療法は薬物療法単独より優れていたが、CBT-I単独との差は不明確
【議論】
本研究の結果から、慢性不眠症の初期治療としてCBT-Iを選択することが、薬物療法よりも効果的であることが示されました。併用療法も薬物療法単独よりは効果的である可能性がありますが、CBT-I単独と比較して追加的な利点は明確ではなく、むしろコストや副作用のリスクが増加する可能性があります。
ただし、以下のような限界点も考慮する必要があります:
研究参加者の選択バイアス(特に心理療法に対して動機付けの高い患者が参加した可能性)
新しいタイプの睡眠薬(オレキシン受容体拮抗薬など)のデータ不足
セルフヘルプ型CBT-Iの効果は未検証
北米・欧州中心のデータであり、他地域への一般化可能性は要検証
【結論】
慢性不眠症の初期治療として、CBT-Iから開始することで最も良好な治療成績が期待できます。併用療法は薬物療法単独より有効な可能性がありますが、CBT-I単独と比較した追加的な利点は明確ではありません。
文献:
Furukawa, Yuki et al. “Initial treatment choices for long-term remission of chronic insomnia disorder in adults: a systematic review and network meta-analysis.” Psychiatry and clinical neurosciences, 10.1111/pcn.13730. 26 Aug. 2024, doi:10.1111/pcn.13730
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【用語解説】
◆ 認知行動療法(CBT-I)
不眠症に特化した心理療法で、睡眠に関する考え方や行動パターンを改善する治療法です。主に以下の要素で構成されます:
睡眠制限:一時的に睡眠時間を制限して睡眠効率を高める
刺激制御:寝室を睡眠のための場所として条件づける
認知再構成:睡眠に関する誤った考え方を修正する
◆ ネットワークメタ解析
複数の治療法を直接・間接的に比較できる最新の統計手法です。従来の比較研究(AとB、BとCの比較)から、直接比較されていない治療法同士(AとC)の効果も推定できる特徴があります。
◆ 寛解
症状が十分に改善された状態を指します。本研究では以下のいずれかの基準で判定:
不眠重症度指数(ISI)が7点以下
ピッツバーグ睡眠質問票が5点以下
睡眠効率85%以上
入眠までの時間が30分以下
◆ 睡眠効率
床に入ってから実際に眠れている時間の割合を示す指標です。 計算式:総睡眠時間 ÷ 床上時間 × 100(%)
◆ 信頼区間
統計学的な確からしさを示す範囲です。95%信頼区間とは、同じような研究を100回行った場合、95回はその範囲内に真の値が含まれる確率があることを示します。
◆ オレキシン受容体拮抗薬
最新世代の睡眠薬の一種で、脳の覚醒システムに直接作用します。従来の睡眠薬(ベンゾジアゼピン系)とは異なる作用機序を持ちます。
◆ セルフヘルプ型CBT-I
専門家の直接的な介入なしで、インターネットやアプリなどを通じて提供される認知行動療法プログラムを指します。通常のCBT-Iより手軽に受けられる可能性がありますが、効果の検証はまだ十分ではありません。
【所感】
本研究は、慢性不眠症治療における重要な転換点となる可能性を秘めています。特に注目すべきは、長期的な治療効果においてCBT-Iが薬物療法を上回るという明確なエビデンスが示された点です。これは、睡眠薬の長期使用が増加傾向にある現状に一石を投じる結果といえます。
薬物療法と比較してCBT-Iの脱落率が低かったことも、実臨床での重要な知見です。ただし、短期的には総睡眠時間がCBT-Iで短くなる点には注意が必要で、特に睡眠不足に脆弱な患者さんへの適用には慎重な判断が求められるでしょう。
今後は、オンラインCBT-Iなどのより利用しやすい形態の開発や、新規睡眠薬との比較研究、アジアを含む様々な地域でのエビデンス構築が期待されます。医療者として、この研究結果を踏まえたCBT-Iの積極的な導入と、個々の患者さんの状況に応じた適切な治療選択を心がけていく必要があると考えられます。