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誰も、誰からも、喜びを奪われるべきやない(西加奈子『くもをさがす』を読んで)
『サラバ!』の西加奈子さんが、カナダ在住時にがんを患ったことを契機に執筆されたエッセイ。
自分自身のアイデンティティや、日本とカナダ(バンクーバー)の違い、「自由」に対する考え方など多岐にわたる、読み応えのある一冊だ。
『くもをさがす』
(著者:西加奈子、河出書房新社、2023年)
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がんも、他者も、生きている
ステージ2Bのがんを患った著者だが、苦難は続く。リンパに転移していたというのだ。そのときに真っ先に思ったことが、「がんも生きてるんやな」だったそう。続いて、コロナもゴジラも、結果的に人の命を奪っているけれども自然そのものに悪意はないと語っている。
がんという病気を患って、そんなふうに達観できる自信は僕にはない。
でも確かにそうだ。相容れないだけで、そこに悪意があるわけではない。
それって、人に対しても同じかもしれない。読了したのは都知事選のタイミング。信条の異なるポストを読んでうんざりすることもあったが、彼らもまた、「生きる」ために生きているのだ。
うんざりすることがあったとき、原因を考えると誰かが悪者になってしまう。そうではなく、「他者も「生きる」ために生きている」と思えば、生存本能の赴くままの行動であると、ある程度理解できるのではないだろうか。
書くこと、読むことで救われる。
著者はがんを患い、色々な本を読むことで救われたと語る。
ウィリアム・フォークナーを引用して次のように語った。
「文学は、真夜中、荒野のまっただ中で擦るマッチと同じだ。マッチ1本では到底明るくならないが、1本のマッチは、周りにどれだけの闇があるのかを、私たちに気づかせてくれる」
光と闇。著者は闇でさえも、自分を強くするための必要な存在として認識していた。「救われる」という感覚を抱くのは、闇があるからこそともいえる。光ばかりであれば、「救われた」ことへの感慨など浮かぶまい。
勝つことだけでなく、負けることもまた必要なのだ。
そんな世界の多様さを、読書という体験がもたらしてくれるのだと、本書を通じて著者は教えてくれる。
日本とカナダ(バンクーバー)の違い
あくまでこれは私の解釈であり、著者は日本の良さにも配慮しながら誠実に記している(ということを、ことわっておきます)。
でも、その違いは僕も共感することが多くて、「なんで日本だと、手放しに『喜び』という感情を抱けないのか」なんて息苦しくなることも多かった。
こんなやりとりが収録されている。がんを患い、看護師との何気ない雑談で生まれたものだ。
「カナコは、なんかエクササイズしてるん?」
ある日、クリスティが私にそう聞いた。
「うん、調子がええときは、ジョギングと筋トレをしてるよ。」
「ええやん、他には?」
「他? うーん、柔術とキックボクシングをしてたんやけど、抗がん剤治療中やから休んでるねん。」
「そうなんや。寂しい?」
「え? 寂しい……、うん、そうやな。寂しい。」
クリスティは、しばらく私の顔をじっと見た。そして、こう言った。
「ドクターはなんて言うてるか知らんけど、うちは、カナコがやりたいんならやっていいと思うで。もちろん、抗がん剤で免疫が下がってるから、感染症には気をつけなあかんけど、自分の体調を自分でチェックして、マンツーマンとか、出来る範囲でやったらええんと違う? 柔術とか、キックボクシングだけやないで。好きなことやりや?」
私も、彼女を見つめ返した。
「カナコ。がん患者やからって、喜びを奪われるべきやない。」
誰も、誰からも喜びを奪われるべきやない。
これはじんわりと僕の心にも刺さった。会社員という安定した立場をやめ、自由を求めて独立の道を選んだ僕は、いま、本当に自由なのかと問われると首を傾げてしまう。よほど制限のある暮らしを強いられているような気がする。何も気にせず、笑っていられているだろうか。
だけど、どんな状態においても、喜びは僕のものだ。「あなたの体のボスは、あんたやねんから」という言葉も、主体としての自分自身に尊厳を置いたものだ。
「喜ぶ」という行為は、感情と共にあり、そのボスは自分自身である。だったら、精一杯、わがままこいて、好きなことに邁進したら良い。好きなものを食べ、好きな映画を見て、好きな人と仕事をする。
もちろん、生きていくためには食べていかねばならない。でも、その一方でライスワークばかりやっていたら疲弊するのは当たり前のこと。バンクーバーでは、「自分」への尊厳を当然のように大事にする空気があるんだなと羨ましく感じた。
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本書の感想を、Podcast「本屋になれなかった僕が」でも話しています。もしよければ聞いてみてください。
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