著…仲晃『「うたかたの恋」の真実 ハプスブルク皇太子心中事件』
数百年もの間、ヨーロッパの広大な領土を統治したヨーロッパ随一の名門ハプスブルク家。
その皇帝フランツ・ヨーゼフと皇后エリザベートの間に生まれた皇太子ルードルフ。
周りから見れば、誰もが羨む人生…。
…のはずでした。
生まれた時点で、巨大な帝国の後継者としての未来が約束されていたのですから。
けれどルードルフは次期皇帝になることはありませんでした。
愛人マリー・ヴェッツェラと心中したからです。
ルードルフはいくら政略結婚だったとはいえ妻子ある身。
なのに17歳の愛人マリーを別荘に連れ込んで自殺。
自殺はカトリックの教えに背くもの。
〝ルードルフは心臓発作で亡くなった〟と世間には発表され、マリーは公式記録上「存在しない人間」にされるなど、この前代未聞の事件について様々な隠蔽が図られました。
しかしこの大スキャンダルは結局、世界中に知れ渡ることになりました…。
…前置きが長くなってしまいましたが、この本はルードルフとマリーの心中事件(通称「マイヤーリンク事件」)について数々の説をもとに考察していく本です。
という著者の言葉にわたしは共感しました。
きっとルードルフは理想と現実の差に悩むハムレットでもあり、父の政策を痛烈に批判して孤立したドン・キホーテでもあり、次から次へと女性遍歴を重ねるドン・ファンでもあったからです。
ルードルフが幼い頃から、父は厳格な絶対的君主。
母は宮殿のしきたりに馴染めずいつも旅に出ていた。
子どもの頃のルードルフが孤独だったことは想像に難くありません。
ルードルフはヨーロッパ統合を夢見るなど(今で言うEUのイメージ?)、外交を見る目は確かだったようですが、ルードルフの考えは父に受け入れてもらえませんでした。
そういった心の穴を埋めようとしてか、ルードルフは娼婦も含めてあらゆる女性を取っ替え引っ替え。
性病にかかったり、麻薬中毒になったり、鬱症状に陥った、という説もあります。
ルードルフが最も信頼していたのは娼婦ミッツィ・カスパールであったと言われており、ルードルフはマリーと心中する前にミッツィに全財産を遺贈。
実はルードルフは生前、ミッツィに何度も「一緒に死のう」と持ちかけたのですが、その度に冗談だと思われて断られたと言われています。
…冗談だと思うのも無理はありませんよね、誰だって皇太子が自殺するだなんて考えもしませんから。
しかし、俗っぽく言えば「勝ち組」の最たるものであるハプスブルク家の跡継ぎといえど、生きるのは辛かったのでしょうね…。
きっと地位と幸せはイコールでは無いのでしょう。
もしルードルフが愚か者であったなら、理想と現実の埋められないギャップにも、自分の孤独にも気づかずに、贅沢を楽しみながら長生き出来たのかもしれませんが、幸か不幸か、きっとルードルフは気づいてしまったのでしょうね…。
また、もしルードルフが単なるいち貴族に生まれていたら、他の若き貴族たちと悩みを共有し合えたかもしれませんが、ルードルフは唯一無二のハプスブルク帝国の皇太子。
仲間と苦しみを分かち合うどころか、人々の上に絶対的権力をもって君臨しなければならない存在。
その孤独ははかり知れません…。
独りで死ぬのは寂しくて怖くて、一緒に死んでくれる女性を探していた時、ルードルフはマリーを見つけてしまったのでしょうか?
2人は一体どんな気持ちで死んでいったのでしょうか…。
「一緒に死んでくれる人が見つかって嬉しい」と思ったのか?
「現世では結ばれないから来世で結ばれよう」と思ったのか?
それとも実際は無理心中だったのか…?
その真実は二人にしか分かりませんが、せめて二人の最期が心安らかであったことをわたしは祈ります。