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著…泉鏡花 絵…しきみ『夜叉ヶ池』

 現代の日本人が読むには難しい言い回しもあるのですが、言葉のリズムが不思議と心地良い戯曲です。

 美しいイラストが、この作品の悲劇に彩りを添えてくれています。

 ※注意
 以下の文は、結末までは明かしませんが、ネタバレを含みます。



 恋しいひとと長い間引き裂かれて、ついに、

 恋には我身の生命も要らぬ。

(著…泉鏡花 絵…しきみ『夜叉ヶ池』P59から引用)


 と会いに行こうとする夜叉ヶ池の竜神、白雪姫。

 そんなことをしたら、人間の村が水底へと沈んでしまい、多くの生命が失われてしまいます! と必死に白雪姫を止める姥。

 けれども白雪姫は苦しい想いを募らせるばかり。

 そんな白雪姫が、人間同士の恋模様にふっと気づいて、

 この家の二人は、嫉しいが、羨ましい。姥、おとなしゅうして、あやかろうな。

(著…泉鏡花 絵…しきみ『夜叉ヶ池』P64から引用)


 と一瞬我に帰るくだりに胸を締め付けられます。

 もしかしたら現実でもこんな風に、実は人ならざる存在が人間たちの恋をしたり愛し合ったりする様子を見ていて、「嫉ましい」「羨ましい」「あやかりたい」と思っているのかもしれませんね。

 そのおかげで、人ならざる存在から目溢ししてもらい、死の運命から見逃してもらえた恋人たちも、この長い人間の歴史の中には幾人かいたのかもしれません。

 その恩恵を受ける形で、その恋人たちの周りの人たちも間接的に生命を救われてきたのかも。

 誰もそのことに気づきはしないけれど…。

 それを想像すると、切なくなってきます。

 …この作品の結末を読むと余計に…。

 恋とはなんて激しいものなのだろう、と。

 そして、人間とはなんて愚かなのだろう、と。

 自分たちが誰のおかげで生かしてもらえているのか気づこうともせずに、よりにもよって、白雪姫のお気に入りの人間に手を出すなんて…。

 この作品を読んでいると、まるで自分も白雪姫と一緒になって人間に烈しい怒りを静かに爆発させているような感覚になります。

 読み手であるわたし自身も所詮は人間に過ぎないのに、おかしなことですが。

 そんな愚かしく小賢しく驕れる人間と、この作品に出てくるような恋人たちが同じ「人間」という生き物であるということにも、複雑な気持ちになります。

 相手を想う人間の心の美しさと、自分さえ良ければ良いという人間の心の醜さ。

 その対比に圧倒される作品です。




 〈こういう方におすすめ〉
 切ない恋物語を読みたい方。

 〈読書所要時間の目安〉
 1時間くらい。

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