『雨に打たれて 2』
※BL小説
俺のせいであかりは死んだというのに、どうしてこの男は、俺の安否を気遣うのだろう。
ふと、背広を着ている男が、日中にこの場所にいる不自然さに気付いた。
「あんた、仕事中だったんじゃねえの」
「今日はあかりの月命日だ。そして、この雨だ。……きっと君はあの場所に行っただろうと思ったら、気になっていてもたってもいられなかった。気がついたら、ここに来ていた」
「……あんた、バカだろ」
あかりの兄の髪も、手に持っているアタッシェケースも背広の肩も、雨でどうしようもない程濡れていた。
自分の方が風邪を引くだろうに。俺になんて、構わなければいいのに。
「首でもくくられたら寝覚めが悪いってか」
「毎月、七日にあそこにガーベラを置いてくれているのは、君だね」
それを知っていたとすれば、この人も毎月、あの場所に行っていたということになる。
妹思いの兄だった。あかりの家を訪ねるたびに、妹に対する情愛の深さを見せられた。妹の彼氏である俺なんて目障りだったろうに、この人は俺にもいつも優しかった。
「もう十分だよ。妹が死んでから、ニ年と一ヶ月が過ぎた。君はまだ若い。君も、自分の人生を生きて欲しいんだ。両親が葬儀の時に君を詰ったことは、済まないことをしたと思っている。誰かのせいにしなければやりきれない、それぐらいに追い詰められていたんだ。どうか許して欲しい。今になれば、彼らだって君を責めるのが道理に合わないことだったと分かっているはずだ」
例え彼らが俺を許したとしても、俺は許されるべきでないことを自分で知っている。
あんただって、知らないからそんなことを言っていられるんだ。
「日記がね、出てきたんだよ。あかりがあの日、君を無理に呼びだしたことが書いてあったんだ。彼女が死にたがっていたことも」
「……日記?」
死んだ女の指先で背中を触られたようだった。
日記には、何が書いてあったろう。
あのことを、あかりは日記に書いただろうか。
「あかりは、君を道連れにしようとしたんだね」
静かに差し出された言葉が、抜き身の刃のように心に斬りつけてくる。
あの日も雨だった。
トンネルを抜けた瞬間、水滴に目を射られそうになり、俺は少し目を細めた。この先の線形が難しいのを知っていたから、運転に集中していたのだ。
その時、後ろであかりが何か言うのが聞こえた。
『一緒に』
と言ったように聞こえたが、聞き違いかも知れない。腹に回っていた手が外れたので、俺はギョッとして彼女の名前を叫んだ。
すぐに冷たい掌が、俺の目に目隠しをした。
急ブレーキの音。
浮遊感。
衝撃。
アスファルトの感触。
水の張った路面を打つ雨粒。赤い、赤い血の色が――。
「もう、いいよ。渉(わたる)くん。これ以上苦しまないでくれ。あかりのことを愛してくれていた君を、もうこれ以上誰も責めることなんてできるはずがないんだ」
「違う!」
違う。全然違う。
これだけは墓場まで持っていくはずだった、俺の罪。人を一人殺した、俺の罪。
「俺のせいなんだ。あかりは気付いてた。あいつは前の日に言ったんだ。知ってるのよって。『渉が好きなのは、お兄ちゃんなんでしょう』――あの日、それであかりが――」
俺の恋を殺すために、俺と自分を殺さなければならないと思い込むほど、あかりを追い詰めたのが俺の罪――。
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